表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

条件、起動


 足音が近づいていた。

 広場に戻った律は、火を囲んで眠りかけていたクラスメイトたちを見渡した。誠がすでに数人を起こし始めていた。余計な説明をせず、ただ静かに肩を叩いて目を覚まさせている。

 律は広場の構造を頭の中で描いた。

 広場は四方を廃墟に囲まれている。入口は三箇所。北の路地、東の崩れた門、南西の細い抜け道。足音は北から来ている。複数、おそらく三から五。移動速度から考えて知性はある程度ある。ただし人間ではない。

「何がいるんだ」

 大河が律の隣に来た。声を潜めていた。

「わからない。ただ北から複数来る」

「数は」

「三から五。もっと多い可能性もある」

 大河が頷いた。余計なことを聞かなかった。「わかった。俺が前に出る」

「待て」

 律は大河の腕を掴んだ。

「前に出るな。まだ相手の能力がわからない。わからない相手に正面から当たるのは最悪の手だ」

「じゃあどうする、逃げるか」

「逃げない。ここで迎え撃つ」律は広場を見渡した。「東の門を塞げ。南西の抜け道に誠を置く。北の路地に——」

「待ってよ」

 このはの声だった。

 いつの間にか後ろに立っていた。腕を組んで、律を見下ろしていた。

「なんであんたの指示に従わないといけないの。詐術師でしょ、あんた。戦えないじゃない」

「戦えないのと役に立たないのは別だ」

「同じでしょ」

 律はこのはを一秒見た。

「お前の炎で北の路地を塞げるか」

「当然」

「入口を塞いだ後、東の廃墟の二階に上がれるか」

「上がれるけど」

「それをやれ。それだけでいい」

 このはが眉を寄せた。「なんで二階に上がるの」

「説明している時間はない。やるかやらないか」

 このはが舌打ちをした。「……やる」

 律は視線を戻した。

「大河、南西の抜け道を塞ぐ壁になれ。誠、お前は——」

「わかった」誠が言った。「負傷者をまとめて中央に集める。盾になる」

 律は誠を見た。「俺はそう言っていない」

「でもそういうことでしょ」誠が静かに笑った。「律の言う通りにする」


 北の路地から現れたのは、四体だった。

 人間の形をしていた。ただし比率がおかしかった。腕が長すぎて、首が細すぎて、目が光を反射して金色に光っていた。廃国に生きる魔物の一種だと律は直感した。

 先頭の一体が広場に踏み込んだ瞬間、このはの炎が路地を塞いだ。残りの三体が押し込まれる形になった。

 同時に大河が動いた。

 速かった。天職「闘神」の身体能力は律の想定以上だった。廃墟の石を蹴って跳び、先頭の魔物の胴体に拳を叩き込んだ。魔物が吹き飛んで東の壁に激突した。壁にひびが入った。

 残り三体が炎の中から押し出されてくる。

 律は動かなかった。

 広場の端で、条件を設定していた。

 ——この広場の中で、同じ対象に二回以上攻撃が命中した瞬間、その対象の動きを五秒止める。

 設定した。

 大河が二体目に拳を入れた。魔物が吹き飛ぶ。一体目がまだ動いていた。起き上がろうとしていた。大河が追撃に向かった。

 二発目が入った瞬間、魔物の動きが止まった。

 完全に、止まった。

 大河が一瞬動きを止めた。「なんだ、これ」

「五秒ある。仕留めろ」

 大河が振り返った。律を見た。一秒で何かを理解した顔になって、止まっている魔物に向き直った。

 五秒以内に、片がついた。


 四体を倒すのに、十分かからなかった。

 このはが二階から炎を落として追い詰め、大河が仕留め、律の条件術式が動きを止める。誰も傷を負わなかった。

 大河が息を整えながら律を見た。

「お前の能力、そういうことか」

「そういうことだ」

「同じ対象に二回当てたら止まる、ってやつか」

「今回はそう設定した」

 大河が少し考えた。「今回は、ってことは毎回変えられるのか」

「条件を変えれば変わる。ただし——」律は少し間を置いた。「一度設定した条件は変更できない。使い捨てだ」

「弱点があるんだな」

「強みと弱みは表裏だ」

 大河が笑った。さっきと同じ、測るような笑い方だった。「お前、やっぱり変なやつだな。でも——」

 大河が律の肩を叩いた。重かった。

「助かった。ありがとな」

 律は返事をしなかった。肩を叩かれた感触を、少し持て余した。


 このはが二階から降りてきた。

 律の前に立って、腕を組んだ。

「一個聞いていい」

「何だ」

「あんた、私が二階に上がるって知ってたでしょ」

「そうしてもらう必要があったから指示した」

「そうじゃなくて」このはが律を見た。「なんで私が上がれると思ったの。できないって言うと思わなかったの」

 律は少し考えた。

「お前は自分の能力に自信がある。できないとは言わない。そういう人間だと判断した」

 このはが黙った。

「外れていたか」

「……外れてない」

 このはが視線を逸らした。それ以上何も言わなかった。律も何も言わなかった。

 沈黙が数秒続いた。

「一個だけ言っておく」このはが律を見ずに言った。「今夜のことは、悪くなかった。それだけ」

 律は答えなかった。

 このはが広場の中央に戻っていく背中を、律は一秒だけ見た。


 騒ぎが落ち着いて、クラスメイトが再び火の周りに集まった頃、誠が律の隣に来た。

「律」

「何だ」

「条件術式、使えたな」

「最低限は」

「最低限、か」誠が空を見上げた。夜空の紋章はまだそこにあった。「律はもっとすごいことができる気がする」

「根拠は」

「根拠はないよ」誠が笑った。「でも律が考えた条件って、今夜みたいに相手が絶対踏むようになってる。それって才能じゃないのかな」

 律は答えなかった。

 才能という言葉が律には馴染まなかった。ただ考えただけだ。相手がどう動くかを予測して、その動きに合わせて条件を置いただけだ。

 ただ——

 条件術式の手応えを、律は静かに確かめていた。

 今夜は単純な条件だった。同じ対象に二回攻撃が当たれば発動する。誰でも思いつく設定だ。だがもっと複雑にできる。もっと精密に、相手が気づかないうちに踏まざるを得ない条件を——

「律」誠が言った。「玲司、まだ戻ってないな」

 律は思考を切った。

「ああ」

「心配じゃないのか」

「心配しても戻ってこない」

「そうだけど」誠が膝を抱えた。「なんか、嫌な感じがする」

 律は誠を見た。「嫌な感じ」

「うまく言えないけど。玲司って、転移した瞬間から一度も広場に来てないじゃないか。みんなが集まる場所に来ない理由って、何かあると思うんだよね」

 律は答えなかった。

 誠の直感は、律の論理と同じ場所を指していた。

 御堂玲司は、最初から別の動きをしている。

 理由がある。

 そしてその理由は、律たちにとって都合のいいものではない可能性がある。

「明日、探す」律は言った。「見つけて、話を聞く」

「うん」誠が頷いた。「それがいいと思う」

 二人は並んで夜空を見上げた。

 紋章が脈動していた。

 この廃国で、二日目の夜が更けていった。


第三話 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ