59. エドとティアーネ
「聞いてきましたよ……前に呪いで亡くなった方の話」
帰りもナビスに送ってもらったティアーネは、ナビスから降りて全員に聞いてきたことを話した。
「――そして医師によると、カインさんの死因は”老衰”だったそうです」
「老衰!?」
びくびくしながら話を聞いていたファインが声を上げる。
「老衰……? いや待て――それなら辻褄が合うよ!」
隣のアステは何か考え込んでいたようだが、すぐに合点がいったらしく顔を上げた。
「契約主――ティアーネは、契約した相手の生命力を奪ってたんだ! これが契約内容で間違いない!」
すぐに契約解除の儀式に移ろう、とアステはどこからか拾ってきた木の棒で、エドの周りに何かを描き始めた。
しばらくして、アステがすべてを書き終わる。アステが書いていたのは、魔法陣だった。
「ファインとティアーネは、ここに立って」
日が顔を見せる直前、洞窟の外はほんのわずかに明るくなり始めていた。
壁によりかかっているナビスは、三度の全力疾走と徹夜で、今にも眠りそうになっている。
「じゃあ、後はさっきあたしが言ったことを繰り返すだけでいいから」
そう言いながら、アステは魔法陣の外へ離れる。
ファインとティアーネは、顔を見合わせてうなずいた。
所定の位置についていることを確認して、手を伸ばす。
二人の手が、エドの体の上で重なった。
息を大きく吐き出して、ティアーネは心を落ち着かせる。
最後に、ちらりとエドの顔を見た。
……必ず、あなたを取り戻しますから。
先に、ティアーネが口を開く。
「――神に請い願う。ここに契りの取り消しを。私ティアーネの名において、エドは時来れども死なずともよいとする」
「――神に請い願う。ここに契りの取り消しを。ティアーネが、時来るまで我が生命力を奪うことを禁ずる」
「「神に誓い、我々は契りの取り消しを是とする」」
二人が契約解除の文言を唱え終えると、アステの描いた魔法陣が光り始めた。
「これで、契約は解かれたはずだけど――」
その場にいる全員が息を飲み、エドが起き上がるのを待った。
――しかし、魔法陣の光が消えても、エドの首筋にある痣は消えなかった。
「な――」
「なんでだよ!?」
ファインが、アステが、先ほどまで眠りにつきそうだったナビスでさえ驚き、そして焦った。
やることはやった。しかし、もう何かを考えている余裕などない。
「……姫様?」
しかし、一番取り乱しそうなティアーネが、何も反応していないことに気づき、皆の視線が彼女に集まる。
皆が焦る中、ティアーネだけがただ一人、落ち着いてエドの横に膝をついた。
ティアーネだけは、しっかりとあの新しい信託を覚えていた。
心の中でそれを復唱しながら、一つ一つ確認する。
赤き炎は、ティアーネが見つけ、ナビスがそれを辿ってエドを見つけた。
裏切り者……エドを裏切ったファインと、神を裏切ったアステと、ティアーネを裏切った王妃の記憶を集めた。
契約は、既に解除されているはず。
残るは……
”新たな真実には答えを示せば”
ティアーネは覚悟を決めるために深呼吸をした。
皆が、そんなティアーネの様子を見ている。
失敗すれば、とんでもなく恥をかくことになるが、ティアーネにはそれが正解だという確信があった。
「――エドさん」
そっと、呟く。この声は、絶対にこの人に届いているはずだ。
これまでのすべてを思い出して、ティアーネは精一杯の気持ちを目の前の人に伝えた。
「――私も、あなたのことが大好きです」
その口に、そっとティアーネは口づけをした。
――一瞬だった、その時間。
唇が離れる頃には、既にエドの痣は消えていた。
……ゆっくりと、エドが目を開ける。
「――エドさんっ!!!」
体を起こしたエドに、ティアーネが抱き着く。
「――――ありがと、ティア」
エドは自分の胸に顔をうずめるティアーネの頭を撫でた。これまで、ずっと辛いのを我慢していたのだろう、ティアーネの嗚咽が聞こえ始めた。
「……他のみんなも、ありがとう」
エドは、周りで安堵の表情を浮かべる皆にも感謝をした。
「馬鹿野郎、心配させやがって……」
ファインは乱暴に涙を拭いながら、エドの頭をごつく。
エドは改めて、死ななくてよかったと思った。
それと同時に、涙があふれてくる。
エドは、胸の中のティアーネを抱きしめて一緒に泣いた。
遠くに見える洞窟の入口は、もう十分に明るい。
そうして、しばらく余韻に浸った後、もうそろそろ帰ろうと立ち上がった、その時だった。
ふいに地面が揺れ、くぐもった崩壊音が洞窟中に鳴り響く。
「――神様、どれだけ物を壊したら気が済むんだよ!?」
思わずエドが叫ぶ。
さすがにこれは、のんびり幸せに浸っている場合ではない。
入口に向かって、全員で走りだした。
案の定、後ろの方から、洞窟の天井が落ちてきた。
そんなにないと思っていた入口までの距離が、いざ走ってみると長い。
「きゃっ!!」
途中でつまずき、転びそうになったティアーネをエドが助け起こして、お姫様抱っこで抱えた。
そのまま全力で走るが、洞窟が崩壊していくスピードの方が速く、ギリギリ入口まで間に合いそうにない。
エドが顔に迷いの感情をにじませると、腕の中のティアーネが叫んだ。
「――そのまま走ってください!!!」
その一言で、エドは全力で前へと進みだす。
あと少しで崩壊に巻き込まれる、というところで、ティアーネが壁と天井を囲うように氷の壁を作った。
氷の壁はすぐに重量に耐え切れず壊れていくが、その一瞬の時間が、エドたちを洞窟の外へと逃がした。
洞窟の入口から出て行ってもなお少し走り、遠くから完全に洞窟が崩壊するのを眺める。
「最後の最後まで大変だったな……」
「本当ですね……」
全員で、最後の危機が去ったことに安堵した。
これで、本当にすべてが終わったのだ。
エドは、腕の中に抱えたままのティアーネを見る。
同じく、エドを見上げていたティアーネと目が合った。
「あの……エドさん?」
――頬を赤らめるティアーネに構わず、エドはその桜色の唇にキスをした。
よ、ようやくここまで来たよ……空が明るくなる前に投稿できました。
評価・ブクマ登録していただけなくても、次回、最終回です。




