生き残ったのは三人だけ (第三者視点)
前話が短かったので今回は二話連続の投稿にしました。
今の今まで謎に包まれまくって読者様を苛立たせてきたジルベルトですが(いや、犯人は作者だ)第三者視点を増やしていく事で、彼の目的や気持ちを明かしていきたいと思います。
普段と変わらないありふれた光景。
年若い王は沢山の書類を前に忙しなく働いており、護衛の騎士は窓際でのんびりたばこを蒸かしている。
いつもと違うのは、同じく王と同じように忙しなく動いていなくてはいけないはずの宰相が、眉間に深い皺を寄せて王の前に陣取っているということぐらいか。
「ジルベルト、どういうことか説明してくれない?」
「何がだ」
セリムの問いに、顔を上げることなくジルが問い返す。
「何がじゃないよ。おかしいでしょ、どう考えても。………急に城下街に下りたことから始まって、この緊迫した状況で夜会をやることも、パトリシア様と隣国の第三王子との婚約もそう。どうしてこんな時期に。君がやっていることは、革命軍や貴族達に対して油を注ぐのと同じことだよ」
説明をするにつれて、更にセリムの皺は深くなる一方だ。
「王の俺が決定していることだ。文句はないだろう」
「そこ!!」
ジルの言葉を逆手にとるように、国の宰相は一段と声を張り上げた。
「君は、そんなに横暴な人間だったっけ?………おかしいよ。それこそ、メイ様やパトリシア様が城に来てから。そりゃあ、生き別れていた妹と、もうすでに死んだと思っていた大好きな人と再会できたから、嬉しくはあるだろうけど。だけど、それにしては」
「セリム」
横目で青年二人の会話を聞いていたクラウディが、少し興奮してきたセリムを留めるように声をかけた刹那、その制止は意味を成さないと証明するように彼は言いきった。
「まるで君、生き急いでいるみたいだ」
「っ!」
ジルが音を立てて椅子から立ち上がる。
一瞬厳しい目つきで、セリムをねめつけた王は、その後すぐに目を閉じて頭を数回振る。まるで、落ち着きを取り戻そうとしているかのようだ。
次にジルの瞳が開いたとき、そこに居たのは、少し疲れたようには見えるが、それでもいつもの彼だった。
「心配するな。………俺にとって、一番大事なのはお前達だ」
「ジルベルト?」
素早く彼は一枚の書類を己の補佐をしてくれる宰相の胸に押し付けるように渡した。
「これは?」
セリムが手にした書類に目を通し始めた頃には、ジルは職務室の扉に手をかけた所だった。
「………俺の、婚約者への招待状だ。あまりにもしつこいから、受けることにした」
「婚約者!?」
「おい、ジル、どういうこった!?」
セリムが驚きに声を上げ、クラウディが窓際から離れた時には、王がすでに部屋の中から姿を消していた。
✿ ✿ ✿
ジルは廊下を行く当てもなく歩いていた。
その視線は足元にあり、方向などまるで気にしていないかのようなその歩き方に、出くわした使用人達は皆一応に首を傾げていた。
彼は今、周りが見えていなかった。
彼の心を占めるのはただ一つ。
自分が隣国へ行くように促した彼女の、戸惑ったような表情のみ。
頷くと思っていた。自分が育てた娘が嫁入りするのだ。例え王の命令だとしても、パトリシアの輿入れは決定している。
きっと母として、娘と離れるのは嫌だろう。
だからこその提案だった。
なのに、あの人は、頷かなかった。
何故。
まるで、迷っているかのような仕草。
どうして。
ここに、思い残したモノがあるとでも。
「そんなわけがっ」
気が付けば、ジルベルトは傍にあった廊下の壁に、己の腕を思いきり打ち付けていた。丁度傍を通った二人組の侍女が、可哀想に、地面から数センチ飛び上ったほどである。
自分に都合のいいように考えてしまう自分の脳内がが恨めしく思い、唇を噛み締める。
勝手に期待してなんになる。最後に泣くのは、自分だ。
自分には、彼女と共に生きる資格もなければ、未来もない。
だから、わざと婚約者の話を進めることにしたのだ。自分の進むべき道を突き進むために。これ以上、浅はかな想像に囚われたくなかった。
「だったら手元に置いておけばいいのに」
後ろから声を掛けられる。
今のジルベルトは、その苛立ち故に背中から立ち上る殺気という名の炎に包まれていた。
恐ろしさから誰も声をかけずにいる彼に声を掛けられる強者といえば、数は限られてくる。
いつもと変わらぬ白いローブ姿の彼は、弟を背後から静かに見つめていた。
「自分に婚約者なんて宛がったところで、なんになるんだか」
「………何故、それを」
壁に抑えつけていた腕を離し、背後を振り返ったジルベルトの瞳は、それこそ驚いたように見開かれていたものの、一瞬の後には口の片側だけを持ち上げ皮肉気な笑いにすり替わっていた。
「俺はまだ、鳥籠の中、か」
「そういうわけじゃないけど、ほら、私普通じゃない、じゃない?」
「指図はするな。王は、俺だ」
同じような会話を数年ほど前にもしたような錯覚がして、ジルベルトは睨み付けるように兄を見つめた。
一度は神殿に匿われ命は救われたこともある。
自分は一瞬でも彼の保護下に居た事すらあったのだ。といってもあの時、ヨハン自身は国の外に居て、助けてくれたのは彼の意志を受け継いだ神殿の人々だったのだけれど。
絶望と復讐に震えていたあの頃より、力のある自分を訴えたかった。
もちろん、そんなものは一回り以上歳の差のあるヨハンにはまったく効果はないようである。笑顔を崩さぬまま、首を傾げて見せた。
「別に邪魔なんてしないよ。ただ、それでいいのかな、ってね」
「お前に、俺の何が」
「分からないよ、もちろん」
「だったらっ」
自分よりもよほど要領よく立ち回れるこの兄が、ジルベルトは昔から苦手だった。
彼と相対するたびに、自分の未熟さを思い知らされる気がしてのことだ。
見守るように見つめてくるその瞳は、王族した持ちえない深い青。自分と同じ色のそれは、けれどいつも自分ではない何かを見ているような気がして、目を逸らしたくてたまらなくなる。
「ジル兄様。………ヨハン神殿長?」
無言になった白と黒の兄弟の間に入り込む、桃色の人物がいた。
「やぁパトリシア。神殿長なんて堅苦しいのは止めて、兄と呼んでくれないかい?………僕達は、たった三人の兄弟妹じゃない」
廊下に居た彼らの不穏な空気を感じ取って声を掛けただけだというのに、何故かあまり関わりのないもう一人の兄におねだりされてしまった。
と同時に、ヨハンの指先がパトリシアの桃色の髪にそっと触れて、一瞬で離れた。
ジルベルトは、ヨハンが桃色の髪を認めた瞬間その笑顔を、自分に向ける時以上に甘く暖かなものに代えたことに目敏く気づき、瞠目する。
思わぬ話の展開に首を傾げつつ、特に異論のなかったパトリシアは素直に呼び名を紡ぐ。
「ヨハン、兄様?」
「うん、よくできました。パトリシア」
笑顔は胡散臭いが、自分を慈しむように見つめる兄の笑顔に裏はない。パトリシアは笑顔を返した。
「残念だよ。長い間生き別れていた妹と折角仲良くなれると思ってたのに、いつの間にか隣国への輿入れが正式に決まっちゃったんだからね」
酷い弟だね、とヨハンは首を竦めて見せた。
それに対してパトリシア視線を泳がせ、目の前で表情を無くしたまま立ち尽くすすぐ上の兄に歩み寄った。
顔色が悪いようだ。このままここに居るのは得策ではない。
「ジル兄様、少し用事があったの。いいかしら?」
「………あ、あぁ」
「ヨハン兄様、それではまた」
「うん、またね」
まるでパトリシアが居たことに今更気が付いたかのようなはっとした表情を見せたジルベルトに構う事なく、妹はその腕にしがみ付いたまま兄を連れて歩いて行ってしまった。
弟と妹の背中を手を振って見送った兄は、ふと目を眇めた。
「君達には………」
その小さな囁き声は、誰の耳にも入ることなく、風に流され消えていった。




