ドキドキ! 冒険者登録試験!
冒険者ギルドは、ハーベル商会からそれほど離れていない場所にあった。
木と石で造られた三階建ての建物。
入口の上には、剣と盾、そして杖が交差した大きな看板が掲げられている。
扉を開ける前から、中では人々の騒ぐ声や笑い声が聞こえてきた。
「ここが冒険者ギルド……」
俺は思わず足を止めた。
本の中でしか見たことのなかった場所が、今まさに目の前にある。
依頼を受けて魔物を狩り、まだ知られていない土地を探索し、時には人々を救う者たちが集う場所。
いつか絶対に行ってみたいと思っていた場所だった。
「お兄様~」
ルナが俺の顔を見上げた。
「今、ものすごく笑ってますよ」
「え? 俺が?」
俺は慌てて口元を触った。
警備隊長が俺たちをちらりと振り返る。
「入らないのか?」
「は、入ります!」
俺がすぐに答えると、ルナが小さく笑った。
警備隊長が扉を開けた。
その瞬間、中から聞こえていた騒がしい声が少しだけ静かになった。
広いホールには、数十人もの人間がいた。
鎧を身につけた剣士。
大きな弓を背負った女性。
ローブを目深にかぶった魔法使い。
テーブルを囲み、酒を飲んでいる者たちもいる。
壁には紙がびっしりと貼られ、正面には複数の職員が座る長い受付台が見えた。
俺たちが中へ入ると、数多くの視線がこちらへ向けられた。
正確には、そのほとんどがルナへ向けられていた。
一体どうして、さっきからみんなルナばかり見ているんだ?
もしかして、服が目立つのだろうか。
「……」
俺は自然な動きを装いながら、ルナの前へ半歩移動した。
「お兄様、またどうしたんですか?」
「床が滑りそうだから」
「ええ? 石の床ですけど」
その時、テーブルに座っていた若い冒険者の一人が口笛を吹いた。
「ほお~、見ない顔のお嬢ちゃんだな」
俺はそちらへ顔を向けた。
若い冒険者と目が合う。
男は俺の背中にある剣を見ると、慌てて視線を逸らした。
賢い人間だ。
警備隊長は、受付台の中央に座っていた赤髪の女性へ近づいた。
「マリア」
「警備隊長が直々に来られるなんて、何かあったんですか?」
「ブラッドファングの襲撃についてだ」
受付嬢のマリアの表情が引き締まった。
「生存者は?」
「全員無事だ」
「……はい? もちろん全員無事なのは良いことですが、あの護衛隊でそれが可能なはずが……」
「この二人が助けた」
警備隊長が横へ移動した。
マリアは俺とルナを上から下までゆっくりと眺めた。
「このお二人が?」
「ああ、そうだ」
「二人だけでブラッドファングの群れを相手にしたんですか?」
「そうらしい。ボス個体も含めてな」
マリアの視線が再び俺たちへ向けられた。
今度は先ほどよりも長く留まっている。
「ひとまず、奥へ来てください」
俺たちは受付台の隣にある小部屋へ案内された。
部屋の中には机と椅子がいくつかあり、壁には魔物の絵が掛けられていた。
マリアは向かい側の席に座ると、紙とペンを取り出した。
「まず、名前と年齢を教えてください」
「リオン、十七歳です」
「ルナ、十六歳です」
マリアが紙に書き込んでいく。
「出身地は?」
「えっと……竜の山脈です」
ペンが止まった。
マリアがゆっくりと顔を上げる。
「すみません……もう一度おっしゃっていただけますか?」
「竜の山脈です」
「山脈の近くにある村ですか?」
「いいえ。山脈の中で暮らしていました」
うーん……少しくらい嘘を混ぜた方がよかったか?
マリアはしばらく何も言わなかった。
代わりに警備隊長が頷いた。
「事実だ。二人とも、今日初めて山を下りてきたらしい」
「二人だけで?」
「はい」
ルナが明るく答えた。
「朝に出発して、お昼を少し過ぎた頃に下りてきました~」
マリアはペンを置いた。
「山脈の頂上付近から、ここまでですか?」
「頂上ではありませんよ。父さんと暮らしていた洞窟が、少し下の方にありましたから」
「……お父様と洞窟で」
なぜだろう。
質問に答えるたび、マリアの表情がどんどん複雑になっていく。
「お二人のお父様は、冒険者なのですか?」
「いいえ」
「では、騎士や魔法使い?」
「それも違います」
「え? では、お仕事は何を?」
俺はルナと顔を見合わせた。
「ただの……父さんです」
「……?」
「…………」
マリアは額を押さえた。
警備隊長が咳払いをする。
「重要なのはそこではない。この二人がブラッドファングの群れを倒したのは確かだ」
「死体は?」
「ほとんどは森に残っている。何頭かは遠くへ飛びすぎて、見つけるのが難しいだろうが」
「遠くへ飛ぶ?」
警備隊長は俺を一度見た。
「その辺りは、直接確認した方が早いだろう」
マリアはため息をついた。
「分かりました。お二人は冒険者ではないと聞きましたが、登録を希望されますか?」
「はい!」
俺は少しも迷わず答えた。
声が大きすぎたのか、部屋の外が一瞬静かになった。
ルナが笑いを堪えながら口元を隠す。
「お兄様、本当にやりたかったんですね~」
「当たり前だ。冒険者だぞ」
マリアもわずかに口元を緩めた。
「登録自体は可能です。ただし、身分を証明できる書類はありますか?」
「書類?」
「出生証明書や身分証などです」
そんな物まで必要なのか?
わざわざ面倒だな……。
「ありません」
「そうだと思いました」
マリアは警備隊長を見た。
「警備隊長の保証が必要になります」
「私が保証しよう」
「分かりました。それでは、登録試験を行います」
し、試験だって!?
「試験もあるんですか?」
「基礎体力と戦闘能力を確認する簡単な試験です。危険な依頼を任せるわけにはいきませんから」
「おおっ! 分かりました!」
ついに、冒険者になるための第一歩だ!
マリアは俺たちをギルドの裏手にある訓練場へ案内した。
広い土の地面の中央には、木製の人形や的が並べられている。
武器を振るっていた者や模擬戦をしていた冒険者たちが、一人、また一人と動きを止めた。
先ほど俺たちを見ていた者たちも、外までついてきたらしい。
「見物人が多いですね~」
ルナが言った。
「気にするな」
「お兄様が一番楽しそうですよ!」
マリアは訓練場の隅に置かれていた袋を指した。
「まずは筋力測定です。あの袋を持ち上げてください」
袋は、俺の腰ほどまである大きさだった。
「中には何が入っているんですか?」
「砂です。重さは百キログラムあります」
百キログラム。
山で使っていた訓練用の石より、ずっと軽そうだけど……気のせいか?
父さんは準備運動だと言って、よく俺の背中に小さな岩を載せていた。
「これを持ち上げればいいんですね?」
「はい。胸の高さまで持ち上げて、できれば頭の上までお願いします」
俺は袋を片手で掴み、そのまま頭上へ持ち上げた。
軽すぎて、ちゃんと持っているという感覚さえなかった。
「こ、こうですか?」
訓練場が静まり返った。
マリアが何度も瞬きをした。
「片手で……?」
「両手を使う必要があったんですか?」
「いえ。必ずしもそうではありませんが……」
その時、見物していた冒険者の一人が笑った。
「中の砂が少ないんじゃないか? 子供が片手で持てるはずないだろ~」
体格の大きな男が前へ出た。
「ふむ……俺が確かめてやろう」
男は袋を受け取ろうとした。
俺は軽く手渡した。
「ぐっ!」
男は突然、前へ倒れそうになった。
両手で袋を掴み、全身に力を込めて、ようやく腰の高さまで持ち上げる。
「お、重さは正常だ」
男は顔を赤くしながら袋を下ろした。
「では、次の試験へ移りましょう」
マリアがどうにか平静を装った声で言った。
「あの人形を剣で攻撃してください。非常に硬い鉄木で作られているため、簡単には壊れません」
「壊してはいけないんですか?」
「できれば、どの程度傷つくかを確認するための試験です」
それなら、今度こそ本当に力を加減しなければならない。
俺は剣を抜き、人形の前に立った。
先ほどは枝を払うくらいのつもりで振っただけで、岩まで割れてしまった。
今回は、それよりも弱くしなければ。
俺は手首の力だけを使い、剣の腹で人形へそっと触れた。
コツン。
一瞬で、人形が消えた。
「……?」
正確には、地面に打ち込まれていた人形が抜け、そのまま訓練場の端まで飛んでいったのだ。
ドンッ!
人形はギルドの壁へ突き刺さり、ぶるぶると震えていた。
周囲が完全に静まり返る。
俺は剣と人形を交互に見た。
「す、すみません!」
マリアは口を開けたまま、答えられなかった。
「本当に弱くしたんですけど……」
「私も見ていました」
ルナが頷いた。
「さっき狼を叩いた時より、ずっと弱かったです」
「そうだよな?」
「はい。今回も、剣が良すぎるんだと思います」
周囲で誰かが呟いた。
「あの二人、本気で言ってるのか?」
俺は剣を鞘へ戻した。
「修理代は支払います」
「い、いえ」
マリアがようやく我に返った。
「鉄木の人形がああなったのは初めてなので……そもそも修理できるかどうかも分かりません」
次はルナの番だった。
マリアは倉庫から水晶玉を一つ持ってきた。
両手で包めるほどの大きさで、内部には淡い青色の光が揺れている。
「これは魔力測定器です。手を置き、少しだけ魔力を流してください」
「少しだけですか?」
「はい。測定に必要な分だけで構いません」
ルナは水晶玉の上に手を置いた。
「これくらいでいいですか?」
青い光が徐々に強くなっていく。
最初は蝋燭程度だった。
すぐに松明のような明るさになり、しばらくすると目を開けていられないほど強烈になった。
水晶玉から震えるような音が響く。
ウウウン――。
マリアの表情が固まった。
「ま、待ってください!」
水晶玉の表面に小さな亀裂が走った。
ピキッ。
「ルナ、止めろ!」
「はい?」
ルナが慌てて手を離した。
光が消える。
水晶玉には、蜘蛛の巣のような無数の亀裂が広がっていた。
訓練場にいた全員が息を止めていた。
ルナは水晶玉を眺めながら、泣きそうな顔になった。
「ごめんなさい。本当に少ししか入れてないんですけど……」
マリアはひび割れた水晶玉を両手で持ったまま、しばらく何も言わなかった。
「この測定器は……上級魔法使いの魔力まで測定できる物なのですが」
「良い物だったんですか?」
「金貨三十枚です」
「金貨三十枚……」
ルナの顔が真っ青になった。
「お、お兄様。さっき服を買わない方がよかったかもしれません」
「大丈夫だ。鉱石をもう一つ売ればいい」
「そ、それでは解決になっていません!」
ルナが初めて、人間の金の価値を少しだけ理解したようだった。
マリアはこめかみを押さえながら、深いため息をついた。
「通常の登録試験は、これ以上続ける必要はありませんね」
「それでは、不合格ですか?」
俺が心配になって尋ねると、マリアは首を横へ振った。
「逆です」
マリアは俺たちと、壊れた人形、ひび割れた水晶玉を順番に見た。
「本来、新人冒険者は一番下のFランクから始めます」
「本来は?」
「お二人をFランクで登録したら、ギルドが笑いものになってしまいます」
周囲で見物していた冒険者たちが、静かに頷いた。
マリアは少し考えた後、言った。
「お二人とも、暫定Dランクとして登録します」
「Dランク!」
本で読んだことがある。
Fランクは簡単な手伝いや採取。
Eランクから弱い魔物を相手にでき、Dランクなら正式に魔物討伐や護衛の依頼を受けられる。
最初からDランクだなんて!
「ありがとうございます!」
俺が喜ぶと、マリアは何とも言えない表情を浮かべた。
「ただし、条件があります」
「条件?」
「お二人の能力があまりにも規格外なので、実際に依頼を遂行できるか確認する必要があります」
マリアは受付の職員へ手招きした。
職員が壁に貼られていた依頼書を一枚持ってくる。
「ちょうど今日、Dランクの討伐依頼が入っています」
依頼書には、大きな猪の絵が描かれていた。
「町の北にある農地に、アーマーボアが現れました。畑を荒らし、住民にも襲いかかっています」
「アーマーボア……」
「この依頼を成功させれば、正式にDランクとして認定します」
俺は依頼書を受け取った。
初めての冒険者依頼。
ついに、本で読んでいた冒険を自分で始められるんだ……!
「引き受けます!」
ルナが依頼書をじっと眺めた。
「でも、この猪って、昨日の夕食に食べたものと似ていませんか?」
絵に描かれている魔物は、山で倒した巨大な猪とかなり似ていた。
「うーん……確かに」
マリアが驚いて尋ねた。
「昨日……夕食に食べたんですか!?」
「はい。山を下りる途中で一頭捕まえたんです」
ルナが両手で大きさを示した。
「ええと~、絵にあるものより三倍くらい大きかったです」
訓練場が再び静まり返った。
俺は依頼書を折りながら言った。
「今回は、殺さずに捕まえてくればいいんですよね?」
マリアはしばらく黙った後、慎重に答えた。
「……か、可能でしたら」
こうして俺たちは、冒険者になった初日から、最初の討伐依頼を引き受けることになった!




