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12. 黒き泉と角

 エド、ティアーネ、ナビスの三人は、『牡牛』の詩が(うた)われたとされる泉に向けて朝から山登りをしていた。

 山道を歩くのは苦手らしいアステは、宿でお留守番をしている。


「それにしても、観光地の目玉なんだから、もう少し人がいてもいい気がするんだけどな……」


 山を登り始めてから今まで、誰一人として観光客らしき人は見かけていない。


「あら、リトスライトさんったら知らないんですの? この時期、ここには魔獣が出没するんです。だかこんなふうにここに来るのは、狩人か相当な馬鹿くらいですわ」


 ティアーネがわざわざエドのことを苗字で呼ぶのは、おそらく昨日の仕返しだろう。

 ……あと、彼女は自分たちのことを狩人と馬鹿、どっちだと思っているのだろうか。


 道自体はそこまで険しいわけではない。おそらく今の時期でなければ泉に観光で訪れる人たちのためのものなのだろう。

 

 小一時間くらい歩いた頃だろうか。ようやく、頂上にたどり着いた。


 視界が開ける。泉の周りを、木々が規則正しくぐるりと囲んでいた。

 上を見れば明るく、太陽が輝く青い空が見える。――しかし、目の前の泉はまるで光を反射しておらず、暗く静かにたたずんていた。


「――これが"真昼の宵闇"か」


 空には太陽が高く昇っているが、視線を下に下げればまるで、夜の前の薄暗がりにいるような気分になる。


「『真昼の宵闇に現れし黒き角』ってことは、これからここに現れる何かの角を手に入れればいい、ってことか?」


 エドが尋ねると、ティアーネはええ、と肯定した。


「普通に考えればそうでしょうね。――ところで、あなたはその剣だけで戦うんですか?」

「いや、一応戦闘用の妖精は何匹か持ってきているけど……正直、高価だしあんまり使いたくはないかな」


 エドは腰につけていた革のポーチに触れた。

 ティアーネはそう、と泉の方を見やる。


「戦えるならそれでいいわ。せいぜい死なないことね」


 涼しい顔をしているが、さすがに一時間も上り坂を歩いて疲れたのか、ティアーネは近くにあった岩に腰かけた。

 隣のナビスは、本当に疲れていないような様子で立ったままだ。


「じゃあ魔獣かなんかが来たら俺が戦うってことになるのかな? ナビスとティアはどうする? 逃げるか?」

「それでは、ここに私たちがいる意味がないですわ。当然戦いますよ、私は魔法が使えるので」

「僕だって戦えます。……でも、もしものときは姫様を連れて逃げますから」


「分かったよ。じゃあナビス、そのときは頼んだ」

「任せてください。足には自信があります」

「はあ、またあなたという人は……」


 横でティアーネのため息が聞こえるが、聞こえないふりをしておいた。


 来たる”何か”に備えながら、エドは泉の近くによって、そこの水を観察してみることにした。

 よく見てみれば、水は光を反射していないのではなく、水自体が若干黒みを帯びていることが分かる。

 しかし、なぜこの泉が黒いかまでは分からなかった。

 そういえば、思っていたより泉は別段そこまで黒いわけではなかった。昨日のスープはさすがに誇張しすぎだったようだ。


 ――と、エドがそんなどうでもいいことを考えていた、その時だった。


 遠くのほうから、何かがドスドスと走ってくる音が聞こえる。


「――姫様!」


 いち早く気づいたナビスが、岩の上に座ったティアーネを抱えると、ぐっと足に力をこめて跳躍した。

 次の瞬間、ティアーネの座っていた岩が粉砕される。


 岩を突き破ってまっすぐ突進してきたその何かは、さらに数メートル走ったところでようやく止まる。獲物を捕らえられなかったことに憤慨しているのか、(ひづめ)でダンダンと地面を叩いた。

 およそ3メートルはあろうかという巨体。体は黒く、頭には同じように二本の太い角をたずさえている。額の真ん中にのみ白い点がついているそいつの眼がギラリと光る。


「――こいつがその”黒い角”ってやつか」


 エドはスラリと腰から剣を抜いた。

朝はどうしてもやる気がでません。

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