25. 千里とPhiis
ティアーネには、しばらくの間それがエドの前世の姿だということに気づけなかった。
中学生くらいの女の子。名前は名札に書いてあった。
『藤岡千里』と。
エドの前世……Phiisの妹か何かかと一瞬思ったが、すぐにそうでないことに気づく。
授業が終わった後、部活をするでもなく、誰と遊ぶでもなく家に帰り、夕食を作る。
千里の家は、千里とその母の二人暮らしだった。
母が帰ってくる時間に合わせて作られたご飯を二人で食べる。
会話はない。千里の方が先に席を立った。
この日、千里は宿題をさっさと終わらせると、母のおさがりのパソコンを開いて、昨日インストールしておいたゲームを開いた。
内容はいたって普通のMMORPGだ。作ったアカウントの名前もPhiisではなかったし、選んでいたアバターも女だった。
場面が変わる。それなりにパソコンを使い慣れてきた様子の千里が、苦笑いして画面の前に座っている。
ゲーム画面のチャット欄には、いくつもの通知が溜まっていた。
そのほとんどが、女性にのみ向けられる、厄介なプレイヤーからのメッセージだった。
一昔前のネットならなおさら、希少だった女性プレイヤーはとにかく面倒事に巻き込まれることが多かったのだろう。
仕方なく適当に返すか、酷いときはブロックするなどして対応していた。
自分が女だから仕方がないのかな……などと考えていると、ふいに気になるチャットが目に止まる。
『お前、ネカマだろ』と、フレンド登録して間もないプレイヤーからそんなチャットが来ていた。
調べてみれば、本当は男である人がネットで女を装うことらしい。
違いますけど、と千里は返すが相手にはそれを聞く気配はない。仕方がないからそういうことにしておいた。
場面が変わる。少し成長した千里はメガネをかけていた。
パソコンで操作しているのは男のキャラクター。名前は……”Phiis”になっていた。
以前の経験から、最初から男のフリをしていたほうが楽なことに気づいたのだろう。気にすることが減ったからか、フレンドと一緒にゲームをプレイする千里は楽しそうだった。
「やっぱり、この人がPhiisさんなんですね」
それが驚きなのか、嘘をつかれていたことに対する憤りなのか、はたまた安堵の感情なのか、ティアーネには分からなかった。
高校を卒業した後、親に頼み込んで大学に入学させてもらっていた。バイトして得た金を学費に当てる他、少しずつだが別のもののためにも貯めていた。
一年後、ようやく必要な分が貯まり、目的のものを買うことができた。
買ったものはゲーム機とハード。ゲームのタイトルはティアーネもよく知っている――メタフォーオンラインだ。
相変わらず男のアバターを選び、プレイヤー名をPhiisに設定する。
しばらくは一人で楽しんだ後、別のゲームからのフレンドや、新しく掲示板を漁ってフレンドを作り、遊んでいた。
その日もまた掲示板を眺めていたときに、一つの書き込みが目に入った。
『Marria:初心者です。ゲームについて教えてくれる方を探しています。よろしくお願いします。』
まだ新しい書き込みだった。千里はすぐにそのIDにフレンド申請を送る。
そこからは、ティアーネも知っている通りだった。
週に数回、色々と教えながらゲームをする。
チャットはお互い見たときに返して、緩い感じでやっていた。
チャット欄を見るたびに楽しそうにしている千里の姿を見ると、あの言葉は嘘ではなかったと嬉しくなると同時に罪悪感が湧いてくる。
大学を卒業すると同時に、千里の母が亡くなった。就職活動もしなければならない中、その辛さは計り知れない。
全然知らなかった。そんな中でもPhiisはいたって普通にmarriaと接していたし、他愛のない会話をしている間に、こんなに苦しんでいただなんて。
少しくらい、言ってくれてもよかったのに……と思うが、やはり千里は自分に心配をかけたくなかったのだろう。もしかしたらそんな苦しい中だからこそ、きっとmarriaとの会話が救いになっていたのかもしれない。
そのうち多くのことが一段落して、生活も安定してきた。まだmarriaとの関係も続いていた。
「――Phiisさんは、本当にいい人だったんですね」
小さくティアーネは呟く。でも……だからこそ、そこから先は見たくなかった。
ねみ
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