57. ナビスと痣
アステはだーれだ?などと言っているが、この中で足が一番早い人なんて決まっている。
「僕……やりますよ」
全員からの視線が集まる中、ナビスはそう宣言した。
扉を開ければ、もう夕方近く、太陽もだいぶ傾いていた。
足の調子を確認するナビスの両腰に、アステは何かの袋を括り付ける。
「これは……なんですか?」
ナビスが尋ねると、アステは袋の先に小さく穴を開けながら答える。
「挽きたてのコーヒー豆だよ。本当はこんな使い方よくないけど、これが一番確実だからね」
袋からほんの少しこぼれたコーヒー豆がほのかな香りを放つ。
アステは立ち上がり、腰に手を当てた。
「じゃあ、準備はいいかい?」
「――いつでも行けます」
「……大丈夫みたいですね、ナビス。頼みましたよ」
店の入り口で待機していたティアーネが、握った手を持ち上げる。
アステが十分に離れたことを確認すると、ティアーネは手を広げ、火妖精を外に放った。
火妖精はふらふらと飛んでいくが、夕日に当てられた瞬間、それは火の玉に変わる。
本来なら数秒燃えて終わりのはずの火妖精の炎は、アステの言っていた通り線上に燃えていった。
それと同時に、ナビスが走り出す。
本当に、一瞬の出来事だった。
ナビスの起こしていった風が、アステの髪を揺らす。
あっという間に、ナビスは木々の向こう側に消えて見えなくなってしまった。
「さてと、あたしたちも向かいますか」
アステは馬車を出してくるために、店の裏側へと向かった。
ナビスは、今は喜ぶべき時ではないと分かっているが、どうしても自分の顔が緩んでしまうのを止めることができなかった。
これまで活躍することのできなかった自分が、ようやく役に立つことができるのだ。
凹凸の激しい道だろうが、上り坂だろうが、今のナビスには苦にならない。
とにかく、絶対にこの赤い炎だけは見失わなないように、ナビスは夕日に照らされながら走っていた。
炎が最後に向かったのは、都市からだいぶ離れたところにある山の洞窟だった。
まっすぐ続く、細長い穴を少し走ったところで、少し開けた空間に出る。
炎はそのままその空間をぐるりと囲むように走ると、壁につけられていた照明が灯る。
その中心には、エドの体が横たえられていた。
ナビスはその空間を眺めて立ち止まると、ようやく自分の息が上がっていることに気づく。
「よかった……」
自分の役割を達成できたことに安堵すると、ナビスは皆が来るまで壁に寄りかかって待つことにした。
太陽も沈み辺りが暗くなった頃、ナビスの残した痕跡を辿って、一行はようやく洞窟に辿り着いた。
「エドさんっ!!」
ティアーネがエドにかけよる。
確認してみればまだ、ぎりぎり息があった。しかしそれもほとんど虫の息で、おそらくそう長くはないだろう。
でも今は、見つかったことの方を喜ぶべきだ。
「――ありがとう、ナビス。あなたがいなければ、ここまでた辿り着けませんでした」
「……褒めていただき光栄です、姫様」
疲れた様子のナビスは、ティアーネにそう言われて嬉しそうにはにかんだ。
「さて、ここからどうするべきか、ですよね……」
ティアーネはエドの方に向き直る。
すると、アステが横から顔を出してきた。
「……ちょっといいか?」
何かに気づいたアステが、エドの首筋にある痣を触り、眺める。
それからやはり、といった表情で一人うなずいた。
「これ…………契約の印だね」
「――どういうことですか?」
驚いたティアーネがアステに尋ねる。
普通ならありえないことなんだけど、とアステは続ける。
「奴隷契約に似てるんだよ、これ。契約内容は、時が来たら死ぬ。それだけだけど」
「なんで……そんなのを、いつ」
そう言いながらも、ティアーネはなんとなく察していた。
震えた声のティアーネに代わり、アステが答えを示した。
「エドが告白したときだろう。それが、契約の合言葉になったんだ」
神の力の一端を付与されたティアーネと、エドの契約。アステはそう説明した。
「――じゃあ、その契約を解ければ、エドは目を覚ますんだな?」
「そうだと思うよ」
ファインの言葉を、アステが肯定する。
「それで、その契約の解き方だけど……」
「ちょっと待ってください」
ティアーネがアステの言葉を遮った。
「時が来たら死ぬって……もうそんなに時間はないんじゃないですか!?」
前の婚約者が、呪いが発動して3日ほどで死んだことを思い出してティアーネが声を上げる。
アステは、そんなティアーネの両肩を優しく掴んだ。
「大丈夫だよ、ティアーネ。あとは契約解除の方法を見つけるだけだ。あたしが、必ず見つけてみせるから」
これ書くためだけに先週買ったミニどん兵衛食ってる
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