58. テシャーナとティアーネ
アステはティアーネから手を放すと、その場の皆に契約の解き方の説明を始めた。
「まず、契約を解除するには双方が契約内容を唱えなきゃいけない。つまり、意識のないエドの代役を立てる必要がある。これはたぶんだけど――」
「――俺、ですよね」
ファインがすぐに手を挙げた。
「『もし万が一のことがあったら、俺の代わりにティアのことよろしく』と、エドは確かに俺にそう言ってた」
「それなら、代役の件は大丈夫だね。……で、こっからが問題なんだけど――」
アステはもう一度エドの痣を確認しながら、眉間にしわを寄せる。
「契約内容についてなんだけど……この状態だと、まだ詳しいことが分からないんだよ。普通は、契約主の方にも刻印があるはずなのに」
ティアーネは自分の体を見てみるが、それらしきものは全くない。
「契約主の契約もそれほど複雑なものではないはずだから、あるいは当てずっぽうで当てられるかもしれないけど……」
「それは、例えばどんなものだと?」
ティアーネが質問すると、アステは顎に手を当てる。
「んー、そうだな……『契約者を時が来たら殺す』みたいな?」
「そんなんで、一個一個やってって当てるまでの時間はあるのか?」
「…………ない、かな」
それまではまだ余裕のありそうだったアステが、ついに表情を険しくし始めた。
契約内容を知っている人物は、神を除いていないだろう。
それとは別に、契約内容の手がかりになりそうなことを知っている人物は――
ティアーネが、はっとして顔を上げる。
「まだいるではないですか――――裏切り者が」
「――疲れているところ、申し訳ありませんね、ナビス」
「……いえ、僕には、これくらいしかできませんから」
ナビスは、またティアーネを抱えて夜の街を駆け抜けていた。
昨日で祭りの終わった王都は、もうほとんどの家が静まりかえっている。
それでもできるだけ人の少ないところを選びながら、ティアーネはナビスに指示をする。
「そこを右に行って、そのまままっすぐです」
「はい」
その先にあった高い柵を、ナビスは難なく飛び越えると、地面にティアーネを降ろした。
「ここからは、どうしますか?」
「ここからは一人で大丈夫よ、ナビス。ここで待っていてくれる?」
「分かりました、姫様」
ナビスがティアーネに向かって一礼する。ティアーネはナビスに手を振ると、目の前の大きな建物――王城を見上げた。
コンコン、とティアーネが扉を叩くと、どうぞ、という声が聞こえる。
「――失礼します」
「あら、こんな時間にどうしたの、ティアーネ。――母が恋しくなってしまったのかしら?」
部屋にいたのは、王妃――テシャーナだった。
以前まではあんなに怖かったその笑みに、ティアーネは毅然とした態度で向かい合う。
「あなたのような人を、私は母と呼びたくありません」
そうはっきり言ったティアーネに、テシャーナはそれは残念だわ、と呟く。
「でもね、あなたがそう言っても、血は繋がっているのよ? 私たち」
「――あなたは!」
ティアーネは一歩前に踏み出して叫ぶ。
「私に、あまりにも大きな嘘をついていました。幼子を虐げ、私の大切な人でさえないがしろにしました。誰の気持ちも考えず、あまつさえ、娘の命さえ奪うつもりだったのでしょう? ――そんな方が、私と同じ人間だということ自体が、ひどく不愉快です」
そこまで言うと、さすがのテシャーナも表情を消し、一切の感情を消した声でティアーネに尋ねた。
「それで、本当にどうしてここに来たのかしら? あなた、逃げたのではなくって?」
「私はあなたに聞きたいことがあっただけです。すべてここで吐き出してください――私の呪いで死んだ元婚約者、カイン・アーデリッヒ・スティアのことを」
案外、テシャーナはあっさりとカインの最期について知っていることを全て語った。
「これで満足かしら?」
ティアーネはこくりとうなずく。
「ありがとうございました、テシャーナ王妃。それでは」
そう言って部屋を出て行こうとしたティアーネを、いつの間に隠れていたのか、テシャーナの側近が阻んだ。
「そう簡単に帰れると思って?」
「ここで誰に邪魔をされようが、私は先に進ませていただきます」
ティアーネが手を挙げると、空中に氷の刃が何本も現れる。
「あら、心優しいあなたに、人が倒せるの?」
「ええ。――今は、どんな命よりも大切な人がいますから」
ティアーネは、テシャーナの青色の瞳をまっすぐに見つめる。
しばらく、張り詰めた静寂が続いた後、最後にはテシャーナがため息をついた。
「今のあなたを止めるのは無理そうね。通してあげなさい」
テシャーナがそう言うと、側近はティアーネのために道を開けた。
「……でも、やっぱりあなた、私に似ているわ。――だって私も、大好きな人に見捨てられないために、ここまでやってきたんですもの」
「なら、あなたはやり方を間違えていたのです。私はお父様のことはほとんど知りませんが――もしかしたら、最初からすべてを話していれば、こんなことにはならなかったかもしれませんね」
ティアーネは扉に手をかける。
「それではさようなら、テシャーナ王妃。……もう、二度と会うことはないでしょうけど」
後ろで扉が閉まる音を聞いて、ティアーネは――もうただのか弱い少女ではなくなった彼女は、その"大切な人"のために、前を向いて走りだした。
あ、あと二話なんで……
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