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[紅剣]のドン

前を走る人間を追う魔獣は、走る都度体に当たる障害物に苛立ちをつのらせ、もはや我慢の限界を越えていた。

さらに、人間が先程までより速く走り始め、魔獣自身からみるみる距離を空けたことが魔獣の焦りを生む。

付かず離れずだった追う者と追われる者の状況が変わり、魔獣が手段を選ばず人間に対してとった手段はただ跳ぶことであった。


前に障害物があろうとまったく気にもとめず、ただ前を行く人間を狙って。


エルダが目を開け魔獣がすでに顔前に居ることを視認すると、一瞬で自分の最期を悟った。


魔獣の間合いで、さらに目と鼻の先に魔獣がいる状態で向かい合っているのである。

エルダがほんの少しでも体を動かせば、魔獣は躊躇もせずエルダを喰いちぎるだろう。


エルダにはそれをかわす自信などありはしなかった。


逆に魔獣は、今まで散々自分を謀ってくれたこの人間をどう喰らってやろうかと考え、少し冷静になっていた。

さらに、また自分が人間に遊ばれるのではないかと警戒してエルダをじっと睨む。

周りの気配も探り、大丈夫ならこの人間をゆっくり嬲ってやろうとしたところで、魔獣はエルダを無視し突然背後を振り向いた。


気づいたのだ、何かがすぐ背後にいると。


「やはり鈍っているな・・・このまま首を跳ねるつもりだったが」


歳の頃は50といったところか、黒髪で無精髭を生やした男が魔獣のすぐ近くにいた。


エルダはそちらのほうを向いていた筈なのに全く気づかなかったことに驚く。

気配を察知する能力には自信があったのだが、この男はまるで最初からそこに居たかのように存在した。


まるで幽霊を見るような目でエルダはその男を見つめた。


「お嬢さん、離れていなさい」


一言、男はそう言うと、無造作さに魔獣に向かい歩き始める。

腰には、柄も鞘も紅く染められた短剣をさげているが、手をかけることすらしない。

途端に魔獣は男に対して唸り声をあげるが、既に魔獣の間合いに入っているにもかかわらず、ただそれだけだ。


男は歩く。


魔獣は何かに焦ったのか、たまらず前足で男に攻撃した。

男は歩く速さも変えず、自身に伸びた魔獣の前足を滑らせるように素手で払い受け流すと、そのまま魔獣の懐に入った。


「せいっ!」


左手を脇に握り、同時に右手を真っ直ぐ魔獣の腹に突き入れる。


「・・・ッガッ・・・」


魔獣は声も出せずその場でかがみ、男はかがんだ魔獣の顎を回し蹴りで吹き飛ばした。


エルダは吹き飛ぶ魔獣をその場で傍観する。

高さだけで3mはあるだろう魔獣が一蹴りで吹き飛ぶ光景は、今自分が正気でいるのかとエルダを疑わせるのに十分だった。


「今までも大抵驚くものを見たつもりッスが、もうワケがわからないッスよ・・・」


男はそんなエルダににやりと笑いかける。


「人生は驚きの連続だ、だからこそ素晴らしい・・・なんて言っていた役者がいたな」


と話しかける。

はあ、とエルダが生返事をすると男は魔獣のほうに再び歩き出した。


魔獣は頭を横に数回振り、男に視点を合わすと飛びかかる。


男は歩くのを止め、前を向いたまま軽く背後に跳び下がった。


間合いから獲物を失った魔獣は、攻撃も出来ず男の前にただ着地した。


男は垂直に高く足を振り上げ、目の前の魔獣の脳天めがけて振り下ろす。


「ふんっ!」


魔獣の頭に男の踵がめり込み、そのまま勢いは弱まらず魔獣の頭が地面にめり込んだ。


辺りは途端に静かになった。


「とどめだ」


男は、手のひらを開き、指を閉じると、高く振り上げ、魔獣の首に振り下ろした。


ドシュッ、と音がすると、大地に埋まった頭はそのままに魔獣の体だけが横に倒れた。


首から大量に噴き出す血で魔獣の首が切断されたことをエルダは理解した。


その後、男は何事もなかったようにエルダに近づくと話しかけた。


「お嬢さん、今いくつなんだ?」


唐突に男から場違いな質問をされたエルダは、15れすッ!と、少し裏返った声で返事をしてしまい顔を赤くする。


「15ッス・・・」


同じ台詞を二回言われた男はエルダに微笑み、


「俺の娘と同いかな?もしも知り合うことがあったら仲良くしてくれな?」


と、さらに優しく笑いかけるのであった。

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