38. アステと祭り
エドがアストの店に入ると、ティアーネはカウンター席でコーヒーを飲んでいた。
「やっほ、ティア」
エドはぎこちなく手を上げて挨拶をする。
ティアーネはゆっくりとエドの方を振り向く。
「あらエドさん……ちょうどよかったです」
ティアーネは予定より早く来たエドに理由を聞くでもなく、カップを置いて手招きする。
エドは不思議に思いながらもティアーネの隣に座った。
「昨日分かったことがあったのです」とティアーネが話したのは、ナビスの契約についてだった。
「じゃあやっぱり……」
「エドさんの言っていたことは正しかったみたいです。すべて私の母が……」
本当は、アステから聞いたことだったのだが。ちらりとアステを見やると、さあね、とでも言いたげに肩をすくめた。
「でも、それだけのことです。別にこのままいけば呪いは解けるでしょうから」
「それもそっか。……まあ、今絶賛信託の謎で悩んでるとこなんだけど」
「そのうち分かりますって」
そう言ったティアーネは、カップの中身をすべて飲み干すと立ち上がった。
「少し待っててください、エドさん。着替えてくるので」
ティアーネは足早に二階へと上がっていく。
しばらくして、ティアーネが降りて来た。
「じゃあ行きましょう、エドさん」
そっと、ティアーネは髪を耳にかける。
ティアーネが着ているのは、いつもと変わらない黒と紺のワンピース。そして魔法によって水色に変わっている髪には――綺麗な花の髪飾りをつけていた。
よく似合うその髪飾りを自慢するでもなく、ティアーネはさっさと入口の方に向かって行ってしまう。
「……早くしないと、置いていきますよ」
「――い、今行く」
座ったままティアーネに見惚れていたエドは急いで立ち上がり、ティアーネを追いかけた。
ドアについたベルが二度なり、彼らが店から出て行くのを、アステは少しだけ寂しそうな眼で眺めていた。
「結局、なんだかんだ世話を焼いてしまうんだよねえ……」
エドやティアーネに言ってきた言葉を思い出しながら、アステは眼を閉じる。
「でももう、直接あたしがあの子たちにできることはこれでおしまい、かな」
カウンターの上の方にあった棚から一枚の便せんを取り出すと、重しを乗せてテーブルの上に置いておく。
残っていた食器を片付け、最後に店の中を一通り掃除した。
「また、ここへ戻って来れますように」
尻尾を一振りして、アステは店を出る。
チリンと、誰もいない空間にベルの音が響いた。
エドとティアーネはというと、アステの店を出てすぐエドがティアーネに追いつき、少し迷った後にこう言った。
「その髪飾り、似合ってるよ」
ティアーネは飾りの花びらにそっと触れる。
「今日の朝、ナビスと一緒に選んだのです。前に作った花冠をつけてきてもよかったのですが、どうしても派手過ぎると思ったので。……久しぶりにおしゃれができて、少し嬉しいです」
ティアーネが微笑む。ここ最近は呪いを解くことだけに集中していたせいで、このように落ち着いておしゃれを楽しむ時間もなかったはずだ。
「そういえば、エドさんは前世でもあんまり可愛らしい服は……あっ」
先日見たエドの前世――千里の記憶を思い出しながらティアーネは呟き、途中で口をつぐんだ。
「ごめんなさい。デリカシーのない質問でした」
千里の境遇を思い出したのだろう。確かに、千里は決して裕福とは言えなかったので、服につぎ込むような金はなかった。
……まあ、高いゲーム機は買ったんだけどね。
そう思いながら、エドは肩をすくめた。
「そもそも自分の身だしなみには頓着してなかったし……自分が着る分にはシンプルな方が好みだから」
「それは……エドさんらしいですね」
ティアーネが安心してふふっと笑った。
夕刻を告げる鐘が、遠くから響いてきた。
「あ、もうそろそろ見えてきましたよ」
ティアーネが指さす方向を、エドも一緒に見る。
王国建国祭。祭りに相応しく騒がしい雰囲気を漂わせる街が、エドたちの前に広がっていた。
皆さんお気づきだろうか……作品が始まってから今までアステの店に客が来た描写は一度もないのだ……(震え声)
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