11. ナビスとティアーネ
宿の部屋割りは、結局男女で分けることとなった。
「僕が姫様の護衛なんですけど」
不服そうなナビスをアステがなだめる。
「あたしに任せときなってナビス。あたし耳と舌だけはいいんだから。何かあったら、こっちに助けにきたらいい。それに今日は疲れたろ? 明日のためにもゆっくり寝なよ」
「……う」
まぶたが落ちかけていたナビスの耳が下がった。
「いい子だ。じゃあエド、ナビスのこと任せたよ」
「はい。アステさんもティアーネのこと、よろしくお願いします」
「……は? あなた何様のつもりですの?」
こちらを睨むティア-ネを無視して、エドは後ろを向いて手を振る。
「はいはい。――おやすみ、ティア」
「な、あなた今――!」
軽い意趣返しのつもりで呼び方を変えてみたら、案の定ティア-ネから驚いたような声が聞こえた。
表情まで見られなかったのは残念だが、ちょっとだけすっきりした。
そのまま、ナビスを連れて部屋に入る。
寝る支度をしながら、エドはナビスにティアーネについて尋ねてみた。
「ナビスはさ、姫様があんな性格で困ってたりはしないの?」
「あんな性格、だなんて姫様を馬鹿にしないでください」
ベッドに座っていたナビスが、心の底からの怒りをこめてエドを睨む。
「姫様はとても優しい方です。初めて会ったときなんかは、ただの獣人である僕を抱きしめてくれました。姫様は他の人間たちと違って、獣人を差別したりしません」
本当か?と思うと同時に、やっぱりそうか、とも思うエド。
「じゃあなんで俺にばっかり冷たいんだろうなあ……」
半分独り言のように呟いた言葉に、アビスが反応する。
「それは――エド様が姫様の気に障るようなことを何かしたのでは?」
「そんなことは――」
思い当たる節は、前世であっちに嘘をついていたことぐらいしかないし、そもそもバレてもいないはずだ。
エドが首を傾げていると、ナビスが何かを思い出してあ、と口を開く。
「でも、そういえば、僕も姫様に一度だけ、酷いことを言われたことがありました。いつもは穏やかだった姫様があんなことを言うだなんて、信じられませんでした」
つらい記憶だったのか、ナビスは両手を固く握りしめる。
「だから僕、そのとき姫様に言ったんです。『僕は優しい姫様のことが大好きです。だから嫌いにならないでください』……って。それからは酷いことなんて、一度も言われてないです」
ならば自分も同じようにティアーネに言えば解決なのでは?とエドは一瞬思ったが、そう簡単な話でもないだろう。
「それは、いつ頃の話なんだ?」
「えっと……たぶん、姫様の呪いであいつが死んで、しばらく経ったころだと思います」
あいつ、とは婚約者のことだろう。なら、ティアーネのあの態度はもしや、呪いが関係しているのか?
「たしか……呪いが分かってから、姫様は他の人に対して冷たい態度をとるようになったような、気が、します……」
眠気の限界が来ているのか、ナビスの声がだんだん小さくなってきた。
「ありがとう、ナビス。色々と教えてくれて」
「はい……これで分かったでしょう……ひめさまは、やさ、しい……」
それを皮切りに、ナビスはパタリとベッドに倒れ込むと、そのまますやすやと眠ってしまった。
「――ああ」
エドは微笑んで返事をすると、ナビスに布団をかけてやってから部屋のランプを消した。
その夜中、アステは誰かの声が聞こえた気がして目を覚ました。
すぐに起き上がり、周囲を見回すが特に変わった様子はない。
「……気のせいか?」
念のため、枕元に置いておいたメガネをかけ、ゆっくりとベッドから降りる。
「……ごめんなさい」
今度は、はっきりと聞こえた。これは……ティアーネの声だ。何かに怯えているかのような、震えた声。
「大丈夫かい?」
声をかけるが、返事はない。代わりに、また同じような声で呟き始める。
「ごめんなさい、ごめんなさい……私が悪かったの。だからお願い、やめて…………殺さないで」
……なるほど。うなされているのか。
アステは隣のベッドに近づき、脇に座ってティアーネの頭を撫でる。
一瞬、ビクリとティアーネは体を震わせるが、起きることはなく、何度も撫でているうちに体の緊張がほぐれていった。
何度も何度も、ティアーネの艶やかな黒髪を優しく撫でる。
眉間のしわは消え、縮こまっていた体はリラックスしていき、浅かった息は安らかな寝息に変わる。
夕方の騒がしさが嘘のような、明るい月明りが差し込む静かな夜。
それからしばらくの間も、アステはティアーネの頭を撫で続けていた。
これ、本当に9月中には完成するのか……?
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