35. 王女とファイン
話は少し前――エドたちが教会に行き、第四の信託を達成した日に戻る。
「――結局、今日もエド様は学校に来ませんでしたと。今日の魔法演習の授業マジで散々だったし……いや、魔法演習はエドには関係ないか……それにしても羨ましいぜ全く……」
エドたちがちょうど信託を達成していた頃、ファインは話す相手もなく家への帰り道を歩いていた。
「ま、あっちもあっちで大変なんだろーけどさ」
あのお人好しなエドのことだからなあ、とどこに行っているのかすら分からないエドのために空を仰いだ。
太陽は、もう沈みかけている。
家に着けば、またいつものように猫の獣人の執事が出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ、ファイン様」
「おうただいま、テトラ。夕飯の支度はできてるか?」
「はい、もちろんでございます。――しかし、その前にご主人様がお呼びです」
「親父が? なんで?」
ファインは不可解そうに片眉を上げる。王宮勤めのファインの父はいつも忙しく、それほど会う機会はない。
執事は掛けている丸メガネをくいっと持ち上げた。
「さて……それは申しつかっておりません」
「まあいいや、ならすぐ行――」
「お待ちください、ファイン様」
テトラに上着を預けてさっさと行こうとしたファインは、鋭い声で呼び止められる。
「そんな汗まみれの格好ではだめです。きちんと着替えてから行ってください」
「……はいはい、分かりましたよ」
ファインは口をついて出そうになった悪態を押し殺して、しぶしぶ自室へと向かった。
手早く着替えてから書斎に向かうと、前見たときとまったく変わらない、厳格そうな父の姿があった。
「――で、いきなりどうしたんだよ、親父」
「全くお前というやつは、いつになったらその言葉遣いを直せるのだ?」
ノックもせずに入って来たファインに、父親は心配そうに小言を漏らす。
「反抗期というやつでございますー。それより、さっきの質問に答えてくれよ」
「そう焦るな、ファイン。とりあえず座れ。大事な話なんだ」
子供をあやすような父の態度は気に食わないが、”大事な話”というのは気になる。
ファインは近くの椅子を持ってきて座った。
父は珍しく困った様子で机の上に手を組んだ。
「どこから話したものか……そうだな、まずお前は――私の兄の家に養子として行ってもらうことになった」
「親父の兄貴の……ってことはカイン兄のとこか!?」
父がうなずく。カインというのはファインの従兄で、昔よく遊んでもらった記憶がある。
分家であるこの家と違って、あちらは上流貴族ではあったが。
「親父が納得して決めたことなんだったら、俺は別にいいけどよ……どうしてそんなことをする必要があるんだ?」
「落ち着いて聞いてほしいのだが……そのお前の言うケイン兄、カイン・アーデリッヒ・スティアは――先日亡くなったことが判明したのだ」
「…………は?」
この家が正式に分家となってからは会っていなかったカインが、自分の知らぬ間に死んでいたなんて。
ファインは椅子から立ち上がって父に詰め寄る。
「なんで……カイン兄は死んだんだよ!?」
「――落ち着けと言っている」
唇を噛んで、ファインは大人しく座った。
父は机の上に置いてあった手紙のようなものをちらりと見やる。
「実は、まだ詳しい原因が分かっていないのだ。せめて遺体を、と掛け合ったらしいのだが、王妃様がそれを認めてくれないと……」
「ちょっと待ってくれ、なんでそこで王妃様が出てくる?」
「その話がまだだったな。まだ公にはされていなかったが…………カインは、王女、ティアーネ様の婚約者だったのだ」
ふいに、つい先日聞いたばかりの名が出てきてファインは絶句する。
しかし父はそんなファインの内心を知る由もなく、淡々とその先を続けた。
「そして、ここからが本題なのだが――そのカインが亡くなった今、ファイン、お前が次の婚約者候補になったのだ」
「な――――」
「兄の家には息子はカインしかいなかったらしくてな。家系で最も王女様と年齢の近いお前が、次の候補として挙がったのだ。ただ、そのためにはお前が兄のところの養子になる必要があるというだけだ」
あまりの出来事に脳が混乱する。ファインは何も言えず、膝の上で手を握った。
「お前が複雑な気持ちなのは分かる。しかしこのような事態になったとはいえ、王女様の婚約者になったことは栄誉なことだ。それに、正式な婚約までにはまだ猶予もある。ゆっくり考えなさい」
そう優しく言われるも、ファインにはそれどころではない。
自室に戻ってから、ファインは頭を抱えた。
考えてもみてほしい。ファインからすれば、自分が親友の好きな人の婚約者になってしまったのだ。この時のファインは、まだエドが王女のことを好きなのだろうと勘違いしたままである。
しかも、まさか自分が慕っていた従兄が、呪いによって死んでしまっていただなんて。
「俺は一体、どうすりゃいいんだよ……エド」
それから二日間、ファインはまともに寝ることもできず、休みの日に昼まで寝てしまっていたのだった。
実はこの話、一度書いてから20話ほど申し送りされてます。
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