城に招き入れられた赤髪の婚約者
ジルの婚約者が城に滞在することになったと聞かされたのは、パトリシアの婚約決定を聞かされた一週間後の事。
その間、娘の婚約者であるエリオットが客人として城に留まっていたものだから、お話をしたり二人の様子を見守ったりと忙しくしていたせいで、すっかり周りの観察を怠っていた私は、聞かされた新たな情報に目玉が飛び出さんばかりに驚いた。
教えてくれたセリムも、なにやら難しい顔をして溜息をついてたけどね。
そうして、あれよこれよという間に訪れる、面会の時。
やってきた少女は、この国でも有力貴族の娘らしく、ただの婚約者として城に来るにしては共にやってきた荷物や世話役の人達の数がまるで一国の姫の輿入れのようだと、クラリスが苦々しく呟いていたのは記憶に新しい。
民の反発を買う事になりはしないか、というのが彼らの杞憂でもあった。
「お初にお目にかかります。バルトラル公爵が第一子、エカテリーナと申します。どうぞ、良しなに」
パトリシアと共に、スタンドガラスの窓が印象深い王座の間に待機をしていれば、赤い艶やかな長い髪が一際目を引く小柄な女性がジルベルトの前に跪いたのを目撃することになった。
同じ女から見ても、華奢でお姫様のような彼女。
まるでリスみたい。
その大きな明るい茶色の瞳は、一心にジルに注がれているように見えた。
なんでも、彼女は昔この城に滞在したことがあるらしく、幼いジルベルトとも面識があったようなのだ。もちろん、私がこの国に来る前の話だけども。
その茶色の瞳は、彼女のジルに対する好意を隠すことなく伝えているように思う。
いいな、なんて、思ってしまった自分に驚いた。
✿ ✿ ✿
ほんの少しでもジルの私に向ける心境を疑って、まさか、なんて思った自分を殴り飛ばしたい。なんていうナルシズム。
「あらまぁ、またお二人でお散歩のようですね。本当に仲がよろしくて」
「えぇ。婚約者である時間も短いかもしれませんね」
廊下を歩いていれば、小耳に挟む人々の会話。
それはいつも、どれだけジルとエカテリーナ嬢が仲睦まじく過ごしているかということを説明するもの。
ふと見れば、冬の庭園を連れ立って歩く二人の姿があった。
華奢なエカテリーナ嬢の頭は、ジルの肩口にすら届いてはいないようだ。だけど、それがなんとも可愛らしい差だと思う。
自然と笑みを浮かべて彼らを眺めている自分に気が付き、胸を撫で下ろす。
よかった。いつもの私だ。ジルの姉としての、私だ。
「メイ様、こんなところに」
「あ、エリオット」
パトリシアの婚約者であるエリオットは、先日から城に滞在していた。
なんでも、正式な婚約者になる前にお互いを良く知った方がいいというお試し期間が設けられたらしい。
青春か。
反対していた手前、最初こそぎこちなさのあった私とエリオットも、パトリシアを通じて時間を共有する内にだいぶ打ち解けた。
彼のどこまでも紳士的な態度と、パトリシアに本気で恋をしているんだなという事を認めた結果だった。なんでも、前回の夜会でパトリシアに一目ぼれをし、婚約者に名乗り出たらしい。元々彼自身が候補の一人に挙がっていたのだが、候補ではなく正式な相手になりたいと思ってくれたよう。
そう思ってくれる人が居るパトリシアは、本当に幸せ者だ。
それにエリオットはほんの少しだけ、出会った頃のジルを思い出させてくれた。
「あれ、パトリシアは?」
さっきまで一緒に仲良く本を読んでいたはずだったのに。
すると、エリオットは笑みと共に肩を竦めて見せる。
「次に授業があるということで、振られてしまいました」
「なるほどね」
嫁入り前という事もあって、パトリシアは前よりも更に学ぶことが多くなりかなり忙しそうにしている。
「あれは………ジルベルト王と、バルトラル侯爵家のご令嬢ですか」
「うん。お似合いよねぇ。お姫様って感じの可愛らしい女の子と、ジルみたいな美形が一緒にいると、目の保養になるわぁ」
考えるよりも先に飛び出した言葉は、私の本心だったに違い。
一瞬驚いたように、柔らかな黄緑の瞳を見開いたエリオットは、すぐに視線を私から、少し離れた王と令嬢に移す。
「どうでしょう、ね」
含んだ言葉に首を傾げれば、何でもないと返された。
それから少しの間未来の義理の息子との会話を楽しむ。
話の内容は、もっぱら如何に我が娘の珍しい性格について。
隣国の王子は、どうやら彼女の力強い瞳と誰にも左右されない芯の通った性格に惹かれたらしい。
この子、もしかしてドMかしら。そうだとしたら、私と同類だわ。そりゃあすぐに仲良くなれるわけだ。
だなんてアホな事を頭の片隅で考えつつ笑顔で会話に花を咲かせる。
ふと視線を感じたように思い顔を庭の方に向ければ、遠ざかっていくジル達の背中が見えた。
「メイ様?」
急に話題を中断させた私を不思議に思ったのか、名前を呼んだエリオットの声に我に返った。
「どうかされました?」
「ううん、なんでもない」
そろそろパトリシアを迎えに行きましょうか、と彼が先導するように歩き始める。
気のせいかな、と気を取り直しエリオットの元へ向こうと視線を逸らそうとした時、エカテリーナ姫と視線が合った気がした。
いいや、きっと気のせいだろう。
自分にそう言い聞かせて、足早に歩を進める。
まさか、あんなに可憐なお嬢様が、私を射殺そうとせんばかりに睨み付けてくるなんて、ありえない。




