50. 終わりと再会
花冠が枯れて、ばらばらに海にばらまかれる。波が、花冠の残骸をさらっていった。
「――まだ早いけど、これでお別れね、ティアーネちゃん」
神様の笑う声が、やけに頭に響く。
神様が手に持っていた角笛を落とす。それはティアーネの足元に落ち、海水に溶けて黒い水がティアーネの足にからまった。
同時に、体が沈み飲み込まれていく感覚。
「本当に、美しい顔をするわ、貴方」
溺れていく視界の中で、そんな神様の声が聞こえた。
気が付くと、それは最後にティアーネがいた場所に戻っていた。
あの扉があった場所だ。
しかし今は、最初から何もなかったのかのように、さびれた空間があるだけだった。
海水に濡れたはずの靴も服も髪も、すべて乾いた状態に戻っている。
ただほどかれたままの金髪が、先ほどまでの体験が嘘ではなかったことを証明している。
自分の手を見る。何も持っていないその手は、わなわなと震えていた。
「これで――終わり、なんですか?」
そう呟いた自分の声は、酷く小さかった。
「――ど、どうしたのですか!?」
呆然としていたティアーネに、誰かが声を上げて駆け寄ってきた。
その人物には見覚えがある。
「………スイ、さん」
名前を呼ばれた彼女は一瞬首を傾げるが、すぐにティアーネに会ったことがあると気付く。
「あなたは――あのときの! 一体、何があったんですか?」
「それは……」
答えようとするティアーネは、よっぽど顔色が悪かったのだろう。
「聞いてしまったところごめんなさい! 先にこっちに」
と、スイはティアーネの肩を抱いて向かいの建物に連れていった。
スイはティアーネを中に入れると、扉にかけられていた看板を裏に返す。
建物は雑貨店だったようで、食器から玩具まで、様々なものが所狭しと置かれていた。
スイは奥の方までティアーネを連れて行き、バックヤードまで行くとそこにあった椅子にティアーネを座らせた。
パサリと毛布を掛けられる。
「ちょっとそこで待っててください」
そう言ってスイはさらに奥の部屋にいくと、しばらくして一つのカップを持って帰ってきた。
「こんなものしかなくてごめんなさい。よかったら飲んで」
手渡されたそれは、温められたミルクだった。
「本当に何があったのかは気になりますけど――」とスイはティアーネを見つけた経緯を語ってくれた。
聞けば、スイは朝起きた後、扉が光輝くのを店の中から見ていたそうだ。驚いてこちらに来たはいいものの、もうそこには何もなかったらしい。
どうしたものかとうろうろしながら歩いていたら、突然そこにティアーネが現れたのだという。
青ざめた表情のティアーネを心配し、スイはとりあえず店にティアーネを上げることにした……ということだった。
「とりあえず、落ち着くまで休んでてくださいね」
そう言って、スイはティアーネのことを一人にしてくれた。
『得られたものから失ったものを差し引き、残されたものがすべてである』
何度も何度も、ティアーネは頭の中で信託を反芻する。
確かに、ティアーネの呪いは解けた。けれど、エドが言っていたようにはならなかった。
神様の告げた最後の信託が、すべてを決定づけてしまっている。
嘘だと思いたかった。せっかく告白してくれたエドは、失われてしまったのだ。
自分が弱かったからこうなったのだろうか。神様に何か言い返していたら、こんな結果にはならなかったのだろうか。
「私、何を間違ってしまったのでしょう――」
何を後悔すればいいのかも分からず、ティアーネは肩を震わせることしかできなかった。
どうしたらいいの、と心の中で何度も繰り返す。
こんなところで絶望している場合ではないと、頭では分かっていた。
しかし焦りが募っていくばかりで、脳は思考しようとはしてくれない。
『俺は、そんなティアを信じてる』
エドの顔が脳裏に浮かびあがり、また涙が零れる。
「エドさん…………」
そんな風に言われたのに、何もできなかった自分が情けなくて。
結局、その日はスイの店に泊まらせてもらうことになった。
事情を知らないはずのスイは、そんなティアーネを迷惑がることもなく、親身になって世話をしてくれた。
本当はアステの店に帰るべきだったのだろうが、そこで死んだエドが待っているかもしれないことを考えると、恐怖で足がすくんでしまうのだった。
ごめんなさい、とティアーネが謝ると、スイはいいんですよ、と笑った。
「商売柄、礼儀は一番大切にしてるので。困ったときはお互い様ですよ」
何があったのかは気になるはずなのに、スイはあれから一切ティアーネに事情を聞いてくることはなかった。
次の日。ティアーネが起きると、入口の方でスイと誰かが喋っている声が聞こえた。
聞き覚えのある、少年の声。
ティアーネはベッドから飛び起きて、声のする方へ向かう。
バックヤードの扉を開けると、声の主はティアーネにすぐに気づき、声を上げた。
「――姫様!」
そこには、焦った様子のナビスが立っていた。
記念すべき50話目!! まだまだ話は終わらねーぜ!!!!
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