今日も、おはぎを作る
朝の商店街は、相変わらずゆっくり目を覚ましていく。
シャッターの音、ほうきで掃く音、どこかの店のラジオ。
千代は、いつも通り、戸を開けた。
「……今日も、作るか」
独り言は、もう不安を含んでいなかった。
釜に水を張り、小豆を入れる。
米を洗う手つきは、落ち着いている。
「おはようございます」
ふと、声がした気がして、千代は振り返る。
「……おはようございます」
誰もいない厨房に、そう返した。
今日の小豆は、少し気難しそうだ。
米は、昨日より水を欲しがっている。
「分かった」
千代は、自然に応えた。
甘さを決める。
寄せる。
形をつくる。
迷いはある。
けれど、逃げてはいない。
暖簾を出すと、すぐに客が来た。
「おはぎ、あります?」
「はい。今日のがあります」
常連の少女が、母親と一緒に手を振る。
「今日の味?」
「今日の味」
それで、通じる。
昼過ぎ、八百屋の佐吉が顔を出す。
「残ったら、また夜に来るぞ」
「……残りませんよ」
「言い切ったな」
千代は、少し笑った。
夕方、ケースには、少しだけおはぎが残っていた。
「……残る日も、ある」
それでいい。
閉店後、千代は一つだけ包む。
神社へ向かうわけではない。
作業台の隅に、そっと置く。
「……今日の味です」
それは、祈りでも、商売でもない。
ただの、区切り。
夜、風が暖簾を揺らした。
「うるさくなったな、この店」
懐かしい声が、どこかで笑った気がした。
千代は、深く息を吸う。
「うるさくて、いいです」
今日も、人が来た。
今日も、味があった。
明日も、作る。
神が見ていなくても。
評価されなくても。
この手が、覚えている限り。
商店街の端で、
小さなおはぎ屋は、今日も湯気を上げている。




