見送りは心からの笑顔と共に
これにて、策略編は終了。
次の話から最終章である革命編のスタートです!
食事を終え、大きなソファーとフカフカの絨毯が印象的な別の部屋に移動した。
どうやら食後のティータイムに入ったようだ。
パトリシアは先ほどからクルト様の傍を離れようとしない。エリオットが少し切なそうな顔をしていたので、母としてさり気なくフォローを入れてあげることにする。
「まぁ、久々に会えたからね。そう、落ち込まないで」
「ははは」
乾いた笑い声だけが返ってきた。どうやら私の。フォローは失敗に終わったらしい。それ以上は何も言わないでおく事にする。
各々己にみあった場所に腰を下ろす。
パトリシアを挟んでクルト様と私が座り、長椅子の一つを占領した。
アリシア様が笑顔で私の隣に滑り込んできたのを快く迎え入れれば、少し手狭になる。けれどその狭さがどことなく懐かしくなり、パトリシアと顔を見合わせて笑った。
ジルは王様らしく一人椅子を。クラリス、セリムくん、エリオットは私達に向き合うように置いてある長椅子に並んで座る。
クラウディは残った一人椅子に落ち着いたようだ。
エメは侍女長としての役目をこなすため、銀のカートを押して一番最後に部屋に入ってきた。
今回は一人のようで、忙しそうにお茶の用意を始める。手伝おうかと声を掛ければ、滅相もない座っていてくださいと追い払われた。
「本当に、パトリシア様はクルト様が大好きなんですのね。それに、メイの顔も、少し違って見えますわ、お二人と居ると」
ジルの次にカップを受け取ったクラリスが、ふんわり笑って目の前に座る私達を見つめてくる。その瞳の奥に沢山の感情の色が見え隠れしているようだ。
みんなと離れていた十年の間に築いた、確かな家族の絆。
私達を見て、クラリス達は一体に何を思っただろう。
「それはそうよ」
なんとなく言葉に詰まった私の肩に手を回して、アリシア様は歯を見せて笑った。
「私が育て上げた、大事な娘達なんだから」
「………孫、の間違いでは」
命知らずにもそうぼそりと呟いたのは、ジルだ。
しかも丁度周りが静かになっている時だったから、小さな囁きにも似たそれは全員の鼓膜に届いてしまった。
空気に罅が入る。優雅に紅茶を飲んでいた全員の動きが一斉に止まった。
「え、なんて?ごめんなさい、聞こえなかったわ」
アリシア様が口元を引き攣らせながらジルを見やれば、口元をカップで隠したジルがそっぽを向いた所が見えた。
この空気どうするのよ!
結論からいうと、クルト様が更に被せるように「本当の事だろう」と続けたものだから、途端に空気が和らぎ、微妙な空気は強制終了となった。
そもそも、アリシア様も本気でジルの事を怒っていたわけではないだろうけど。
私は心の中でそっと汗を拭ったのだった。
✿ ✿ ✿
お茶会から数日が経ち、それぞれがそれぞれの場所に戻っていく。
数日後、アリシア様とクルト様が旅立つ際には、私とパトリシア、そしてエリオットの三人でお見送りをすることになった。
他のみんなも申し出たんだけれど、それをアリシア様が断ったのだ。
自分はただの医師で、王自ら見送られるなんて恐れ多いなんて、確実に思ってないだろうことをうそぶいていた。
そんなわけで、結局いつも通り私とパトリシア、そしてパトリシアを通して縁繋がりになったのだからと言い張ったエリオットが、遠くなっていく二つの背を見えなくなるまで見送った。
少し寂しさはあるけれど、彼らは今までずっとそうして生きてきたのだから、私達にあれこれいう資格はないのだ。
見れば、少し寂しそうな表情を織り交ぜながらも、パトリシアは気丈に笑って見せていた。
きっと、私も同じような顔をしていることだろう。
「素敵な方々でしたね」
「もちろん!だって、わたしとお母さんの命の恩人なんだから!」
パトリシアは笑う。
聡明だと評される彼女はきっと気づいている。もう、二度と彼らに会えないだろうということを。
すでに輿入れの時期は迫っていて、準備も最終段階に入っていた。
この国を出れば、隣国の王族の仲間入りをするパトリシアだ。
隣国はこの辺りでも勢力を増している帝国の一つ。その王族の一員ということは、私すらも手の届かない場所に行く事とほぼ同義。
ただの医師だと言い切ったアリシア様とクルト様とは会う事は益々難しくなることだろう。
それを分かっていて、彼女はあえてアリシア様達とは普通に別れることにしたのだ。
そんなパトリシアが笑うから、私も笑った。
「そうね、癖は強いけど、私達を育ててくれた人達だもんね」
不意に、エリオットが眩しいモノを見るかのように私達を、目を細めてながら見つめてきた。
「………この国が、大切ですか?」
「え?」
「なに、急に」
私は驚きの声を上げ、パトリシアが訝しげに婚約者に声をかける。
彼は何でもないというように首を振るだけだ。
「いいえ、ただなんと言いますか。………革命や王族の粛清など、この国は沢山のことが起き過ぎたように思いますから。お二人は、どのように思っているのかと」
この場に似つかないその質問に首を傾げながら私達は答える。
「大事な場所よ、お母さんがわたしのお母さんになってくれた、大事な場所だもの」
桃色の娘は強い意志を持ってそう告げた。
嬉しくなって、そんなふわふわした髪を撫でる。
「そうね。パトリシアと出会えたのはもちろんだし、この国じゃなかったらきっと、エメやアリシア様、ジル達とも会う事もなかった。………そう考えたら、ここは私にとっても大切な場所」
「そう、ですか」
アリシア様達が旅立ったのは夕日が空に映える時間帯。
だけど、パトリシアの心中を思って切なくなってしまっていた私にとって、夕日の眩しさはまったく気に留めるものですらなかった。
苦しそうな表情で目を細めたまま、寂しそうな笑みを口元に湛えたエリオットを、その夕日の朱色が照らすまでは。




