初めての依頼は、猪狩りです!
冒険者ギルドから、アーマーボアが出現した農地までは、歩いて三十分ほどかかるらしい。
「討伐証明は右の牙です」
マリアが依頼書を渡しながら説明した。
「ただ、アーマーボアは皮も肉も牙もすべて値がつくので、可能であれば死体を持ち帰ることをおすすめします」
「死体もギルドで買い取ってくれるんですか?」
俺が尋ねると、マリアは頷いた。
「はい! ギルドには魔物専門の解体場があります。死体を丸ごと持ち帰っていただければ、解体手数料を差し引いた上で、素材と肉の代金を精算します」
おお~!
魔物を倒した上に金まで受け取れるなんて!
やっぱり冒険者は素晴らしい職業だ。
「ですが、アーマーボアはかなり重いと思いますよ」
マリアが付け加えた。
「一般的な成体でも、一頭三百キログラムほどあります。現地で必要な部位だけ切り取って持ち帰っても構いません」
三百キログラムか……。
「丸ごと持って帰ります」
「はい?」
「その方が、たくさんの部位を売れるんですよね?」
「それはそうですが……」
マリアはしばらく俺を見つめていたが、結局それ以上は何も言わなかった。
ギルドを出た俺たちの後ろには、警備隊長とギルド職員が一人ついてきた。
暫定Dランクを正式に認めるためには、依頼を遂行する様子を直接確認する必要があるらしい。
ギルド職員の名前はカルドさん。
茶色い髪に短い髭を生やした中年の男性で、腰には短剣を下げていた。
「俺は戦いには手を出さない」
カルドさんが言った。
「二人の実力を確認するのが目的だからな。本当に危険になれば助けるが」
「分かりました」
「だが、油断はするな。アーマーボアは名前の通り、皮膚が鎧のように硬い。正面から攻撃すれば、並の剣など簡単に折れるぞ」
俺は背負っている剣へ手を触れた。
「では、横か後ろを攻撃すればいいんですね」
「それができればな。奴は体格の割に素早い。突進を正面から受ければ、熟練の冒険者でも大怪我をする」
「そうなんですね~」
ルナが俺の隣で頷いた。
「お兄様、今回は剣を折らないように気をつけてくださいね」
「俺の剣は絶対に折れないぞ……」
町の北門を出ると、広大な畑が広がっていた。
麦や野菜の植えられた畑の間を、一本の土道が長く延びている。
だが、北へ進むほど周囲の様子はひどくなっていった。
柵は壊され、畑には大きな足跡や、地面を掘り返した痕が残っている。
「こっちです!」
農民たちが集まっていた場所から、一人の男が駆け寄ってきた。
「あ、あの! もしかして、ギルドから来てくださったんですか?」
「そうです」
カルドさんがギルドの証を見せた。
「アーマーボアはどこに?」
「あの森の近くです! 朝から畑を掘り返していて、人を見ても逃げようとしないんです……」
男の腕には包帯が巻かれていた。
「怪我をしたんですか?」
ルナが尋ねた。
「避けようとして転びました。幸い、直接突進を受けたわけではありませんが……」
「少し見せてください」
ルナが包帯の上へ手を置いた。
柔らかな光が一瞬だけ輝く。
「もう大丈夫ですよ」
「え……?」
男は腕を何度か動かし、大きく目を見開いた。
「全然痛くないぞ?」
「転んで打っただけだったので、すぐに治りました~」
ルナは何でもないことのように言ったが、周囲の農民たちは口を開けたまま彼女を見つめていた。
カルドさんがため息をつく。
「まだ依頼も始まっていないのに、もうこれか」
その時、森の方角から荒々しい鳴き声が響いた。
ブギイイイイッ!
木々の間から、巨大な影が姿を現した。
分厚い灰色の皮膚。
前方へ湾曲した大きな牙。
背中を覆う、硬い板のような甲殻。
依頼書の絵で見たアーマーボアに違いない!
少し小さいけど。
「あれがアーマーボアか……」
「そうだ」
カルドさんが緊張した顔で頷いた。
「成体の中でも大きい方だ。少なくとも四百キログラムはあるだろう」
「小さいな……」
俺が呟くと、カルドさんが振り返った。
「何だって?」
「いえ、何でもありません」
アーマーボアは俺たちを見つけると、前脚で地面を掻いた。
鼻から荒い息を噴き出している。
カルドさんが急いで後ろへ下がった。
「来るぞ! 横へ避けろ!」
アーマーボアが地面を蹴った。
分厚い巨体が、驚くほどの速さで迫ってくる。
土が跳ね、地面が揺れた。
農民たちは悲鳴を上げながら逃げていく。
俺はアーマーボアの動きを観察した。
確かに速くはある。
その時、ルナが俺の袖を掴んだ。
「お兄様」
「ん?」
「殺さずに捕まえるんですよね?」
「あ、そうだった」
マリアは、可能なら生け捕りにしてもいいと言っていたはずだ。
死体を買い取ってもらえると聞いて、すっかり忘れていた。
でも、生きたまま持っていったら解体できないんじゃないか?
うーん……ギルドで後から処理してもらえばいいのか?
そんなことを考えている間に、アーマーボアは目の前まで迫っていた。
俺は両手を伸ばし、そいつの牙を掴んだ。
ドォン!
足元の地面が深く抉れた。
「え?」
驚いたのは俺ではない。
後ろにいたカルドさんだ。
アーマーボアは前へ進もうと必死にもがいていた。
「なかなか力が強いな」
父さんが指一本で押してきた時よりは、ずっと弱いけど。
「お兄様、怪我をさせないように捕まえてくださいね!」
「分かってる」
俺は牙を掴んだまま身体を横へひねった。
アーマーボアの巨体が勢いを失い、そのまま宙へ浮かび上がる。
ちょ、ちょっと力加減を間違えたか……!?
アーマーボアは地面を二回転した後、畑の中央へ突き刺さった。
ドン!
「……」
幸い、生きていた。
そいつはふらつきながら起き上がると、再び俺たちへ頭を向けた。
「まだ戦うつもりみたいですね」
ルナが言った。
「頑丈だな」
カルドさんは後ろで何も言わなかった。
アーマーボアが再び突進してくる。
今度は牙を掴まず、そいつの額へ手のひらを置いた。
そして軽く押せば……!
ズブッ。
アーマーボアの四本の脚が、一斉に地面へ沈んだ。
「ブ、ブギッ?」
そいつは動こうとしたが、身体は少しも動かなかった。
俺は背中へ乗り、首の辺りを軽く叩いた。
「大人しくしろ」
「ブギィ……」
アーマーボアが震え始めた。
「お兄様」
ルナが少し可哀想そうな顔をした。
「怯えているみたいですよ?」
「そうなのか?」
俺は手を離し、そいつの頭を撫でた。
「悪かった。怪我をさせるつもりはなかったんだ」
アーマーボアは地面へ平たく伏せたまま、目だけを動かしていた。
もう攻撃する気はなさそうだ。
「終わったんですか?」
遠くへ避難していた農民が、恐る恐る近づいてきた。
「はい。もう畑を荒らすことはないと思います」
「死んではいないんですよね?」
「生きています」
「生きたアーマーボアが、あんなに大人しくしているんですか?」
農民たちは理解できないという表情を浮かべていた。
俺はカルドさんを振り返った。
「このままギルドへ連れていけばいいですか?」
カルドさんはしばらく答えなかった。
「……普通は牙だけ持ち帰るんだが」
「でも、丸ごと持ち帰った方が高く売れると言っていましたよね?」
「そうだな」
「では、持って帰ります」
俺はアーマーボアの腹の下へ手を入れた。
そして、そのまま持ち上げる。
「ブギィッ!?」
アーマーボアの四本の脚が宙でばたついた。
「お兄様、その持ち方では苦しそうですよ」
「そうか?」
「背負った方がいいんじゃないですか?」
「それがいいな」
俺はアーマーボアを背中へ担いだ。
身体が大きいため、頭と脚が左右へ垂れ下がっている。
重さはほとんど感じなかった。
「行こう」
俺が先に歩き始めても、周りにいた者たちは誰もついてこなかった。
「どうしたんですか?」
ルナが尋ねると、カルドさんは顔を手で擦った。
「いや。もう、そういうものだと思うことにする……」
町へ戻る間、かなり多くの人々が俺たちを見ていた。
正確には、背中にアーマーボアを担いだ俺を。
子供たちは珍しそうに後ろをついてきて、馬車を操っていた男は手綱を引き、道を譲ってくれた。
アーマーボアは最初こそ何度も暴れていたが、途中で諦めたのか、ぐったりと力を抜いた。
「死んでいませんよね?」
ルナが心配そうに尋ねた。
「息はしてる」
「それならよかったです」
ギルドの前へ到着すると、入口付近にいた冒険者たちが動きを止めた。
「何だ、あれ?」
「アーマーボアじゃないか」
「生きてるんじゃないのか?」
「まさか、背負ってきたのか?」
俺はそのままギルドの中へ入った。
ホールにいた者たちが、一斉に俺たちを見た。
マリアも受付台から立ち上がる。
「リオンさん?」
「依頼を終えました!」
「それは見れば分かるのですが……」
マリアは俺の背中にいるアーマーボアを見つめた。
そいつは力なく目を瞬かせている。
「どうして生きているんですか!?」
「可能なら殺さずに捕まえてこいと言いましたよね?」
「可能ならとは言いましたが、本当に生け捕りにして肩へ担いでこいという意味ではありません!」
「では、今ここで殺せばいいんですか?」
「ここではやめてください!」
マリアが慌てて叫んだ。
ホールにいた冒険者たちが一斉に笑い出した。
その音に驚いたアーマーボアが身体を動かすと、笑い声は一瞬で消えた。
マリアは頭を抱えた。
「ひとまず、裏の解体場へ行ってください」
「生きたままでも解体できるんですか?」
「できるわけないでしょう!」
マリアがギルド職員を呼んだ。
しばらくすると、大きな斧を担いだ禿頭の男が現れた。
身につけた前掛けのあちこちに、古い血の痕が残っている。
「俺が解体場の責任者、ガルムンだ」
彼はアーマーボアを調べると、感心した声を上げた。
「ほとんど傷がないな。皮の状態も最高だ」
「撫でただけです」
「何?」
「少し押さえつけたりもしました」
ガルムンさんはアーマーボアの脚を確認しながら、目を細めた。
「こいつ、普通のアーマーボアじゃないぞ」
「何か問題でもあるんですか、ガルムンさん?」
「身体も大きいが、魔力が異常なほど濃い。少なくとも、何年も生き延びてきた群れのボスだ」
カルドさんが驚いて尋ねた。
「ボス個体だと?」
「ああ。皮と牙だけでもかなりの値になる。肉の状態までよければ、金貨十枚は軽く超えるだろう」
「金貨十枚!」
俺は思わず声を上げた。
初めての依頼だけで金貨十枚だなんて~!
冒険者って、本当に金を稼げる仕事なのかもしれないな~。
ガルムンさんが首を横へ振った。
「ただし、生きたままでは買い取れない。ギルドで処理してもいいか?」
俺はアーマーボアを見下ろした。
そいつは俺の視線に気づくと、身体をびくりと震わせた。
ついさっきまで俺たちを襲い、農民にまで怪我をさせた魔物だ。
このまま放してやるわけにもいかない。
「お願いします」
「分かった。では外で待っていろ。解体と鑑定には一時間ほどかかる」
俺たちは再びギルドのホールへ戻った。
マリアは、仮に作られた銀色のギルド証を二枚渡してきた。
プレートには俺たちの名前と、Dの文字が刻まれている。
「依頼の遂行に問題がなかったことを確認しました。お二人とも、正式にDランクです」
「ついに……!」
俺はギルド証を両手で掲げた。
ついに、本物の冒険者になったぞおおっ!!
「お兄様、本当に嬉しそうですね」
「ああ。ルナは嬉しくないのか?」
「嬉しいですけど、お兄様ほどではありませんね」
ルナは自分のギルド証を光にかざしながら笑った。
一時間後、ガルムンさんが俺たちを解体場へ呼んだ。
大きな作業台の上には、アーマーボアから取れた素材が整然と並べられている。
分厚い皮。
大きな牙が二本。
赤黒い魔石。
そして、いくつもの塊に分けられた肉。
「鑑定が終わったぞ」
ガルムンさんが帳簿を開いた。
「皮が金貨四枚、牙が金貨二枚、魔石が金貨三枚。肉は一部を残してすべてギルドへ売るなら、金貨五枚だ」
「全部合わせると……」
「金貨十四枚。解体手数料の銀貨二十枚を引いて、金貨十三枚と銀貨八十枚だ」
ルナは指を一本ずつ折りながら計算した。
「お兄様、服の代金よりずっと多いですよ~」
「そうだな」
「これからも毎回魔物を捕まえてくれば、すぐにお金持ちになれそうですね!」
「それは難しい」
ガルムンさんがきっぱりと言った。
「アーマーボアの中でも、こうしたボス個体は珍しい。それに、皮へ刃物の傷一つついていない状態など、さらに滅多にないからな」
「それなら、次も素手で捕まえた方がいいですね」
俺が言うと、ガルムンさんはしばらく俺を見つめた。
「……それができるならな」
彼は肉の塊を一つ、別に分けて指さした。
「それから、これは買い取らずに残しておいた」
「どうしてですか?」
「初めて仕留めた獲物の肉を、すべて売ってしまう冒険者は少ないからな。自分で食べてみるのも経験だ」
良い人だった。
俺は肉の塊を持ち上げ、匂いを嗅いだ。
山で食べていた猪より香りは弱かったが、十分に美味しそうだ。
「今日の夕食はこれにしよう」
「はい!」
ルナの顔が明るくなった。
その時、解体場の外から慌ただしい足音が聞こえてきた。
扉が開き、一人の職員が息を切らしながら駆け込んでくる。
「大変です!」
その手には、血のついた矢が握られていた。
「北の森を調査していた斥候隊が戻ってきました」
マリアの表情が険しくなった。
「負傷者がいるんですか?」
「二人が重傷です。それから、斥候隊の話では……」
職員が唾を飲み込んだ。
「アーマーボアは、一頭だけではなかったそうです」
解体場の中が静まり返った。
「森の奥に、少なくとも二十頭以上の群れが集まっているそうです」
「二十頭だと!?」
ガルムンさんが信じられないというように聞き返した。
職員は青ざめた顔で頷く。
「その中には、こいつより何倍も大きな個体もいるそうです」
俺は作業台の上に置かれたアーマーボアの牙を見つめた。
今日捕まえたものより、何倍も大きな猪か……。
山で食べたものと、同じくらいの大きさかもしれない。
「お兄様!」
ルナが俺を見た。
「夕食が増えそうですね~」
マリアとガルムンさんが、同時に俺たちの方へ顔を向けた。
ついに第5話です!
これからも応援していただけると嬉しいです!




