36. 想いと契約
そういえば、もう建国記念の盛大な祭りが行われる時期だった。
エドは街を歩きながら、祭りの準備に追われる人々を眺めていた。
ここ三日ほど騎士学校が休みなのも、それが理由だったことを思い出す。
「それにしても、だいぶ学校休んじゃってたからなあ……」
この一連の事件が終わったら、頑張って勉強し直さなければならないだろう。
そんなことを考えながら歩いているうちに、いつの間にかアステの店の近くにまで来てしまっていた。
最近何度も来ていたものだから、無意識のうちに足がそちらへ向かってしまったのだ。
いつの間にか日も沈みかけている。もうそろそろ家に帰ろうかと考えていた、その時。
「――エドさん?」
店から出てきたティアーネが、エドに気づいて声をかけてきた。
エドはそちらの方を振り返る。ティアーネは、外にいるエドを見つけて慌ててきたのだろう、部屋着にショールを羽織っただけの格好だった。
「集合は明後日ですよ、エドさん。もしかして耳はお飾りなのかしら?」
「たまたま寄っただけだよ。ほら、ティアも俺に会えないんじゃ寂しいかと思ってね」
昼友人に言ったばかりの冗談をティアーネにも言ってみる。案の定、ため息が返ってきた。
「あなたのナルシストぶりにはいい加減飽きましてよ?」
「お褒めに預かり光栄です」
「……全く、おこがましいこと」
ティアーネは堪えきれずにくすりと笑う。エドも笑って返した。
少ししてまた、ティアーネが口を開く。
「おこがましいついでに、私のお願いも一つ聞いてくれますか?」
「――なんなりとお申し付けを」
「明日からの建国記念祭――エド、あなたに私の護衛を命令します」
――思ってもみなかった、ティアーネからの祭りへのお誘い。
エドは驚きのあまり、胸に手を置いて敬礼したまま、しばらくの間何も言い返すことができなかった。
「…………えっと、その、別に嫌なら――」
「め、命令とあらば仕方ありません。当然同行させていただきます」
答えが返ってこないのに焦ったのか、急にどもり始めたティアーネに、エドは我に返って一緒に祭りに行くことに同意する。
ティアーネは、ほっとしたように顔を緩めた。
「――では、また明日の夕刻の鐘が鳴る頃、ここで待ってますから」
「了解。じゃあまた明日だな、ティア」
「ええ。……さようなら、エドさん」
エドはティアーネに手を振って、家に帰ることにした。
エドが見えなくなるまで待ってから、ティアーネは止まりそうになっていた息を吐き出した。
先ほどまでの会話を振り返りながら、ティアーネは小さく呟く。
「――これくらい、許されますよね」
ずっと、我慢し続けてきたのだから。
昔のティアーネ――それこそ理亜だった頃には、あんな相手の迷惑も考えないようなことなんて、言えもしなかっただろう。
そんなことが言えるようになったのは――ひとえに、これまでエドに対して色々言ってきた過去があるからであって。
「ずるい、かもしれませんけど」
エドが前世女だったのをいいことに、こんなふうに一緒にいようとしてしまう自分が。
それでも、やっぱり嬉しくて。その後に必ず訪れる虚しさなんて、考えたくもなかった。
叶うはずもない恋にすがり続ける自分は、これからどうなってしまうのだろう。
……でも、せめてこの呪いが解けてしまうまでは。
「――姫様」
ナビスが扉から顔を覗かせる。
「今夜は冷えます。早く上がってください」
「……ええ。ありがとう、ナビス」
ナビスの手を取って、ティアーネは店の中へ入った。
「そういえば、いつもの手袋はどうしたのですか?」
「これは……その」
ナビスはティアーネの手を握っていた右手を引っ込める。黒い奴隷契約の紋章が、はっきりと見えた。
「――あたしが見せろって言ったんだよ、ごめんね」
店の奥から、アステが顔を覗かせる。
「ナビスがどんな奴隷契約をしているのか、今更になってちょっと気になってね」
「紋章を見るだけで、どんな契約をしているのか分かるのですか?」
ティアーネが尋ねると、アステは肯定する。
「まあね。契約に関しては他人よりもちょっとばかり詳しいんだよ。――それもよりも、だ」
二人とも座ってくれ、とアステは店内の席にティアーネとナビスを誘導する。
ティアーネにはコーヒーを、ナビスにはホットミルクを用意してアステも座った。
いつも微笑みを浮かべているアステはいつになく真剣な顔をしているし、ナビスは何故かここからものすごく逃げたそうな顔をしている。
「一体、何があったのですか?」
事の重大さを察したティアーネが、静かに尋ねた。
アステは一呼吸おいてから、ティアーネに向かって告げる。
「ナビスの契約内容に、私たちに知らされていないものが一つあったんだ。端的に言うと――『呪いが解けなくなったと判断したら、ティアーネを必ず殺すこと』だ」
こんな時間までかかったの、まさか旅館泊まって美味しいもの食べて温泉浸かってゆっくりしてたとかではありませんから、決して。
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