知られざる舞台裏の計画
「こ、婚約!!??」
「お母さん落ち着いて」
「これが落ち着いてられますか!!」
「………すみません、なにやら余計な事を言ってしまったようで」
「気にするな」
驚いて叫び声を上げた私を、パトリシアが落ち着かせようと声をかけてくる。
傍に居たエリオットが申し訳なさそうに眉を下げるのを、ジルが溜息と共に宥めていた。
現在私達四人は場所を移し、ジルの職務室に立っていた。
元々パトリシアと待ち合わせをしていたのはジルの職務室で、話す内容も彼女の婚約の話だったらしい。
ただ、私が驚くのは目に見えていたので順を追って話す予定だったのだが、エリオットのフライングカミングアウトによって計画は白紙になったというわけである。
もちろん、娘の想像通り、母を自負する私は驚きのまま何も言えずに口を開けたり閉めたりするしかなかった。
「だ、だけど、婚約って」
「私は、お暇した方がよろしいようですね」
「………えぇ。そうして貰えると助かるわ」
エリオットの申し入れに、パトリシアが即座に同意する。ジルも頷き一つでそれに続いた。
綺麗な一礼をして、エリオットは部屋を去った。
彼が後ろてに扉を閉めたのを確認すると同時に、私はジルの座る机を思いきり両手で叩いて講義をするために口を開いた。
「どういうこと!私は反対よ!」
「決まったことだ」
「パトリシアがここに来てまだ二か月も経ってない。せっかく兄妹が一緒になれたのに」
「………パトリシアは、俺の妹の前に、この国唯一の王女だ」
「だからってっ!」
「王女にしか出来ない事もある」
王族の事情なんてわからない私は、あくまでも冷静にこの状況を説明しようとするジルに言い募ろうとした。
けれど、それを止めたのは、誰でもない。
パトリシアだった。
「お母さん、いいのよ」
「パトリシア?」
机の上に置かれた私の拳をそっと両手で包んで、桃色の彼女は私を見上げてくる。
「お兄様の言う通り。わたしは、この国の王族であり、王女なの。わたしにしか出来ない事があるのなら、今まで離れていた分、わたしはそれをやらなくちゃ」
兄同様、妹も冷静だった。
場違いなのは、私の方。
「だけど、でも」
私の口から洩れるのは、早速意味を成さない言葉ばかり。
私は、彼らを再び引き離すために城に来たわけではないし、なにより、パトリシアに王女としての責務を負わすために十年間も育ててきたわけではないのに。
ジルの、冷たい銀河が私を射抜いた。
「メイコ、お前に出来ることは何もない。エリオットは隣国の第三王子。これは、国同士の婚約だ。もう、取り消しにはできない」
「それって、戦略結婚、って、こと?」
「前回の夜会は、わたしのお婿さん探しも兼ねてたの」
パトリシアの影のある笑顔が、胸に痛い。
「王である、俺の命だ」
そんなことも知らず、私はあんなに浮かれていたのかと思うと、あの頃に戻って平手の一つでも入れたくなる。
「メイコ、お前は、パトリシアと共に隣国へ行け」
「え?」
「お兄様?」
続いたジルの言葉は、妹である彼女にも寝耳に水だったようで、私と同様に目を瞠っている。
「お前は乳母だ。当然だろう」
逆に椅子に座って私達を見上げているジルは、その驚きように訝しげに眉を寄せていた。
この国を、離れる?
ジルと、離れるということ?
何故かその時、わたしはうんと頷く事ができなかった。




