11. 幼馴染 2
しかしどうしたものか。帰りはソレイルをリュックから出してあげて、車の中から外の景色を見せてあげる予定だったのだ。
街中の色々なものを見たら、何時もの様に目をキラキラさせ、あれこれ質問攻めにしてくる姿が目に浮かぶ。
口にはしないけれど、きっと楽しみにしている筈だ。それに買い物だって、店内にもリュックに入ってもらい、こっそり連れていってあげようと思っていたのだ。
身長は武の方が30cm以上は大きいだろうか。月子の思いなど露知らず、目の前の武はとてもいい笑顔で見下ろしている。
「・・・・・今日この後買い物行く予定だから、仕事終わる頃迎えに行こうか?」
「俺はお前が昼頃来るって聞いてたから、既に昼から半休もらってる」
「もー!それなら昨日言ってくれてたらよかったじゃない?」
「何だよ、駄目なのか?ちゃんと荷物持ちもするぜ?」
ちょっとムッとした様に口をへの字にして見下ろす武は、何で駄目なのか言ってみろと言った顔だ。
(荷物持ちは有り難いんだけどなぁ・・・・・)
「ダメじゃない・・・・・けど、も」
「ならいいだろ?よし、ちょっと待ってろ。着替えてお前のオンボロ出してくる」
「ボロじゃないからね?!まったく・・・・・そんな事言うと、乗せて帰らないから!」
まるでいたずらっ子の様に、ニカリと歯を見せて笑う武は、子供の頃から変わらない笑顔を月子に向けている。
昔は近くに学校がなく、とても距離が離れている学校へ通っていた。通学距離に慣れなくて、足が痛いと泣くきながら歩く月子に対し、武は「泣くな!泣いても距離は短くなんねぇ!!」と、ぶっきらぼうに言っては、自分も重いランドセルを背負っているのに、学校迄手を引っ張って連れて行ってくれた優しい男の子だった。
二人同じ位の身長だったが、中学に入ってからどんどん伸びた武の身長は、すぐに月子が見上げる程に大きくなってしまった。今はきっと190cm位はありそうだ。
買い物の荷物持ちはとても有難い。武は武なりに気を遣ってくれていることがわかっているからこそ、月子も無理矢理断る事はしないのだ。
記憶の中の懐かしい情景を思い浮かべながら、着替えに行く武の背中を感慨深く見送り、ここは仕方ないなと月子は苦笑いで小さくため息を吐いた。
「・・・・・ソレイルさん、聞こえてました?」
小声で背負ったリュックに話しかけると、中からトントンと小さな相槌が返ってくる。
リュックに入るようになってから決めた合図は、2度がイエスで4度がノーだ。だから、この場合これはイエスの合図だ。
「予定が狂ってしまって・・・・・家に帰る迄そこでも大丈夫ですか?車の中で出て隠れててもいいかなとは思うんですけど・・・・・武くん、勘が鋭い人なんでちょっと心配だし」
『ダイジョブ』
微かに聞こえた声に、月子が小さく詫びをいれた。
誘ったのは自分なのに本当に申し訳ない。
「本当にごめんなさい。お詫びに今夜は美味しいもの作りますので」
2度のノックがした後で静かになり、そのまま無反応になった。
(ちょっと元気ないかな?やっぱり残念だよね。ごめんねソレイルさん・・・・・)
その時、工場の裏から車のエンジンをかける音がして、何度か調子を確かめる様にアクセルを踏む音がした後、見慣れた愛車が姿を見せた。
軽自動車に背の高い武が乗っているせいか、なんだかやたらと小さく狭そうに見えるのは気のせいではないだろう。
「運転、このまま俺がするか?」
「ううん、武君には狭いでしょ?私がするから大丈夫」
事務所の中で支払いを済ませると、手渡された領収書の『¥227,000』の数字がとても切なかった。
必要経費だからと自分を慰め、何とか気分を持ち直し、ソレイルの入ったリュックを後部座席へそっと置いてから、落ちないようシートベルトをして固定する。
運転席から出てきた武と運転を代わって席に座ったら、1番後ろまで下げられていた座席を、自分の丁度良い位置へと合わせ直すその作業は、なんとなく少し悔しい。
(背が高いのもあるけど、根本的に足が長いのよねぇ・・・・・)
助手席へ武が乗り込み、ガタンと音を立ててシートを一番後ろまで下げると、カチャリと音がして。横目でチラリとシートベルトを装着したことを確認したら、久しぶりの運転だ。
「お前、コイツが居ない間は何時ものバイクだったのか?」
「うん。慣れるとあっちが便利だしね・・・・・冬以外は」
「俺もバイクは好きだが、冬はめっきり乗らなくなる」
「寒がりだもんねぇ。でも、もう随分暖かくなってきてたからよかったよ。1月とか2月ならちょっと厳しかったもの・・・・・」
昔から寒がりだった武は、既に車内の暖房を強に設定しており、月子には少し暑い位だった。本人曰く「鍛え過ぎて、体脂肪がちょっとな・・・・・」との事だったが、一体どれだけ鍛え込んでいるのだろうか。
無理をしたりしていないか、少し心配だ。
壊れていた筈のエアコンが修理され、暖かい風を送っていることをその暖かさで確認し、なんとなく嬉しくなりつつ、月子はホームセンターを目指して車を動かし始めた。
「まだ道場に通ってるの?」
「あぁ。今は頼まれて、師範の代わりにガキ共に教えたりしてる」
「凄いね!武くんも遂に教える側かぁ・・・・」
「あいつら、すぐ飛び付いてきてめんどくせぇんだ。挨拶代わりに蹴りいれてくるし」
「ふふ、懐かれてるね!」
「だといいんだけどな!?」
そう言う武は困った様な顔をしていたが、それでも苦笑いしつつも楽しそうにしているから、きっと可愛がっているのだろう。口では文句を言いつつ面倒見の良い彼なら、子供達に好かれていそうだ。
「お前、じいさんな亡くなってからも未だ狩女子らしいな?」
「だって、ここらで1番若いの私だもん。それにその次若いのは鎮さんなんだよ?!鎮さんだって忙しい時もあるだろうし、おじいさん達だけじゃ心配だし・・・・・」
ここらの猟師の平均年齢が、計算に月子を入れても65歳より上である。猟師の高齢化も進んでいる上に、遣り手も少ない。頼まれたら手伝いに行ってあげねば、何かあってからでは大変なのだ。
今年、冬に1人愛犬と猟に出て、20m程の谷から滑落して腕を骨折した人がいた。下は大きな石がゴロゴロしている所で、運よく下の樹々の枝に引っ掛かりながら落ちたのでその位の怪我で済んだが、本当に危なかったのだ。しかも意識を失って夜迄帰らず、捜索隊まで出た。あの時愛犬がずっと吠え続け、その人の居場所を知らせてくれていなければ、滑落した場所に辿り着くのにもっと時間が掛かってしまい、命の危険もあっただろう。今ではピンピンしているが、そんな事もあり、月子もなるべく手伝う様にしている。
皆気持ちだけは若く、大変元気ではあるのだけれど、出来ればもう少しだけ御年を顧みて欲しいのが本音である。
普段は鎮が畑仕事の合間に手伝っているが、鎮の身体は1つしかないのだから、足りない所は月子が手伝うしかない。
普段から孫の様に可愛がって貰っているし、手伝い自体は祖父の猟に付いて行く事が多かったので、そう苦でもない。それに、罠にかかった猪等の特に大きな個体は、頼んで仕留めて貰うこともあるのでお互い様なのだ。
「ま、あんま無理すんな?」
「うん、わかってる」
そう言って運転中の私の方へ手を伸ばし、頭をひと撫でする大きな手は昔から変わらず、とても暖かかった。




