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数字と、最初の夜

石板の数字は、四十だった。

 御堂玲司はしばらくその数字を見つめた。松明の火が揺れるたびに、数字の影が伸びたり縮んだりした。

 四十。

 今日転移してきたクラスメイトの人数と、完全に一致する。

 偶然という可能性を玲司は一秒で切り捨てた。偶然にしては整合性が高すぎる。ならばこれは何らかの条件か、あるいは定員か。

 定員。

 その言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、玲司の思考は次の段階に跳んだ。定員があるということは、上限があるということだ。上限があるということは——

 玲司は石板から手を離した。

 まだ早い。情報が足りない。確信を持つには、もっと集める必要がある。

 松明を手に取って、玲司は建物の奥へと進んだ。


 広場では、火が焚かれていた。

 誰かが廃墟から木材を集めてきて、広場の中央に積み上げた。このはが炎術で火をつけた。それだけのことだったが、二十三人の空気が少しだけ落ち着いた。火には人間を安心させる何かがある、と律は思いながら、広場の端の石段に腰を下ろした。

 誠が隣に来た。

「玲司、いないな」と誠が言った。

「ああ」

「探さなくていいのか」

「今夜は無理だ」律は夜の廃国を見渡した。「この廃国の構造がわからない状態で夜間に動くのは損失の方が大きい。生きてるなら明日合流する、死んでるなら明日わかる」

 誠が少し黙った。「……冷たいな」

「冷たくない。正確だ」

「同じだよ、律にとっては」

 律は答えなかった。

 火の周りでは、クラスメイトたちが思い思いに座っていた。泣いている者、呆然としている者、既に状況を整理しようとしている者。人間は追い詰められると性格が加速する、と律は観察した。普段から明るい奴はより周囲を励まそうとして、普段から内向きな奴はより縮こまる。

 このはは火から少し離れた場所に一人で座っていた。膝を抱えて、夜空を見ていた。広場に来た時から誰とも話していない。

 律は三秒見て、視線を戻した。

「律」誠がまた口を開いた。「怖くないのか」

「何が」

「全部。ここが、帰れるかどうかが、これから何が起きるかが」

 律は少し考えた。正確に答えようとした。

「怖いという感情が役に立つ局面なら怖がる。今は役に立たない」

「それって怖くないってことじゃないよな」

「……ああ」

 誠が少し笑った。律には誠が何に笑ったのかわからなかったが、不思議と不快ではなかった。

 その時、火の周りから声が上がった。


 声を上げたのは、藤堂大河だった。

 大河は火の前に立って、周囲を見渡した。背が高く、肩幅が広く、立っているだけで存在感があった。天職は「闘神」。クラスで一番わかりやすく強い力を持った人間が、一番わかりやすく前に出た。

「みんな、聞いてくれ」

 ざわめきが静まった。大河の声には人を黙らせる質があった。力ではなく、温度によるものだった。

「状況はわかってる。わけわからん場所に飛ばされて、帰り方もわからなくて、怖いよな。俺も怖い」

 正直に言える奴だ、と律は思った。

「でも全員無事でここにいる。それだけで今日はいい。明日、もう少し状況を整理しよう。一人で抱え込むな、困ったら言え。俺が聞く」

 短い言葉だった。解決策は何もなかった。だがクラスメイトの何人かの顔が、少しだけ緩んだ。

 人心掌握というより、体温だ、と律は分析した。大河は意図していない。ただ自分が思ったことを言っただけだ。それが刺さる。計算された言葉より、計算されていない言葉の方が人間には届く場合がある。

 律には、できないことだった。

「神崎」

 大河が律を見た。火の向こうから、まっすぐに。

「お前、さっき白河を動かしたらしいな。あいつが誰かの言うことを聞くのは珍しい」

「脅しただけだ」

「脅し?」

「助ける理由がないと言った。それを聞いた」

 大河が少し考えた。「なんで素直に言わないんだ、協力しようって」

「言っても聞かなかった」

「言ってみなきゃわからないだろ」

「言う前にわかった」律は大河を見た。「無駄なことはしない」

 大河が律を見つめた。値踏みではなく、測るような目だった。それから、笑った。

「変なやつだな」

「お前に言われたくない」

 大河は笑ったまま火の傍に戻った。律は視線を夜空に戻した。

 紋章はまだそこにあった。脈動しながら、静かに、この廃国を見下ろしていた。


 夜が深くなった頃、律は一人で廃国の路地に出た。

 眠れないわけではなかった。ただ確認したいことがあった。

 昼間、このはが炎を展開した場所。その壁に、律は小石で印をつけておいた。敵——正確には敵かどうかまだわからない何か——が現れた方向の記録だ。

 印を確認しながら、律は条件術式のことを考えた。

 条件を設定せよ。

 石板に触れた瞬間に流れ込んできた感覚を、律は何度も反芻していた。条件を自分で決められる。発動のトリガーを設計できる。ということは——

 使い方次第で、何にでもなる。

 同時に、欠点も見えていた。条件が相手にも見える可能性がある。あるいは条件が複雑すぎると自分でも管理できなくなる。まだわからないことが多すぎた。

 試す必要がある。安全な状況で、小さく。

 路地の奥に、小石が一つあった。

 律は立ち止まって、心の中で条件を設定した。

 ——この石が転がった瞬間、周囲の音が三秒間増幅される。

 石を蹴った。

 転がった瞬間、律の耳に音が流れ込んだ。遠くの廃墟から風が壁を抜ける音。広場の火が爆ぜる音。そして——

 足音。

 複数。廃国の奥の方から、こちらに向かっている。人間の足音ではなかった。重く、不規則で、地面を引きずるような音だった。

 律は印の確認を止めて、広場に引き返した。走らなかった。走る必要がある距離と時間を計算してから、早歩きで戻った。

 広場に戻ると、誠がまだ起きていた。

「律、どこ行ってた」

「確認。それより起こせ、全員」

 誠が律の顔を見た。一秒で何かを読み取った。

「何かいる?」

「来る。数はまだわからない」

 誠が立ち上がった。「わかった」

 余計なことを聞かなかった。律の言葉を疑わなかった。ただ動いた。

 律はそれを見ながら、条件術式の手応えを確かめていた。

 小さく、使えた。

 これは——使い方によっては、相当なものになる。


 廃国の夜に、音が近づいてくる。

 四十人が目を覚ます前に、律はすでに路地の角度と廃墟の配置を頭の中に描いていた。

 最初の夜が、始まろうとしていた。


第二話 了

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