9. 森 3
狩った猪を川で血抜きしているとのことなので、帰りの荷物を考えて、お弁当は簡単なものにしようと決めた。
先ずは登山用のザックを出して来て、解体用のナイフをいく幾つかとすぐ切れが悪くなるのでシャープナーを。それから肉を入れる袋の束を1番下に入れる。そしてその次にザックの中に収まり、尚且つ食べたら無くなる様にして料理を考えてみる。弁当箱に入れるのは帰りに邪魔になるので省き、ソレイルも喜びそうなものを自分のレパートリーから選ぶと、沢山のものはない。
すぐに済んだ消去法の結果サンドイッチに辿り着き、まずゆで卵を潰してコーンとマヨネーズで和えたものを作り、その後厚切りのベーコンを目玉焼きと焼いたら、レタスとトマトで挟んで完成だ。
因みに余談だが、パンにはマスタードを塗る派だ。
余ったパンは、糸から貰たブルーベリーで作ったジャムをクリームチーズと挟み、デザートの代わりにした。あとは唐揚げをいくつか揚げたら、冷ましてからアルミホイルに包んで完成だ。他には、同じくアルミホイルで包んだ、ソレイルの好きなおにぎりを用意してある。ソレイル用の木製マグと小皿も入れた。
水筒は2つ用意して、1つにはコーヒーを入れ、もう1つには水分補給用のスポーツドリンクを入れた。
最後に肉を持ち帰る事を考えて、ザックの上から被せる様に祖父が使っていたソリを結び付けて準備完了だ。
「ピクニックなんて長いことしてなくて、敷物に使えそうなのが堆肥に被せようと買っておいたブルーシート・・・・・うん、気にしたら負けね」
「これ、ダメ?」
「そう言う訳じゃないんですけど、農作業に使う予定で買っていた物だったから、何となく・・・・・・本当に私の気分的な問題なんですけど、ちょっとだけ残念な気がして・・・・・」
「???」
「と、とにかく!お弁当出来たのでソレイルさんは道案内をお願いしますね!」
「わかった」
小さな背中は心なしかウキウキして見える。きっとお弁当が楽しみなのだろう。鶏肉を揚げ始めた時辺りから、ずっとそわそわしている。
すんと鼻から息を吸い込み、ザックの方を見ている小さな背中に口元が緩む。
そんなところも可愛いのだと思ったが、断固として異議を申し立てられそうだったので、それは心の中だけに留めておくことにした。
「では、行きましょうか」
*******
「これは、なかなか・・・・・」
道のりは小さな獣道の様だと話は聞いていたので、ジーンズに長袖で厚地の上着を着込んでおいて正解だった。背丈のあるススキの葉の様な植物が沢山生い茂っていて、服の上からしゃり、しゃり、と薄く切り付ける音をさせてくる。
帰り道を考えると持って来ていた鉈で辺りを切り開きながら先へ進まなくてはならず、結構な重労働だ。しかも、頭上で枝から枝をヒョイヒョイと移動するソレイルを追いかけるのも、なかなか至難の技だ。
「お、っと・・・・・」
「ツキコ、ダイジョブ?」
急にずしっとした重みになるざっくに肩が下がる。
直後、声を近くに感じたと思ったら、進みの遅さに心配してくれたのか、声を掛けるのに木の枝からザックの上へと飛び降りて移動してきたらしい。
「祖父が亡くなってからはずっと手入れもしてなかったですが・・・・・もう立派なジャングルですね」
「じゃんぐる・・・・?」
祖父が植えたのか、見た事の無い植物も多い。胸元近くまで丈のある濃い深緑のシダ植物や、木の幹に食い込み気根を巡らせ締め上げる様に張り付く蔦は、子共や女性位なら支えられそうな位に太い。この辺りでは見た事もない巨大化したモンステラの様なものまである。
「うーん、何て言えば言いかな。森の中にはあまり光が射し込まないから、光を求めて草木が生い茂っていて歩きにくくなるじゃないですか。本当は海外なんかのもっとすごい森の事を言うんですけど、ここも結構それに近いなと思ったので」
「じゃんぐる」
「今度なんか映像とか探してお見せしますね!」
「わかった!」
嬉しそうに笑うソレイルは、テレビが嫌いではない。初めこそ、驚きの余り壊すんじゃないかとハラハラしたが、今では畑仕事や野菜の収穫が出来ない雨の日に、月子と一緒にビデオを観たりしている。
西洋の歴史物の映画が1番彼のいた所に近いそうで、政治情勢や歴史的背景は意外と勉強になるらしく、授業を受けるかのように真面目に見ているから、好みそうなのがあれば時々テレビを見せてあげている。
色々な事を知るには兎に角読み書きが出来なければ、スマホやパソコンも自由に使えないから仕方ない。
時々こっそりと、真顔で子供向けの教育番組を見ては、発音の練習をしたりして言葉やなんやと勉強してる時もあるから、そのうち平仮名辺りの読み書き位は簡単覚えそうだ。
そうこうしながら進んで行くと、森独特の匂いの中に湿った水の匂いが混じり始める。
目の前にあった樹の幹に巻き付く太い蔦をざっと切り剥がし、そろそろかなと考えていた頃、ソレイルさんが「ツキコ、川」と頭上から知らせてくれた。
未だ進行を邪魔する草木を鉈で払いながら進むと、さらさらと耳に届いた水音と、湿り気を含み始めた周囲の空気にほうっと小さく息を吐いた。
「水の音・・・・・」
「水、キレイ」
なんとか最後の一振で草を払うと、川辺の少し開けた場所に辿り着いた。
「わぁ・・・・・綺麗!」
眼前には緩やかに流れる小川があり、木漏れ日の射し込むその場所には、4畳程の広さはあるだろう、鮮やかなピンクの絨毯が楕円形に敷き詰められていた。
「蓮華が沢山!気が倒れてここだけ光が差し込んでるのね」
「コッチ」
肩で月子の髪を1束掴んで、ソレイルが川の方を指差して見せる。
導かれるまま川辺の方へ目を向ければ、おおよそ80㎏は超えていそうな猪の身体が、水の流れを遮るようにして景色の中に溶け込んでいた。
「おおぅ・・・・・大きい」
「狩る、した」
「その身体でどうやったら・・・・・いや、聞いちゃ駄目だこれ」
「ナゲルした。頭」
そう言って玩具の様な小さな剣を叩いて見せた。
「その、凄いんですね」
「右から左、抜けるした。カンタン」
想像力が追い付かないが、実寸10㎝ちょっとの剣は、猪の頭を右から左へ通り抜けたらしい。確かにそれは一撃だろう。
「わ、内臓の処理も済んでる」
石を集めて流れでないように工夫された場所には、既に綺麗になっている内臓が漂っているのを見つけて目を見張った。
まさかここまで本格的にやってくれているとは、全く思ってなかった。
「魔法、使うした」
「え、ホントに!?私も見たかったです、力が戻ったなら教えてくれたら良かったのに!」
「ほんの少し」
「あの、今少しだけなら・・・・・・なんか出来たりします?」
だって魔法なのだ、見たいに決まっている。
「ココ?」
今ここでやるのかと言う問いに、全力で頷く。
何度も言うが、見たいじゃないか。手品なら兎も角、魔法なんて普通に生きていたら絶対に見られないのだ。
「地味なのでいいんですけど・・・・・駄目ですか?」
「少し待つ、する」
そう言って何やら河原に小枝を(ソレイルからすれば丸太)何本か集めて焚き火をするように纏めて置き、その上に手を翳す(かざす)と、めらりと橙色の火が灯る。
「わ、凄い!」
「魔力少し、デキル。大きい戻る、デキナイ。アブナイ」
身振り手振りで説明してくれるには、たぶん『今魔力が少ししかないから出来るけど、元の大きい魔力が戻ったら危ないから出来ない』って事だろう。
「呪文とか無いんですか?」
「ある。でも、言うしない」
てっきり呪文を唱えたりとか色々な過程があるのかと思ったけれど、それはないらしい。
「言わなくても出来る?」
「そう。でも、火、ニガテ」
「それでも凄いですよ、感動しました!!」
「ツキコ・・・・・ウレシイ?」
「はい!」
少し照れ臭いのか、ソレイルはついと目を逸らし鼻の頭を指先で掻くと、気を取り直そうと小さく咳払いした。
「ツキコ、オベント食べる!」
「そうですね、解体を始める前に食べちゃいましょう!」
ソレイルの小さな耳がほんのり赤くなっているのを、月子は気付かないふりをしておいた。
蓮華の花を避けるようにして、川岸にビニールシートを広げれば、直ぐにその上に飛び乗るソレイルに靴を脱がせなくてはと思い至る。
「ソレイルさん靴!家と同じで靴は脱いでから上がって下さいね?」
「む・・・・・わかった。脱ぐ」
ビニールの上を歩くソレイルの動きに合わせ、まるで猫がビニールに戯れている時の様にカサカサと音を出すのが、何だか少し可愛いくてくすぐったい。
「さて、手を綺麗に拭いたら頂きましょう!ソレイルさんはコーヒーでいいですよね」
ブラック珈琲を飲みそうな外見に反して、ソレイルはミルクを入れないと飲めない。だが甘党と言うわけではなく、砂糖は入れない方が好きらしい。だから今日のコーヒーも砂糖無しのカフェラテだ。
「おにぎり!」
ソレイルは彫りが深く、きりっとした眉に切れ長な目元をした男らしく整った顔立ちをしている。少しばかり強面の類いだ。
そんなソレイルが、待ちきれないとばかりに皿を握りしめて差し出す姿に、またもや『可愛い』なんて思ってしまったとしても自分は悪くないと、月子は心の内だけで思う。
これが所謂ギャップ萌えと言うやつなのだろうか。
うん、可愛いは正義だ。




