23. 前世と聖域
今回は途中の集落で泊まりながら二日ほどかけて行く予定になった。
相変わらずナビスは馬車酔いが激しいし、ティアーネはエドに厳しいままだ。
馬車の中で一度だけ、エドはティアーネに前世のことについて話そうとした。
「なあティア、一個言いたいことがあるんだけど……」
「今更何かしら? どうせ大したことではないのでしょうけど」
「実は俺――」
「だめです」
突然何かに気づいたかのように、ティアーネは鋭い声でエドの言葉を遮った。
「やっぱりだめですわ、エドさん。今はあなたの話を聞く気分ではありませんもの。あなたが何の話をしようとしたかは知りませんが、次その話をしようとするならその口を氷で塞ぎます」
ティアーネはエドから視線をそらしいつも通りに、いや、いつも以上に冷たい言葉を向ける。
だが、さすがにエドにもティアーネが動揺していることが見て取れた。
普段より明らかに声がうわずっているし、よく聞いてみれば言っていることも少しおかしい。
エドの言いたかったことを、告白か何かと勘違いしたのだろうか?
そうだとしたら過敏すぎるような気もするが、万が一のことがあれば人が死んでしまうのだから仕方がないか。
それには関係ないと言って話を続けてもよかったが、ティアーネが強硬手段に出る可能性も考えてやめることにした。別に今すぐ話さなければならない話でもない。
しかし、これでエドの仮説は確信へと近づいた。
それに、それをこれから確かめられるかもしれないのだ。合わせ鏡というのがどのように過去を映しだすのかは分からないが、ティアーネの隠している過去を知れる可能性はある。そうなれば、おそらくエドが伝えたかったことも……
そう安堵するエドだったが、その一件があったせいかティアーネはずっと距離を置くようになり、旅の間最低限の言葉すら交わすことなく二日が過ぎた。
「じゃ、ここからは歩きになるかな」
聖域の近くにある小さな集落に着き、馬車を置いてきたアステがいつもの調子を装って呼びかける。
「そうですね。行きましょう、姫様」
「――ええ」
ナビスすらもそれに合わせ、ぎこちない笑みを浮かべてティアーネに話しかける。
正直、二人には申し訳なかったと思っている。アステはそれなりに察しているようだったが、ナビスには何故こうなっているのかよく分かっていないだろう。
しかし自然にすべてが解決されるのを待つと決めた以上、エドにはどうしようもない。
本当にごめん、と心の中で思いながら、エドは三人の後に続いた。
「えっと、確か教会はこっちだったはずなんだけど――いかんせん昔の記憶だからなあ」
やっぱり地図見た方が早いか、とアステが手もとの地図を広げていると、一人のフードを被った男がこちらに近づいてきた。
料理店での一件が頭によぎりエドは身構えるが、男はエドたちから数歩離れたところで立ち止まり、フードを取って一礼した。
瑠璃色の長髪が特徴的な、美しい青年だった。
青年は遠慮がちに話しかけてくる。
「――すみません、もしかして貴方がたは、聖域に向かわれようとしているのですか?」
「そのつもりでしたが……どうかされましたか」
エドが答えると、青年は困ったように眉の端を下げる。
「今、あの場所は立ち入り禁止なのです」
「一体、何があったんだい?」
地図から顔を上げたアステが割り込む。
「最近、古代教会跡付近で行方不明者が多く発生しているのです。我々、教団幹部でも迅速に調査は進めているのですが……」
少々、面倒くさいことになっているようだ。
「どうしても、そこには立ち入れませんか?」
「無理です。立ち入り禁止は本部からの指示ですので。司教様のお許しか、もしくはそれよりも優先するべき神様の啓示がなければ……」
「さっき君、『我々幹部』と言っていたね。本当に幹部なのかい?」
「え……ええ、はい、そうです」
急にアステに尋ねられ、青年は驚きながらも首にかけていたものを取り出して見せる。
銀の貝殻。教団幹部のみが持つことを許される神の象徴だ。
「なら話は早い。ちょっとこっちにおいで」
アステが青年を手招き、エドたちには会話の内容が聞こえないところで何か話す。
遠くからでは、青年がアステの話した何かに驚き、悩むような表情をしながらこちらに向かって来たことしか分からなかった。
「――そのような事情でしたら仕方ありません。私の同行を条件に、聖域への立ち入りを許可しましょう」
半ば諦めたように吐き出された言葉に、エドたちは驚きながらもほっとする。正直、こんなに簡単に立ち入りを許可されるとは思っていなかった。アステは一体どんな魔法を使ったのだろう?
聖域での道すがら、アステにどんな話をしたのか尋ねてみたが、「ティアーネの呪いについて話しただけさ」と肩をすくめるだけだった。
ま、まさか色々あって徹夜した挙句沈没してたせいで投稿が4日ほど空いたわけではないですよ
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