37. 契約と心
思わずナビスの方を見れば、下を向いたまま震えていた。
「ちゃんとそのことを誰にも教えちゃいけないって契約もしてある。本当に酷いことするねえ、王妃様」
アステの言葉に、ティアーネはうなだれるしかなかった。
「じゃあ、ずっと前にエドさんが言っていたのは、本当のことなのですね」
「で、でも契約なんて……僕は絶対に姫様を殺したりなんか……」
震える声で、ナビスが言う。しかしアステは悔しそうにかぶりを振った。
「いいや。契約の効力は契約者の魔力量によって左右される。ティアーネの母親なら、そうだな……意識を失ってでも契約を実行させることぐらいはできるだろう」
「僕は……そんなの嫌です。そんなことしてしまうくらいなら、いっそ――」
「――落ち着いてください、ナビス」
ティアーネは立ち上がって、震えるナビスを抱きしめた。
「ここままいけば、必ず呪いは解けます。絶対にそんなことにはなりません」
ナビスの頭を撫でる。
「姫様……」
耳の先を下げるナビスの肩を掴んで、その顔をまっすぐに見つめた。
「そうだナビス、明日の朝買い物に行きましょう。買いたいものがあるの」
そう言うと、ナビスは弾かれるようにティアーネを見上げ、それから申し訳なさそうにうなずいた。
次の日。エドは今日着ていくための服を選んでいた。
「……結局、何を着ていくのが正解なんだ?」
いつもは即決するはずのエドが、かれこれ三十分ほど悩んでいる。
自分がその服を着てティアーネの隣を歩いている姿を想像する度に、とある三文字が思考の邪魔をする。
「いやだからデートじゃないって……落ち着けよ、俺」
そうだ。きっと、というか絶対にナビスはついてくるだろうし、これはあくまで旅の疲れを癒す休暇だ。
エドは自分のクローゼットの中をもう一度眺める。
エドは髪色が派手なので、服は大人しめの色にするのが好みだった。
「そもそも祭りには一般市民として参加するんだから」
結局、いつも休みの日に来ているようなシャツに、紺色の上着をはおることにした。
メイドに今日も遅くなると伝えて、エドは家を出た。
そんなこんなで、何故か約束の時間よりだいぶ早く目的地に着きそうになってしまったエド。
二番通りと三番通りの間の路地まで来たところで頭を抱える。
「ホントに何焦ってんだ、俺……」
これでは、まるで一緒に祭りに行くのが楽しみすぎる人になってしまうではないか。
どうにもあの一件以来、ティアーネのこととなると調子が狂う。
脳裏に浮かぶのは、ティアーネがエドに初めて見せた笑顔。
確かにあの時、エドはティアーネのことをかわいいと思った。
ティアーネが優しく良い子なのは十分に知っている。他人のために、あそこまで頑張れるその強さを尊敬している。本当に素直で、無邪気なところもあるのが、何よりも――――
その先は考えてはいけないと、エドは胸に当てた手を強く握りこむ。
自分がこれまで散々嘘をついてきたことになるくらいなら、まだいい。
自分自身のため――いや、ティアーネのためにもこの気持ちは、今はまだないことにするべきなのだ。
――ティアーネの呪いが解ける、その時まで。
深呼吸をしながら、エドはふとあることを思い出した。
「――でもティアには、新しい婚約者がいるんだっけ」
本来ならば、王女のティアーネと一回の騎士見習いであるエドは、会うことすら叶うはずもない身分差があるわけで。
普通に考えれば、呪いを解いたティアーネは、今度こそ新しい婚約者と結婚するのだろう。
別に自分はティアーネに対して何も思っていないので、どうということはないが――と心の中で見栄を張ってみる。
無性にもやもやは残るが、ひとまず落ち着くことはできた。
早く着いた言い訳は、また考えよう。
そしてエドは――また、最も大切なことには気づけずに――ティアーネの待つアストの店に向かうのだった。
実はずっとニートみたいな生活を送っていたのは夏休みだったからなんですよ。本日最終日っす(泣)
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