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第4話 心を消費する神イベント 1

 梅雨入りし、教室を満たす空気がじっとりとした熱を帯び始めた6月。

 色々なことが起きた日々は一旦落ち着き、割と平和な日常がしばらく続いていた。

 黒羽さんとはちょっとした探究もあったり、白川さんとは少し喋ったりはしたけれど、おおよそ、大きく僕の生活に変わりはなかった。


 ……けれど、この日、僕の日常に変化が訪れる出来事があった。


 昼休み。教室の一角からきらきらとした笑い声が聞こえてくる。

「昨日のカラオケ、マジで玲央ヤバキモくなかった?」

「いや、あれはきららが変な曲歌わせたからだろ……」

「あはは! あれはホント、最高に面白かったよ!」

 白川さん達、僕が内心陽だまりの住人と勝手に呼んでいる人達の声だ。

 白川さんは相変わらず周りに人がいる時の笑顔はアイドルスマイルだ。

 それでも、前ほど気を張らずに素直に笑えていると言ってたので、前よりもやわらかい印象を皆に与えているのではないだろうか。

 ……戻ったんだなぁ。

 彼女は今、彼女本来の陽だまりの中にいる。

 僕みたいなやつらは勝手に彼女たちを上位存在の様に感じているが、蓋を開ければ案外僕達と同じ様に悩み、考えている事を知った今、少しだけ陽だまりの人達の見え方も違って見える。

 白川さんの傍にいるのはいつも決まった4人。

 一人は、久我玲央くが れお

 バスケ部のエースで身長が高く、モデルみたいに整った顔立ちで、話を聞いてる限りだと結構まっすぐに物を言う性格だ。だが整った顔とバスケ部のエースで女子からはモテる存在。よく彼の元をほかのクラスから訪れる姿を時々見かける。

 もう一人は、天沢綺羅々《あまさわ きらら》。

 明るく染めた髪をサイドテールにした、身長も胸も控えめだが、雑誌から抜け出してきたような今どきの子だ。棘のある物言いが目立つが、誰に対しても壁を作らない。楽しいでいる時の明るい笑顔が印象的。……だが、低身長であることを悩んでいるのが聞こえたことがある。あと胸も。

「……誰か失礼なこと考えてない?」

 天沢さんは突然キョロキョロと周囲を見始めた。……余計なことは考えない方がよさそうだ。

 そして、皆と一緒にいる時に全体を面白そうに眺めているのは美波絵麻みなみ えま

 背中まで伸びる長い髪をポニーテールにしている姿がよく似合う、少しクールな雰囲気の美人系。彼女はグループ全体を俯瞰していて天沢さんや玲央くんの言動に、またやってるって感じで、軽くツッコミを入れる役回りのようだ。

 そんな陽だまりの人達はいつも楽しそうにしている。

 彼らを何故僕は陽キャだと一瞥しない。それは、彼らが僕のような教室の隅で少女漫画を読んでいる人間にも、廊下ですれ違えば「おつかれー」と軽く笑いかけてくれる。

 ノリが良くて、明るくて、優しいからだ。

 まさに、正しく完璧な陽キャだ。

「…………」

 そんな彼らを、僕達みたいな影人は、ただ微笑ましく彼ら彼女らを見ているだけで安らぐ。

「何見てんだ?」

 そんな風に勝手に和んでいると、購買から帰ってきた隼人が僕の座る机の横を通り掛けに声をかけてきた。

「え? 何って……別に何も見てないけど」

 僕は弁当を食べ始めてごまかした。

「……陽毬こと気になるのか?」

「……何訳のわからない事言ってるのさ。それはみんなそうでしょ」

「でもお前、最近陽毬と時々合ってるんだろ?」

「ぶふぅ!!」

 僕はお茶を吹き出した。

「ななななんで知ってるの!?」

「そりゃお前、駅まで一緒に歩いてりゃ気付かれるだろ」

「…………いやまぁそうかもしれないけど」

「別にいつでも話していいんだぜ? 行ったら?」

 そう言って隼人は陽だまりの方を見る。

 ……陽だまりの住人4人目、一条隼人いちじょう はやと

 僕の幼馴染で、今となってはイケイケでイケメン。気さくで誰にでも優しく、気遣いの出来る、男でも隼人の事を好きな人は多い事だろう。八方美人だ。

 隼人はバスケ部に入ってて玲央くんと仲がいい。

 昔は家も近くてよく一緒に遊んでいたけど、今となっては住む世界が違う。

「……そっちの住人には僕の気持ちはわからないよ」

「……よくわからんけど、その気になったらいつでもこいよ」

 そう言って隼人は当たり前のように陽だまりの中へと入っていく。

「…………」

 僕はジト目で隼人を見ながら、弁当を食べすすめた。



 放課後。

 僕は文芸部室のドアを開けた。

「お疲れ、黒羽さん」

「おつかれ」

 部室にはいつものように、黒羽さんがいた。

 最近は黒羽さんに振り回される事もなく、互いに本を読む時間が、変な気まずさもなく心地よかった。

 ……この静かな時間が一番だ。

 僕は、自分の席に着き、少女漫画を開く。

 ここにいる間だけは、全てを忘れて、物語の世界にーー。

 ガラガラガラ――

「――あ、いた! 飯田くん!」

 その平穏は、五分と持たなかった。

 部室のドアを、勢いよく開けて入ってきたのは、息を切らせた白川さんだった。

「し、白川さん!?」

「…………」

 黒羽さんが無言で本から顔を上げる。

「ど、どうしたの、白川さん。そんなに慌てて……」

「あ、あのね、飯田くん!」

 白川さんは僕の机の前に立つと、僕の顔を不安そうな、でもどこか期待するような瞳で見つめてきた。

「……飯田くん、もし、よかったらなんだけど……あの」

 言い淀み、なにやらモジモジすると、意を決したように僕に頭を下げた。

「勉強教えてあげてくれないかな!?」

「…………勉強?」

 僕は、意味がわからずオウム返しした。

「きららを、助けてほしいの!」

「……天沢さん?」

 昼休みのあの明るいギャルの顔が浮かぶ。

「うん……」

 白川さんの声が沈んだ。

「きららってばすっごく、勉強ができなくて……」

 ……だろうな、とは思ったけど口にはしない。

「……中間試験で赤点取りすぎちゃって……期末試験の点数も悪いと夏休みがないかもしれないんだ」

「ええ!?」

「みんなできららに勉強を教えようって、玲央が言い出してくれたんだけど……」

 話の筋が見えてきたが、同時に、僕の頭には最大の疑問が浮かんだ。

「……なんで、僕が?」

「……」

「だって、皆頭いいでしょ?みんなで教えればそれでいいんじゃない?」

「うっ……」

 白川さんは、気まずそうに、視線を逸した。

 そして言いにくそうに理由を話し始める。

「……玲央は、その……教え方が壊滅的に下手で……」

「…………」

「私は……きららと仲良すぎて、つい甘やかしちゃうっていうか……お喋りになっちゃってダメで……」

「…………」

「美波ちゃんと隼人くんは用事が多いからあんまり教えられる時間も少ないし……」

「……

「そこで隼人くんが言ったの。飯田くん頭いいし、勉強教えるの上手だって」

いや、そんな……ことないと思うけど……隼人の異常な僕の評価の高さはなんなんだ?

「だからお願い!」

 白川さんは、僕の手を、ぎゅっと握ってきた。

「私の大事な友達を、助けてくれないかな……!」

「う……」

『友達』。

 その言葉を出されたら、僕に断る権利はない。

 屋上で僕は彼女と友達になると約束したんだから。

「……わかった。僕で、よければ……」

「ほんと!?」

「うん。……力になれるか、わからないけど」

「よかった……! ありがとう、飯田くん!」

 白川さんは、心の底から嬉しそうに、僕の手を握ったまま、満面の笑顔になった。

 ……その笑顔は、作り笑顔ではないように見えた。

「…………」

 僕はその笑顔に、心臓がドクンと高鳴るのを感じた。

「えっと……試験ってももう2週間切ってるよね? いつやるの?」

「できれば今から……」

「今!?」

 あまりに唐突で思わず驚いた。

「ちょうど今教室で勉強会してるんだけど……ダメ?」

「えっと……」

 ダメではない。しかし、一応僕は部活という名目でここに来ている。

 思わず僕は黒羽さんを見た。

 目が合うと、

「好きにすればいい」

 黒羽さんは何でもないように言った。

「じゃあ……大丈夫です」

 白川さんの方を向き直して答えた。

「……いいの?」

 白川さんは黒羽さんに再確認した。

「うん。困ってるんでしょ?」

「この間のこと……怒ってないの?」

「? 私はただ確認していただけ。怒り出したのはあなた」

 あいもかわらず淡々と黒羽さんは言うのだった。

「……あ、ありがと! 飯田くん借りてくね!」

 そういうと、白川さんは僕の腕を取り、急かすように教室へと戻っていった。



 腕を引かれるように教室に戻ってくると、白川さんの席辺りに机をくっつけて、陽だまりの人達が教科書を広げ勉強していた。

「飯田くん連れてきたよ!」

 普段、挨拶するかしないか程度の陽だまりの人達、白川さん、玲央くん、天沢さん、美波さん、そして、隼人も集まっていた。

「し、白川さんから、聞いて……」

「おう!  陽毬から、連れてくるって聞いた! 頼むぞ飯田!」

 玲央くんが僕の肩を叩く。

「よ、よろしくお願いします……」

「飯田くんマジでよろしく! 私ほんとヤバいの!」

 天沢さんが両手を合わせて僕拝んでくる。

「う、うん、頑張るよ」

「それじゃ、後は航平に任せて……いくか」

 隼人はそう言うと、足早に勉強道具を片付け始める。

「おう、これ以上きららにばっかり構ってられねぇからな」

 そう言って玲央くんも片付け始めた。

「えっ二人ともどっか行っちゃうの?」

「部活だよ! こっちだって大会近いんだから、テスト週間までは部活頑張りたいんだよ!」

 そう言いながら鞄を背負い、急ぐように歩き出す。

「そゆこと。じゃあな航平。きららのこと、厳し目によろしく」

 隼人はそう言って爽やかな笑顔を見せ、二人は足早に教室を出て行った。

「……えっ」

 この場に残ったのは、陽だまりの女子3人と僕だけだった。

「……えっと」

 僕はおどおどしながら皆の目を見て、最後に白川さんの目を見た。

「それじゃあ、よろしくね! 飯田くん!」

 白川さんは全く持って、僕の気まずさなど察する様子もなく、素敵な笑顔で言うのだった。

「は、はい……」

 その期待に答えなければ……と思っていると、

「あ、私もバイトあるから帰るんで。あとは3人でよろしく」

 と、突如美波さんはそう告げると、そそくさと帰っていった。

「…………」



 …………何はともあれ勉強を始める事に。

 三人で机をくっつけて僕と白川さんが並んで座り、向かいに天沢さんがいる状態だ。

 早速勉強を開始……したのだが。

「やだ~、わかんない~、疲れた~」

 開始5分で天沢さんは机に突っ伏した。

「飯田く~ん、これ教えて~」

 天沢さんは向かいにいる僕の腕を掴んで上目遣いで甘い声を出す。

「い、いや、まずはちゃんと自分で考えてみようか……」

 ほとんど喋った事ないのに当たり前のように接してくることに僕がドギマギしていると、

「――きらら! 真面目にやるよ!」

 白川さんが、ピシャリと言った。

「え〜?」

「それに飯田くんが困ってるでしょ!  真面目にやらないと本当に赤点なっちゃうよ!」

 その剣幕は、勉強に対する厳しさ以上の何かを含んでいる気がした。

「は〜い。そんなムキにならないでよ。やればいいんでしょ、やれば~」

 天沢さんは白川さんの反応を見て、満足そうにニヤリと笑うと、ペンを執った。

 その後は案外と真面目に勉強を始める天沢さん。

 僕は文系が得意で、白川さんは数学が得意。

 僕達も勉強しつつ、天沢さんがわからない時に教えるという形で案外真面目に進んでいた。

 天沢さんが集中している時は、僕と白川さんで互いに苦手な分野を教え合う。

 僕達は割と真剣に聞き合い互いを意識している様子はなかった。

 ただ、問題を解くことに集中する、心地よい静寂。

 そんな僕達は、自分達の勉強に集中し過ぎて天沢さんが僕達のやり取りを、頬杖をついて見ていることに気が付いていなかった。

 そして、唐突に口を開いた。

「ね~、飯田君は、ヒマリのどこが好きなの?」

「えっと……か……わ……えっ!?」

 唐突な質問に勉強の事かと思って一瞬答えそうになったが思いとどまった。

「な、な、何聞いてるのきらら!」

 僕達は唐突な質問に顔を真っ赤にして慌てた。

「だって、二人が仲いいなんて知らなかったし~隠してたってことは好きなんじゃないの〜?」

 天沢さんの目がイタズラっぽく笑う。

 その質問は……難しい。

 好きと答えるのも恥ずかしいし、嫌いだなんて言えない。

「……そ、そりゃもちろん」

 僕は、視線を明後日の方向に向けながら、答えた。

「……と、友達だし?」

「え~、何その言い方」

 天沢さんは僕の回答が不服そうだ。

「ちゃんと好きって言いなよ〜。私はヒマリのこと、好きだよ~?」

「な、なんで……別に、そんなの……言わなくたって……」

「いいなよ~、好きっていいなよ~! ヒマリだって、喜ぶよね~?」

 彼女は、話の矛先を白川さんに向けた。

「へ?  わ、私は、そんな……別に……」

 白川さんも、顔を赤くしてモジモジしている。

「好きなんて、誰に言われても嬉しいよね~? 言ってあげれば~?」

 天沢さんの追求は止まらない。

 僕は顔を赤くして、困り果てた。

 でも……ここで否定したら白川さんが傷つくかもしれない。

 ……でも、変な誤解を招くのも……気まずい……。

 僕は、決心した。

「……す、好きだよ……?」

 僕は、白川さんを見ずに言った。

「……天沢さんと同じようにね」

 精一杯の逃げ道を残した。

「……っ!」

 白川さんの顔が、一瞬で、茹でダコみたいに真っ赤になった。

 耳まで赤い。……いや、そりゃ恥ずかしいよね……なんかごめん

「き、きららと、お、同じ……」

 彼女は、何かを呟きながら、ショートしそうになっている。

「あははは! おもしろ~! ヒマリ、真っ赤じゃん!」

 綺羅々ちゃんが、手を叩いて笑った。

「も、もう!」

 白川さんは、恥ずかしさをごまかすようにノートで顔を隠し、

「いいから! 真面目に勉強して!」

 可愛らしく怒った。

「ごめんごめん、真面目にやりま~す」

 天沢さんは満足すると勉強に戻った。

 そんな感じで……振り回されつつもこの日の勉強会は進んで行った。



 ◇



 夕暮れが校舎の影を長く伸ばし、放課後の喧騒が徐々に落ち着きを取り戻し、世界が夜へと向かう準備を始める頃。

 勉強会を終えた僕達は一緒に帰路を歩いていた。

 前を行く白川さんときららさん。

  僕はその二人から二歩ほど遅れて歩いていた。


「えー! 本当に? その先生、マジでそんなこと言ったの? あはは! ヤバ!」

 天沢さんの甲高い笑い声が響く。

「本当だよ! もう、私びっくりしちゃってさ。顔真っ赤にして怒るんだもん」

 白川さんが身振り手振りを交えて応じる。その横顔には、あの日のような暗い影は落ちていなかった。夕日を受けて輝く髪が、歩調に合わせて軽やかに揺れている。


 ……元々仲良さそうだったから分からないけど、日が経つに連れ白川さんの皆に向ける笑顔も少し和らいできているような気もする。


 僕は彼女の背中を眺めながら心の底から思った。

 もちろん、彼女が抱えている問題のすべてが解決したわけではないだろう。

 けど、少なくとも今彼女は楽しそうに笑っている。 隣にいる友人と、他愛のない話に花を咲かせている。 その事実だけでなんだか胸がいっぱいだ。


 やっぱり、僕は人が楽しそうにしているのを見るのが好きなんだなぁ。


 ふと、そんな感想が心の中で漏れる。

 自分がその輪の中心に入り、主役として笑うこと、それは想像するだけで息が詰まるような気がした。僕はスポットライトを浴びる側の人間ではない。

 舞台袖から、あるいは客席から、舞台上の演者が輝く瞬間を目撃することに喜びを見出す人間だ。

 自分があの光の輪に入るのは、やっぱり少し違う気がする。

 僕には心からその瞬間を楽しむ才能がない。あるいは、ずっと昔にその扉を自分で閉じてしまったのかもしれない。


「あ、飯田くん」

 思考の海に沈みかけていた僕を、唐突な呼びかけが引き戻した。

 天沢さんがクルッと軽快な動作で振り返り、僕の顔を覗き込んでいた。白川さんも足を止めこちらを見ている。

「え、あ、はい」

僕は慌てて足を止め、間の抜けた返事をした。 天沢さんはニカッと悪戯っぽく笑うと、予期せぬ言葉を投げかけてきた。

「ありがとね。今日、勉強教えてくれて。飯田くんって思ったよりいい人かも」

「え……?」

 思考が停止した。いい人という、縁遠い言葉。

「そ、そんなこと……ないと思うけど。ありがと」

 どう受け止めていいか分からず、視線を泳がせながらドギマギと答える。

 それほど仲のよくない人に褒められる耐性が著しく低いのが僕の欠点だ。何か裏があるのではないか、あるいは単なる社交辞令ではないかと勘繰ってしまう。

 しかし、その横で白川さんが、

「そうなの! 飯田くんって、すごい優しいんだよ!」

 白川さんは握り拳を胸の前で作って、熱っぽく語り始めた。

「普段は静かだけど、周りのことすっごくよく見てるし、私が困ってたらすぐに気づいてくれるし……あ、あとね、話を聞くのも上手で、なんていうか、否定しないで受け止めてくれるっていうか……!」

 その熱量は、隣にいる天沢さんが若干引くほどだった。

「わ、わかったってば……そこまでは言ってないから」

 天沢さんは苦笑いしながらうっとおしそうに手を振った。

「ヒマリが飯田くんを好きなのはわかったから」

「すっ!? 好きとか……そういうんじゃないから! 友達だもん!」

「わかってるよ~、友達として好きなんでしょ?」

「も、もう! わかってるならわざわざ言わないでよ!」

 白川さんはずっと天沢さんに振り回されている。普段からそんな感じなのだろうか。

「ま、愛されてるってことで。大事にしてあげなよ?」

 僕が二人の仲の良い様子を見ていると、天沢さんは突然僕にウィンクをしながらそんな事を言った。

「ちょっ、きらら!」

「あはは……そうします」

 僕は愛想笑いをしながら天沢さんの言葉に合わせた。。

「もう…………変なこと言わないでってば!」

 白川さんが慌ててきららさんの肩を叩く。

「あはは! じゃあね〜、私こっちだから!」

 気がつけば駅の改札前に到着していた。天沢さんは僕とは違う方向へと走っていった。

「じゃあね〜! また明日!」

 遠く離れたところで振り返り、元気な声で手を振ってくる。

「また明日~!」

 白川さんはなんやかんや天沢さんにそう言って手を振り返す。

 嵐のような彼女は去り、周囲には帰宅ラッシュの雑踏の音だけが残された。

 電車通学の白川さんも、ここで別れるのが自然な流れだ。

「じゃあ、僕も行くね。また明日、白川さん」

 僕は短く別れを告げ、自分の帰るべき道へと体を向けた。

 その時だった。


 キュッ。


 制服の袖に微かな、しかし確かな抵抗を感じた。 驚いて振り返ると、白川さんが僕の袖口を指先で掴んでいた。ほんの数センチ、布をつまむだけの小さな力。けれど、それは僕をその場に留めるには十分だった。


「し、白川さん?」


 彼女は俯いていた。耳まで赤く染まっているのが見える。 雑踏の中で、僕たちの周りだけ時間が止まったような静寂が落ちる。

 彼女は意を決したように顔を上げ、潤んだ瞳で僕を見つめた。



「あの……少し、お話ししたい、な……」


 消え入りそうだけど必死な声。 僕は一瞬だけ周囲を見回し、それから彼女に向き直った。断る理由など、どこにもなかった。

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