胸一杯の一時に身を委ね
一体どれくらい寝ていたのだろう。
急に、自分が目を閉じて眠っているのだと判断するぐらいには意識が浮上した。
眠りすぎていたのは明らかのようで、身じろぎをした瞬間酷い頭痛に襲われ、酷い疲労感に襲われた。左手は動かしてはまずいだろうと判断し、右手で頭を支えながらゆっくり目を開いく。パチパチと瞬きを繰り返し、見慣れた天井に焦点を合わせる。
「メイコ」
そうしていれば、不意に呼びかけられた声があったので、その方向へ目を向けてみた。
「………え」
慣れ親しんだ森の熊さんが、ちょこんと私のベッドの隣の椅子に座っているではないか。
まるで、始めた出会った時のような立ち位置だ。
「クルト様、なんで」
ここは、城の中のはず。
「客人として、招かれた」
のっそりと動き出したクルト様は、私の方へ腕を伸ばし、背中とベッドの間に手を差し入れるとそのまま上半身を起こしてくれた。
「傷を」
医者としてもしっかり私の受診も行ってくれる。
クルト様にされるがままになりながら、それでも頭の中は混乱を極めていた私はただ目を瞬かせるしかない。
「え、え、え?」
口からは壊れたステレオのような奇妙な音が漏れ続けている。
じゃあ、アリシア様も一緒に居るという事だろうか。
いや、でも、隠れていたんじゃないの?てか、どういった経緯でお城の客人として留まれているのか。
疑問は尽きないが、そんな私を完全無視して淡々と診察を行うのが森の熊さん。
通常運営のようで何よりだ。
「私、結局無実は証明されたんでしょうか?」
されるがままに腕を広げたり背中を丸めたりしながら私が尋ねれば、クルト様は一度手の動きを止め大きく頷いてくれた。
ほっと息を付く。
「お母さん!!」
包帯を巻き直し、上着のボタンを閉め終った所で、娘が登場する。
ほんと、毎度の事ながら扉の前で待機していたのかと思うほどばっちりのタイミングで部屋へ入ってくるものだ。
「あぁ、良かった!!」
泣きそうな顔でベッドの上にダイブしようとしてくる娘を、代わりにクルト様が見事キャッチしてくれた。
見事なコンビネーションである。
十二歳のパトリシアも、クルト様と並べば小さな女の子に戻る。それを自覚しているのだろう、今の彼女はその幼い表情や行動を隠そうともしていない。
きっと、父と慕ったクルト様が傍に居るからだと思う。
「パトリシア」
彼が名前を呼んだだけある程度その意図を察して落ち着く所は、流石だと思うけれどね。
「ごめんね、また、心配かけちゃったね」
「本当よ!」
折角落ち着いたというのに、私が声を掛けたことで再びパトリシアの表情が強張る。少々喰いつき気味に叫ぶパトリシアにお母ちゃんはタジタジです。
「………パトリシア」
一瞬存在を消してしまっていた森の熊さんが再び立ち上がったようだ。
攫うようにしてパトリシアの身体を持ち上げた彼は、そのまま何を思ったのか、おもむろに彼女を左肩に乗せた。所謂肩車である。
ただパトリシアがドレスを着ているのといこともあり、普通の肩車ではなく、片方の肩に乗っけただけようだ。
「「………」」
彼の行動に、両目を見事に点にしてしまった私達親子をどうか責めないでほしい。
「メイコ、来るか」
「え、どこに?」
「そろそろ、昼食だ」
どうやら、私の傷はそこまで重いものではないらしく、拍子抜けするほど簡単にベッドから出る事を許してもらえた。
とりあえず、私が着替えるのを部屋の外で待ってもらう。
「ごめん、お待た………せ………」
部屋の扉を開けて目に飛び込んできたのは、今だ熊さんに肩車をされるピンクの髪の女の子。
久々に脳内で森の熊さんの曲が流れました。しかもフルコーラス。
「お母さん行こう!」
しかし、肩に乗っている娘は満更ではないらしい。
ゆっくりと歩き出した彼らの後を追うように私も小走りになった。
「クルト、様?肩、大丈夫ですか?」
「………問題ない」
まぁ、クルト様もパトリシアとのスキンシップを測りたいんだろうな。
何度目になるかもわからない私の質問を綺麗にかわされた事で、とりあえず無視を決め込むことにした。それがどれだけ異様な光景で、通り過ぎる侍女さん達や騎士達が目を見開いたり二度目をしていようとも。
気にしたら負けだ。
はしゃぐパトリシアと心なしか楽しそうなクルト様の姿に私も嬉しくなる。思わず笑み崩れた自分の表情を自覚した直後、不意に声を掛けられた。
「何やら、微笑ましい親子のような光景ですね」
見れば、前方の開け放した扉に寄りかかるように立つセリムくんが居た。
その部屋で昼食を摂るのだろう。彼の背後に大きなテーブルとそこに並ぶお皿の数々が見える。
「セリムくん!」
「メイ様、お身体の方は」
「うん、もう大丈夫」
彼はあの場に居なかったはずだが、きっとすべてを理解していることだろう。
心配そうに告げられた言葉に、自分にできる最高の笑顔で返せば、ほっと胸を撫で下ろしたような彼の笑みが返ってきた。
「久々ねぇ、こうしてあなた達が揃うのも」
「アリシア様!!」
セリムくんに促されるように部屋の中に一歩足を踏み入れた所で、アリシア様が居る事に気が付いた。
彼女が座っている机には、すでにジルやクラリス、エリオットやクラウディも居て、私達を待っていてくれたようだ。
視界の端に、クルト様がパトリシアを床に降ろすのが確認できた。
けれどそんな事はどうでもいい。まるでここに居ることが当たり前のようなアリシア様の姿に、気が付けば傍に駆け寄っていた。
「な、なんでこんなに堂々と!!」
「あー」
椅子の背もたれに左腕を行儀悪く乗せ私と向き合っているアリシア様は、困ったように笑いながら自分の頬を掻く。
「なんかねぇ、そうねぇ。私、一応王族、だったりするのようねぇ」
「え!?」
「この瞳の色。青いでしょ」
確かにそうだ。それはとても今更な事なんだけれど。
しかし、そう言えばと思い直す。
パトリシアを迎えにきたブライアンは、青い瞳が王族の証しだと言っていたっけ。
「えぇぇぇぇ!?」
アニメのキャラ顔負けの猛スピードで後方に下がった。ドレスの端が小さく舞い上がるくらいの速さではあったらしい。
私の反応をケラケラと笑うアリシア様は続ける。
「………一応、先々代王の姪、って立ち位置に居たお姫様って奴?ま、とりあえず座りなさい」
早くなる心臓を宥めすかしながら、促されるがままに彼女の隣に座った。
これで、全員が揃ったようだ。
エメの指示で昼食が運ばれてくる。
席を見渡して、私は非常に感慨深い気持ちになっていた。
絶対に叶わないと思っていた、幸せな光景が目の前に広がっていることが信じられない。
大切な人達が、こうして同じ場所に集まっているのだ。
エリオットとクラリスが、アリシア様とクルト様に十年間の生活を尋ねれば、アリシア様が面白おかしく私達の話をする。
パトリシアが少し頬を赤くしながらどうにか修正を試みるように口を挟めば、クルト様が短い言葉で否定をしたり肯定をしたりするものだから、パトリシアも大変そう。クルト様は嘘をつかないし、それをこの場に居る全員が分かっているので尚更たちが悪い。
クラウディとセリムが穏やかに笑い声を上げながら食事をしているし、会話に入っていないジルでさえも、心なしか口元の端が少し上がっているようにも見える。
久々に心が一杯になるという気持ちを味わった。
時間をかけないと食事が出来ないぐらい、もうお腹が一杯なのだ。
ふと、ジルと目が合った。
「っ」
気持ちを自覚してばかりの私には、今彼を直視なんて出来るわけがない。
その代わりと言っては何だが、視線を逸らした先に、侍女に指示を出しながら私達を見守るエメが見えた。
この場の穏やかな雰囲気に似合わない、何かを耐えるような彼女の表情が、酷く印象的だった。




