アリアドネ・ドミネーション/❤︎
『アリアドネの糸』。アンナちゃんの指先から伸びて、ゲゴを宙吊りにして鎧を着た男たちを薙ぎ払った細い糸を、『ラプラスの魔』はそう呼んだ。
「改めまして自己紹介を。アンナ・アリア=ドネドミネ――と申します」
無数の糸が走って……糸自体は見えないけど、光をキラキラ反射するから、辛うじてわかる……男たちからフルプレートメイルを引き剥がす。
中身を失った甲冑は、しかし自由に動き回る。落ちた剣を拾い、元の持ち主の服と床を縫い付けた。
「アンナちゃん!」
「さぁ。これで嫌な人たちは黙りましたよ、パルマさん」
「それ、なんなのさ」
「これ、ですか?」
アンナちゃんは見たことないほど妖艶な笑みを浮かべて、ボクの頬を撫でる。
「わたしの運命を導く糸……わたしの敵を薙ぎ払う糸……『アリアドネの蜘蛛の糸』です」
イザヤの言っていた、イザヤのいた世界の仮説空論与太話……そのひとつだ。
「……ずっと、変だなって思ってた。『庭』の中まで追いかけてこれたり、もう治ってるはずのボクの怪我を知ってたり、……安全ルートってなんなのさ。ほんとにイザヤが教えてくれたの?」
迷い人の道しるべになる、って伝承があるらしい。ボクは知らないけど。そういうことができるなら、ことあるごとにボクの後を着けたりもできるはずだ。
「ずいぶん、察しがいいですね……。そういうところも大好きです」
言ってアンナちゃんは、ボクの右眼球を舐め上げた。
「〜〜ッ⁉︎」
「そうです。全てはお姉ちゃんを助けるため。病気を治すためには、東に行かなければならないのです」
それが、アリアドネの導きなのだ――と。
「でも。でも、今はそれだけではありません。パルマさん……わたしは、あなたのことが大好きです。大好きなんです。だから、あなたに嫌なことをする人たちは全員倒しました。ね? わたしのこと、好きになってくれましたか?」
……。
「……いや。ちょっと、幻滅した……かも」
「……!」
「誤魔化してウソついて……。助けてくれたのはありがとうだけど、そんな能力があるならここまですることなかったでしょ。やりすぎはよくない」
確かに、あそこでアンナちゃんがやってくれなかったら、ボクには荷が重かっただろう。でも……でも、だ。
「……パルマさん」
ひどく悲しそうな顔をして、アンナちゃんは一歩二歩と後ずさる。
鎧を着てきた人たちは、打撲こそあるものの死にはしないだろう。巻き込まれたファチロさんも、頭を打って気絶しているだけのようだ。ゲゴは……あれだけの勢いでハンマー役をやらされただけあって、イヤな痙攣の仕方をしている。早く応急処置でもしないと、後味悪そうだ。
「パルマさん、パルマさん、パルマさん! わたしはどうしたらいいですか! 『アリアドネ』は答えてくれます。パルマさんは、答えてくれますか⁉︎」
なになになになに⁉︎
「ちょっと待ってアンナちゃん! 輪をかけてわけわかんない!」
「なら、どうしたらわかってくれますか?」
「だから何を⁉︎」
さらに後ろ向きに歩くアンナちゃん。壁にぶつかりそうだったので手を差し伸べるが、背にしたレンガは風切り音とともに細切れになって、道を開ける。
「あぁ、追いかけてくれるんですね? あぁ、あぁ……パルマさんが、わたしを……!」
一際恍惚とした笑みを浮かべて、巨乳お嬢様が宙に浮く……いや、吊られているのか。
ぐん、と引っ張られて、その華奢な体は障害物を切り裂きながら一気に屋敷の外、正門前まで出た。
「アンナちゃん!」
小さい瓦礫につまづきながら、ボクも外へ。
「――やだ、わたしったら。とてもはしたないことを……パルマさんはどこまでわたしを許してくれるか、だなんて……そんな……っ!」
自省するような言葉だが、その面持ちは裏腹、悪戯なものだった。
「うふ、ふ……」
淫靡な舌なめずり。
指先まで優美な手のひらを空に仰がせ、
「!」
一瞬、キラッと光った。
音が凪いで、シトナイン邸が大きくズレる。地上1.5メートルのあたりを境にして、石造りの屋敷が切断された――。
今までいろんな信じられない情報を報告してきた『ラプラスの魔』だったが、今回ほど疑ったことはない。
ボクはといえば、今日ほど小柄でよかったと思ったことはない。なんとか毛先がちょっと切れただけで済んだ。
「どうです? 不足ですか? ではこれなら?」
先ほどより太い、糸というよりは縄のようなものが振り回され、直径2.5キロはあろう富裕層区を薙ぎ払う。巻き込まれた人たちは口々に混乱と不安の声を上げ、逃げ惑い始めた。
「っ……!」
『ラプラス』を走査らせる。……よかった、誰も――
「――誰も、ケガはさせてませんよ……?」
…………へぇ。
「パルマさんのことです。きっとわたしなんかより、名前も顔も知らない人のことを心配してたのでしょう?」
「……やるじゃん。そこまでボクのことわかってくれてるなら、
「パルマさんは、わたしのこと何にもわかんないくせに!」
ぱしん、と音を立てて、ボクの足元の石畳が深く抉れた。
「ほら。見えない」
「だからなんなのさ」
「パルマさん! わたしが人を殺しても、友達でいてくれますか⁉︎」
「はぁ⁉︎」
イヤな予感がして、シトナイン家跡地に足先を向ける。
ボクが駆け出すより速く、俊敏かつ繊細な糸々が、ガレキの中の老紳士を拾い上げた。
「こんな人、死んじゃった方がいいんですよ」
……たしかに。ボクもそう思わなかったことがないといえば、ウソになる。けど、
「そんなことしても――」
「わたしがイヤな人になるだけ、ですよね? いいんですよ。それでパルマさんの気が晴れて、明日からみんなに大切にされて、わたしのことを思い出してくれるなら!」
宙に掲げられたゲゴは、いまだ意識を取り戻さない。
「さっきから、ホントわけわかんないよ! アンナちゃんがボクのためを思ってくれてることはわかる! でもそれで、アンナちゃんは? 明日のみんなの中に、アンナちゃんいないじゃん!」
「こうするしかないんです。悪い人イヤなこと全部ぜんぶぜーんぶ、パルマさんから遠ざけてあげます! だから、わたしと!」
「だからってなんだよ! ――あぁ仕方ない! 友達だから、さ。ケンカしよっか、アンナちゃん!」
「パルマさん!」
盲信ヤンデレお嬢様蜘蛛属性を爆発させたくて書きました。これも愛の形ですので一応❤︎回です
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