↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/7

4「韜晦人間」

 目が覚めるとそこは知らない天井だった。白い天井に周りはカーテンで囲まれている。これと今までの情報をつなぎ合わせると自ずとここがどこか分かってくる。


「病院だ。」


 ということは、俺は生きていたらしい。左肩には固定具と包帯でぐるぐる巻きにされている。正直くそ痛い。おそらく左肩から落ちたのだ。頭からは落ちなかったのだろう。頭が当たっていれば今頃墓場だった。そう考えれば、左肩で済んでよかったといえる。


 左側のカーテンを開けてみると窓があり、空が見えた。もう夕方だ。飛び降りたのが朝だったから、相当な時間気を失っていたようだ。


「きれいな夕焼けだ。」


 思わず声に出てしまった。それほど今日の夕焼けは美しかった。世界がまるで燃えているように赤くなっており、今日この世が終わるかと思ってしまうほどだ。でも、明日にはいつも通り朝がやってくるし、世界は簡単に終わらない。


「はぁ」


「起きたんだね。」


 まだ開いていない右側のカーテンの裏側から声がした。しかし、その声はなんだか元気のない声で。


「あ、あぁ今さっき。」


 けがをしていない右手でカーテンを開けながらそう答える。


 少女の姿があらわになった。俺と反対の右腕に包帯がまかれており、ベットに体を起こしている。


「君は左腕で私は右腕。」


 少女が十円玉を財布から出し、バットの横の机に向かって指ではじいた。

 甲高い金属音をたてて机にぶつかった後、十円玉は数字の書いてある面を上にして落ちた。


「裏が出たね。コイントスは裏の出る確率が50パーセントで、表の出る確率も50パーセントだと思うでしょ?」


「そりゃそうだろ。」


 急に何の話だ?コイントス?もっと他に話すべきことがあるはずだ。俺も話さなければならないことは山ほどある。


 「ものすごーく低い確率だけどさ、こうやってコインが立つこともあるんだよ。だけどそんなめったにない事象をわざわざ考える必要ないし、そんなこと気にする人はちょっと変な人だよね。」


 少女は使える左腕だけで机の上に十円玉を立てようとしている。


「片手じゃできないね。」


「そりゃ利き腕じゃなかったら無理だろ。」


 諦めてベットに倒れこんだ少女。俺は机の上に残された十円玉を手に取り、右手で立てて見せた。怪我をしたのは左腕で、俺の聞き手は右手なので割と簡単だった。


「おぉー。お見事。」


「何が言いたいんだ?」


 少女は眉を上げ驚いた顔で、左手と太ももと拍手をした。何の話なのかさっぱりだ。


「この世界の人は全部切り捨てちゃうってこと。君はこの世界の人じゃないみたい。」


 千都がそう言った瞬間。


 病室のドアが乱暴に開かれる音がした。そこから知らない女性が部屋に入ってきて、


「千都……」


「お母さん?」


 こいつのお母さんらしい。手を口に当てこいつを見ていた。ゆっくり娘が寝ている病床に近づいてきて、


 甲高い破裂音が、この狭い病室に木霊した。


「え?」


 千都の母親が千都の頬を叩いた。千都は状況を呑み込めず、素っ頓狂な声が出る。叩かれた頬は赤くなっている。はたから見ても結構な威力でたたいていた。千都は相当な痛みを感じただろう。しかし、


「あなた、自分が何をしたのか分かってるの!」


 泣いているのは母親だった。千都の左手を震える両手でつかみ、声を震わせ叫んでいる。言葉は続く。


「あなたの遊び半分な気持ちで何人の人に迷惑をかけて、何人の人に心配をかけて……!。


「遊び半分?」


 今までだんまりしていた千都が言葉を発した。その声から、怒気が感じられて。


「そうよ。高校生にもなって木登りで遊んでいるなんて信じられないわ!それに聞いたわよ。入学式にも出てなかったそうじゃない!あなたの学費は私が払っているのよ!まじめに学校で勉強するってあなたが言ったから高校にも入学させてあげたのに!あなたも娘に変なこと教えないで頂戴!千都はこれまでこんなことする子じゃなかったわ!」


「お母さんは私が遊び半分でこんなことすると思ってるの?私がどんな思いでこんなことをしたかなんてわからないくせに!それに彼は関係ないわ!彼は私に付き合ってくれただけで……。」


 千都は母親に言い返す。その顔はさっきまでの穏やかな顔ではなく、顔全体に力が込められている。


「いつからそんなに私に反抗するようになったの?16年あなたを育ててあげたけど、そんな風に育てた覚えはないわ!」


「育ててあげたって何?お母さんが勝手に私を生んだんでしょ?母親が自分の子供を育てるのは当たり前のことでしょ!失望したわ。二度と私の母親だって名乗らないで!」


 多分、千都自身も今どうして自分が怒っているのか分からなくなっている。さっきまで知的で大人のような話し方だった千都の口調はだんだん悪くなってゆき、まるで小さい子供のようになっていた。


「もう知らないわあなたなんて!」


 母親は振り返り早歩きで病室から出て行ってしまった。


 気まずい。俺は完全に部外者だったし、なんて声をかければいいのか分からない。


「その……大丈夫か?」


「ごめんね。変な所見せて。」


「俺は別に大丈夫だけど。」


「君は今の話どっちが正しいと思う?」


「お母さんだろ。」


 俺は即答した。考えるまでもない。馬鹿なのはこいつと俺で、こいつのあ母さんが言っていたことは何も間違っていない。


「そうだね。私もそう思う。お母さんが正しい。多分この世の誰に聞いてもそういうと思う。」


「そうだな。」


「でも、この正しさが私は嫌い。たぶん君もそうじゃないかな?」


「……」


 俺は何も答えられなかった。図星だったからだ。

 確かに木に登って遊ぶべきではない。幼稚園児でもわかることだ。俺ももちろんそんなことわかっている。だがそんな人生はあまりにも普通で面白くない。俺が世界で最も嫌う平坦な人生だ。


「お母さんが嫌いなわけじゃないんだよね。感謝もしてるし。でも今はちょっと会いたくないかな。」


 それもなんとなくわかる。たぶんいきなり迫られたので、少し感情的になってしまっただけだ。別にそんなに怒る理由もないのに、怒られているという事実に腹が立ってしまうことはよくある。


「あ、そういえば私たち二人とも2週間ここで入院だって。」


「はあ?ほんとか?」


「なに?やなの?」


「いやだろどう考えても。」


「2週間よろしくね。」


「はあ。」


 よく考えてみるとなんで同じ部屋なんだよ。思春期の男女だぞ。


「自己紹介でもしようか。2週間も一緒だしね。」


「大川千都だろ?」「新井宗太君?」


「「あ」」


「へへ。かぶっちゃったね。覚えてたんだ。」


「お前もな。」


 互いの名前ではハモってしまって二人とも恥ずかしくなる。


「改めて自己紹介しようか。大川千都です。千都って呼んでください。好きなものはありません。嫌いなものは地球です。不束者ですがよろしくお願いします。」


 千都が自己紹介を終えた後、正面にお辞儀をする。なんでこっち向かねえんだよ。


「新井宗太。16歳。好きなものは特になくて、嫌いな物はたくさんあります。よろしく。」


 千都の真似をして、俺も正面にお辞儀をした。


「なんかつまんないね。私たち。」


「そうな。」


 無言の時間が流れる。それもそうだ。今日会った同級生の女子と実質、2週間の同棲をするようなものだからな。気まずいのも無理はない。


 しかし、絶対に話さないといけないことある。


「すまなかった。」


 俺はできる限り深く頭を下げて謝罪をした。ずっと胸の内側にいやな空気がたまっていて、生きがしづらかった。

 

 今考えればなんであんなことをしたのか分からないし、俺のせいで大けがを負わせてしまった。それに母親とのけんかも俺のせい言えば俺のせいだ。ずっと謝る機会を探っていた。2週間隣の病床で過ごしていくには、まずこの件を清算しておかないといけないと思った。


 「……」


 返答がない。瞑っていた目を開いて顔を上げてみると、そこには微笑を浮かべた千都の顔が映った。


「何笑ってるんだよ。俺は真剣にお前に、」


「謝らないでよ。うれしかったんだよね君が私を落としてくれた時。普通に考えたらとんでもない行動なんだけどね、急に抱き着いてきて木から落とすなんて。」


「返す言葉もありません。」


 改めて言葉にされると自分の行動の愚かさが際立って目に見えた。


「私の方こそごめん。」


「え?」


 笑っていた顔から一変。千都は真剣な顔をしてこちらに頭を下げてきた。


 謝られるようなことはしていない。誰が聞いても100対ゼロでこちらが悪いというであろう状況だ。だからこそ謝罪の意図が分からなくて聞き返してしまう。


「巻き込んだのは私だ。それに、君にさせるべきじゃない選択をさせて、つらい思いをさせた。本当に浅慮だった。ごめんなさい。」


 今一度、頭を下げてきた。


「変な奴かと思ってたけど、意外といい奴だなお前。」


「君には負けるよ。」


 お互いに謝りあった。気づけば、心を支配していた悪い空気はなくなっており、普通の友達のように談笑をしていた。


 しばらくたつと、部屋に夕食が運び込まれてきた。2人でいろんなことを話しながら食事をしていると、外はすっかり暗くなっていた。


 食事、その他諸々を終え、時刻は22時。


「今日は疲れたね。」


「何もしてないけどな。」


「何もしてないから疲れるんだよ。それに、君とたくさん話したからね。」


 二人ともかなり疲れていた。俺は初めての入院なので、いつもと違う環境に体力を使う。千都は、入院は初めてじゃないらしいが、友達が少ないのでこんなに人と話す機会がめったにないらしい。


「寝るか。多分そろそろ消灯時間だしな。」


 カチッ


 俺がそういった瞬間、ちょうど部屋の電気が消えた。


「おおー。君が言った瞬間。やっぱり君はすごいね。」


「たまたまだ。」


 千都からの謎の期待の眼差しは無視することにした。気にしたら負けだ。そう思おう。


「寝ようかじゃあ。おやすみなさい。また明日。」


「ああ。お休み。」


 さっきコンタクトを外してつけた眼鏡を、千都が横のテーブルに置く音で今日の会話は締めくくりとなった。


 今日はよく眠れそうだ。夜更かしをすることはあまりないが、眠れないことはよくある。


 今日一日話してみたが、大川千都のことは何もわからなかった。こいつの考え方や、その根底にあるものが何なのかはまだ分からない。しかし、少し俺と似ているような似てないような、そんな気がした。後、顔がかわいい。あの顔の良さをもってしても友達がいないのは、今日話してみてなんとなく理解できた。多分あいつが嫌われるというより、あいつが嫌う側だ。


 気づけば千都のことばかり考えていた。


 いま改めて考えてみれば、入学式からの2週間学校にいけないのはかなりまずい。高校でも中学校でも、初めの2週間が命と言っても過言ではない。その二週間で、大体のクラスの集団やカーストが完成する。そこでできた関係が崩れることはあまりないし、逆に新しいつながりを作るのも難しくなる。引っ込み思案な俺は、そのすでに完成されているグループが崩れることを恐れて、新しいグループに入ることが出来ない。反対に自分のグループに新しい奴が勝手に入ってくるのも嫌いだ。


 だからこそ今のおれの状況は積んでいるといっても過言ではない。おそらく、友達も出来ず3年間を棒に振るのかなと考えてみたり。


 やめよう。そんなこと考えていても心が疲れるだけだ。未来の予想なんてこの世で最も意味のないものである。


 そんなことを考えていると、いつの間にか深い眠りについていた。


 今日は珍しく夢を見なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。