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3「奇跡のコイントス」

 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 木の根元まで着き、休む暇もなく木を登ってゆく。


 幹のくぼみに足をかけ、足を回しコアラのように昇る。ある程度登ったら、枝に手を伸ばし、鉄棒の逆上がりのように回って上に上がる。頂点にはちょうど座れるくらいに分かれた枝の隙間があった。


「おぉー。いいね。」


 どの姿を見て、少女はうなずきながら感心している。


「よし!」

 

 かと思えば、少女はいきなり木の根元に走り出した。そして木を登り始めた。

 少女の運動神経は思ったより悪く、苦戦している。


 ゆっくりだが、てっぺんに近づいてきた。少女の息が切れていて、限界そうだ。


「もう……すぐ……あっ」


 俺が座っている枝に手がかかろうとしたその時、足を踏み外してしまった。


 反射的に俺は手を伸ばし、少女の手をつかんだ。左手で枝をつかんで、右手で少女の手をつかんでいる形だ。少女の足は両方とも完全に宙に浮いており、この手を離してしまったら確実に落ちる。


「くっ……ちゃんとつかまってろよ。」


「死にそうだね。」


「なんで楽しそうなんだよ。」


 少女はこんな状況にもかかわらず、笑っていた。しかしその眉は少し下がっていて。


「……私、この世界からいなくなってもいいと本気で思ってたんだよね。」


「おい、そんなこと言ってる場合じゃねえだろ。俺もさすがに腕が限界に、」


「だって面白くないじゃんこの世界。普通のことしか起きないし、普通に生きるのが正しいとされてるんだよ?だから普通の人しかいない。機械みたい。あきれるよね。」


 少女は下を向いている。表情を俺から隠している。それは察しの悪い俺でもわかった。しかし、声までは隠せない。声は震え、語尾まで息が続いていない。


「いいから、早く上がってこい。」


「……でもさっきの君は面白かった。ほかの人とはちょっと違うね。」


「……」


「さっきなんで木に登るのって聞いてきたよね?」


「……」


「もう終わりにしようと思ってたんだよ。最後に何か、面白いこと起きないかなって思って君に声をかけたの。君があのまま体育館に行ってたら一人で登って、一人で落ちてた。ほんとだよ?」


「……」


「…………助けて……ほしいな。」


 少女は顔を上げ、俺の目を見つめてきた。その瞳には大粒の涙がたまっており、すがるような視線が俺の心臓を貫いた。


「違う。俺はお前が思うような人間じゃない。」


 肩はもうはずれかけている。でも痛みなんて今の俺には何も感じない。今大事なのへ目の前の少女と自分の苦しい感情だ。


「そうだね。だってさっき苦しそうだった。多分普段こんな今年しないでしょ君。」


 どうしたらいいのだ俺は。

 おそらく、こいつは今日この日ここで死ぬつもりだった。

 でも、俺のちんぷんかんぷんな行動を見てそれをやめようとしている。

 面白くない世界を嫌うこいつは面白いやつを見つけたと思い込んで、捨てかけてた世界を拾おうとしているのだ。

 でも、俺はそんな人間じゃない。

 おそらくこいつの嫌いな人間の代表格みたいな存在がこの俺だ。

 そんな俺のほんのきまぐれな行動で、こいつは救われようとしているのだ。


 「ふざけるな!なんで俺が今日会ったお前の運命に関与しなくちゃいけねえんだ!死にてえなら勝手に死ね!行きたいなら勝手に生きろ!それを決める権利は俺じゃなくてお前にある!」


 俺が見ていたアニメの主人公達はこんなこと絶対に言わないのだろう。もっときれいで美しい言葉を投げかけて、かっこよく助けるのだろう。

 

 また離れてしまった。でも後悔はない。この言葉は間違いなく俺の本音で、取り繕うことなんてできなかった。


「だから俺はお前を助けてなんかやらねえ!殺しもしてやらねえ!」


「ちょっと!何を!」


 俺は太い木の足場の上に座っていた状態から立った。少女を片手でつかみながら、不安定な足場の上に立っている。俺の出す答えは定まっている。覚悟はもう決めた。


「両手でつかまれ!」


「え、うん。」


 俺の指示に従い両手で俺の腕をつかんだ。


「おらあああああああああ!」


 全力で少女を引いた。これまでの人生で出したことのない程の力で少女を引っ張った。人間にしては非常に軽いが、肩の許容量はさすがに超えている。おそらく今の一瞬で肩が外れた。激痛が右腕に走る。


「つかめた!」


 少女が俺の立っている足場をつかむことが出来た。

 そうして、足場まで引き上げることに成功した。


「助かった。ありがとう。」


「…………」


「?、どうしたんだい?」


 こいつは1つ大きな勘違いをしている。これでは、俺がただこいつを生かしたことになる。俺にそんな責任は負えないし。こいつがそれを望んで縋ってきても、俺はそれをしてやらない。

 

 だから俺がすることは、


「えっ⁉ど、どうしたの?怖かった?」


「……」


 俺は少女を抱き寄せた。別に女に飢えているからではないし、女の体を求めてたからではない。目的は別にある。


「起きた時に、死んでても生きてても文句言うなよ。」


 俺は少女を抱きしめたまま横に倒れた。

 

 このまま地面に激突して死んでしまうかもしれないし、生き残るかもしれない。片方だけが生き残るかもしれないし、両方死ぬかもしれない。確率的に見れば50%ではないが、起きる事象は死ぬか生きるかの2分の1だ。


 俺がこいつの運命を決めることはできない。だから運否天賦に任せることにした。今は死ぬのも怖くない。

 

 こいつは今どんな顔をしているのだろう。ドン引いているだろうか。激怒しているだろうか。だが今の俺にそれは確認できない。俺よりはるかに身長の低い少女の顔は俺のお腹ぐらいに位置しており、下を向いても脳天しか見えない。


 高度は約10メートル。自由落下により、尋常ではない空気抵抗を受ける。地面に激突するまでの時間は約1.4秒程度。この一瞬で発せる言葉はせいぜい一言。だが俺はもう話さないといけないことは話した。


 横目に地面が見える。俺たちは横向きに落ちている。次に瞬きをした後にはもう気を失っているだろう。それならばもう目を瞑っておこう。そう思って目を閉じた。


 しかし、腕の中で今まで動かなかった少女が動いたのを感じて、目を開く。


「大川千都よ。これからよろしくね。」


 最後の記憶は、少女の満開の笑みだった。

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