9. 森 5
「ありがとうございました、おかげで思ってたよりずっと楽に運べました!」
「毎日ごはん、オイシイ。カンシャ」
やっとの事でなんとか庭先までたどり着き、肩の荷を降ろす様に引き綱から手を離してお礼を言うと、少し照れたように指で鼻先を掻きながら、逆にこちらがお礼を言われてしまった。
「大したこととはしてないんですから、気にしないで下さい」
蓮華の花畑も綺麗だったし、猪には申し訳無ないが、脂ののった美味しそうなお肉も手に入った。何を作ろうか、いやその前に届けを出さなくては。この辺りの狩猟期間は11月~3月15日迄だ。まだ狩猟期間ではあるが、独りでこれだけしっかり解体したなんて言いにくいなと、そこまで考えたところで、月子ははたと気が付いた。
薄紅色の小さな蓮華畑は凄く綺麗で、とても見応えのあるものだった。
でも、今は春とは言えまだ3月である。今迄肌寒さの残るこの時期に、満開の蓮華等見たことがない。記憶が正しければ満開にはまだ1ヶ月以上早いだろう。
「・・・・・ソレイルさん、あの蓮華はいつ咲いたのですか?」
「ずっと咲いてる」
「・・・・・?」
「初めて行くした時、咲いてた。ずっと咲いてる」
ソレイルが鍛練だと外へ出て行く様になって、もうそろそろ10日は過ぎる頃だ。
「蓮華って、そんなに長く咲いてる種類でしたっけ・・・・・?」
「国、この花ある。城、ずっと咲いてる。ここの、チガウ?」
「ソレイルさんの所にもあるんですね?蓮華」
「レンゲ、違う。アストラガル」
「アストラガル?」
「アストラガル。色、紅い」
「紅?」
「ここのアストラガル、色チガウ」
ソレイルさんもこちらへやって来たくらいだから、突飛な話だが何かの拍子に種子くらい飛ぶ事があったのかもしれない。向こうから飛んできて此方で自生したのだろうか。だが、この森でずっと咲いているなら、猟をしていた祖父だって知っていておかしくないのに、そんな話は今迄聞いた事がない。
「どちらにしろ、あまり余所では話せる内容ではないですね・・・・・ここでだけ本当に咲き続けるのか、他の土地でも咲き続けるのか。最長どれくらい咲き続けるのか・・・・・うーん。色々わからない事が多いけど、ちょっと確かめないとなんとも言えませんね」
「?」
「とりあえず、これは二人だけの秘密ですね!(2人しかいませんけど)」
そう言って笑えば「ヒミツ!」と、何故か嬉しそうにしていた。
「今日はもう鍛練はいいでしょう?それともまた行きますか?もう日がくれ暮れますけど」
「魔法使うした、タクサン。行かない」
「それなら・・・・・もうすっかり汚れてしまってるし、今日はちょっと早いけどすぐお風呂入れますか!(洗面器だけど)」
「アリガト」
「夕御飯は今日の猪で角煮を作りますからね」
「カクニ?」
「圧力鍋を使います。少し時間がかかりますし、ちょっと音もうるさいんですけど柔らかくなるので美味しいですよ!さ、少し温度を高めにお湯を溜めておくので、後は自分で水で調整してくださいね。魔法も使える事だし!あ、着替えとかは出しておきますから」
ソレイルが糸の作った入浴セットを持ってお風呂場へ行ってる隙に、地区の纏め役をしている糸の息子の鎮鎮へ連絡して、猪がとれた事を報告しておいた。鎮は狩猟組合も役員をしているので、報告だけはしておかないといけないのだ。
裏の森で罠に掛かった事にして、仕留めて解体も済んだと言ったら『相変わらずだなぁ』と笑われた。
元々祖父の手伝いをしていたし、なんなら狩猟免許も持っている。解体をしたのも初めてではない。だからこそ、別段変に思われる事もなかった。何時も『もっと遠慮なく頼れ』と言ってくれるけれど、1人で割と何でもやってしまう質なので遠慮していると思われているようだ。
祖父母が居なくなってから、自分を実の娘みたいに可愛がってくれる糸の家族には頭が上がらない。
軽くい世間話をして電話を切ると、少しほっとした。ソレイルさんの事なんて知るわけもないのだけれど、不自然ではなかったろうかと今更ながらに緊張してきた。
「鎮さん、確か猪肉好きだった筈だから、少し持っていこうかな」
どうせ食べきれないのだからと、明日1番で肉のお裾分けを届けようと心に決める。
「さ、角煮作らなきゃ!」
味付けはどうしようか。酒、みりん、醤油と砂糖を少し。生姜は切って冷凍しているのがあるからそれを使おうか。生姜のど風味は気に入ってくれるかわからないのが少しだけ心配だ。それから長葱と、昨日ゆでた卵もあったからついでにそれも煮よう。圧力鍋に入れた事は無いが、きっと味が染みて美味しいはず。
汁物は三葉と魚の擂り身でお吸い物にしようと決めた所で、今更洗濯物は増やしたくないと、手洗い嗽をしてからキッチンの引き出しに仕舞い込んでいた割烹着を取り出して着こんだ。
「さてと・・・・・やりますか!」
以前糸に分けてもらって植えた長葱は、月子の親指2本分より太い。火を通すと甘みが強く、とろりとして美味しい。オススメは酢味噌だ。と、そんな事を考えていたら急に食べたくなってきたので、鍋に入れる分の他にも切って、コンロで炙る事にした。
一度長葱と茹でたバラ肉を大きめに切り分け、酒・醤油・砂糖・生姜と圧力鍋へ入れた。鍋から出した長葱は、盛り付け時にお皿に添えるつもりだ。
切った肉や野菜を圧力鍋に入れ、シュウシュウと音が聞こえ始めてもまだお風呂から出てこない。そろそろセットしていた御飯も炊ける頃なのだが。
流石に遅いなと思って風呂場の方角へ目線を向けていれば、上半身裸でガーゼハンカチをバスタオルの様に首からぶら下げたソレイルが、目にも留まらぬ速さで駆け寄ると、月子の肩に飛び乗ってきた。
「・・・・・ツキコ」
「お風呂熱くなかったですか?あんまり遅いからちょっと心配してたところですよ」
「ツキコ、ゴメンナサイ、する」
「え、どうかしました?!」
「お湯、冷たくなるした。熱くなるする、『火』使うした」
「え、ちょっとまさか・・・・・」
心底申し訳なさそうに耳元でゴメンナサイを繰り返すソレイルさんは、怒られ待ちの小さな子供の様にしょんぼりしている。
「すまない、ゴメンナサイ」
慌ててお風呂場へ行けば、ビニールの燃えた様な臭いがが漂い、お風呂の床のタイルが、桶だった物を取り囲む様に黒くなっていた。
「ゴメンナサイ」
「ま、まぁ・・・・火事にならなくて良かったです・・・・」
足元に転がる半分以上とけてしまった桶を眺めながら、明日は朝から買い出しにも行かなくてはと、月子は小さくため息を吐いたのだった。




