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30. 微笑みと精霊

 過去を映していた鏡は、また元のようにエドとティアーネを映した。まるで、長い夢を見ているような感覚だった。

 自分の方の鏡に集中するあまり、相手が自分の過去を見てどんな反応をしていたのかは分からない。


「――ごめんなさい」


 先に口を開いたティアーネが謝った。エドが伝えようとしていたことは、ちゃんと伝わっていた。


「俺の方こそ、ごめん」


 そう言うと、ティアーネは後ろを向いたまま答えた。


「全くですわ。必死になっていた私が馬鹿みたいではないですか。こんなことなら、いっそあなたを呪い殺してしまった方が良かったです」

「冗談もほどほどにしてくださいませ、お姫様」


 わざとらしい言葉にエドも茶化して返すと、鏡に映ったティアーネの顔が、恥ずかし気に微笑んだ。



「――終わったようですね」


 広間にいたパラノが、エドたちに向かって微笑む。


「はい、ありがとうございました」


 エドがうなずいて答える。ティアーネもありがとうございました、と入口の方を向いた。


「――とりあえず、ナビスに信託が達成できたか確認しないと」

「そうですね。多分、終わりだとは思いますけど」

 

 二人は揃って入口の方へと向かう。

 これで第四の信託も終わりか――などと悠長に考えていた、その時。


 カツリと、後ろの方から足音がして、エドとティアーネは同時に振り返る。


「え、なんで……」

「どういうことですか……」


 通路の先にいた人影を見て、同じように驚愕した二人が声を上げる。


「あそこにティアが見えるんだけど!?」

「エドさんそっくりの人が立ってます!」


 そう叫んだあと、お互いの言葉にまた驚いて顔を見合わせる。


「そんなはずは……」

「おかしいですよ、だって……」


 まばたきしたり、目をこすったりしてもう一度見るが、やはりエドにはそれがティアーネに見え、ティアーネにはエドに見えていた。

 ならば一体――あれは何なんだ!?


「パラノさんには、何が見えてますか!」


 エドはもう一人の人物に問いかける。入口の方を見れば、同じく驚いていたであろうパラノが何かに気づいた様子で声を上げた。


「――あれはおそらく、姿映しの精霊です!」

「”精霊”、ですって!?」


 パラノの言葉にティアーネが反応する。

 精霊――たしか、妖精の上位種で、滅多に現れることのない存在だったはずだ。

 珍しいが故に、精霊については情報が乏しく、謎もまだ多い。

 なぜあれが姿映しの精霊だと知っていたのかは気になるが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。


「姿映しの精霊って……どうすればいいんですか!?」

「たぶんそいつが行方不明事件の原因です! 絶対に触れられないようにしてください! そいつに攻撃能力はないのでとにかく離れて!」


 パラノが声を張り上げる。

 パラノの言葉通りにエドとティアーネは入口の方へ走り出すが、すぐに足を止めてしまった。

 エドの目の前には、氷の壁が立ちはだかっている。


「エドさん……どこに行くんですか……?」


 声を発するのは、後ろのほうにいるティアーネの姿をした精霊だ。ゆっくりと、こちらに向かってくる。

 慌てて視線を走らせれば、ティアーネ本人の方に氷の壁と鏡の間に隙間があるのが見えた。そこからなら通れそうだ。


「ティア、先にそっちから行ってくれないか?」


 ティアーネを急かすが、彼女は首を横に振る。


「だめです。火妖精が……」


 などと言っているが、エドからはそんなものは見えない。しかしティアーネには、エドの姿をした精霊が火妖精を放ち、それが目の前で燃えているのがはっきりと見えていた。

 二人が立ち止まっている間も、精霊は着実に二人へ距離を詰めてくる。


「それはそいつの見せる幻覚です! お二人の前には何もありません! 早く!」


 パラノの焦る声が聞こえる。精霊は相当近くまで迫ってきていた。

 エドは目の前の氷の壁に手を伸ばす。見た目は限りなくリアルだし、手を近づければ冷たい。

 しかし、伸ばした手はすっと壁を通り抜けた。たしかに幻覚のようだ。

 パラノの言葉を聞きながらも、火妖精に手を伸ばせずにいたティアーネの手を掴む。


「――怖かったら、目閉じててもいいよ」

「だ、大丈夫です、これくらい」


 そのまま通路を塞いでいた幻覚を突っ切るように走りだす。すんでのところで、精霊の手が空を切った。

 パラノのところまでなんとか走り切り、エドとティアーネは後ろを振り返った。


 ――精霊は、少し残念そうな顔で合わせ鏡の間に立っていた。

執筆速度低下デバフかかっております(言い訳)

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