竜の鱗を売ろうとしただけなのですが……
馬車がレーベンの町の門前で止まった。
本で見たことのある光景よりも、はるかに多くの人々が行き交っている。
荷物を満載した馬車、大きな鞄を背負った旅人、鎧を身につけた兵士たち。
道の両側には、見たこともない品物を売る露店までずらりと並んでいた。
「わあ……!」
ルナは窓から顔を出したまま、感嘆の声を上げ続けていた。
「お兄様、面白そうなものがたくさんあります!」
「そうだな」
俺は平然と答えたが、内心ではかなり興奮していた。
これほど大勢の人間が一か所に集まっている光景など、今まで見たことがなかったからだ。
その時、門を守っていた兵士が馬車の中を確認し、俺たちを見つけた。
兵士の視線は、ルナからまったく動かなかった。
「……」
「何か問題でもありますか?」
俺が尋ねると、兵士ははっと我に返った。
「あ、ありません!」
兵士は慌てて顔を背けた。
馬車が門を通過している間も、周囲の人々の視線はずっとルナへ集まっていた。
露店の店主も、荷物を運んでいた若者も、道を歩く女性たちまで、一度はルナを振り返っている。
俺はさりげなくルナの方へ身体を寄せた。
「ルナ……」
「はい?」
「俺のそばにいろ」
「どうしてですか?」
「人が多くて危ないだろ」
ルナは周囲を一度見回した後、不思議そうに首を傾げた。
「え~、みんな親切そうですよ?」
ちょうどその時、道端にいた若い男がルナと目を合わせ、顔を赤くしながら手を振った。
ルナも笑顔で手を振り返す。
俺は二人の間へ身体を滑り込ませた。
「お兄様?」
「馬車が揺れたんだ」
馬車は町の中央にある大きな建物の前で止まった。
建物の正面には、大きな硬貨の形をした看板が掲げられている。
ロマンが先に馬車から降りた。
「こちらがハーベル商会のレーベン支店です」
「商会……」
本で読んだことがある。
品物を売買し、利益を得る人々の集まる場所だ。
ならば、ここで父さんからもらった物も金に換えられるかもしれない。
俺たちが馬車を降りると、商会の従業員たちが一斉に駆け寄ってきた。
従業員たちは壊れた馬車や戦闘の痕跡を見て驚き、ロマンは彼らに事情を簡単に説明した。
「ブラッドファングの群れに襲われました」
「ブラッドファングですって?」
従業員たちの顔から血の気が引いた。
「しかも、角の生えた群れのボスまでいました」
「それでは護衛隊が全滅していてもおかしくないではありませんか!」
「実際、全滅寸前だった」
ロマンが俺たちへ視線を向けた。
すると、従業員たちの視線も一斉に俺たちへ集まった。
「このお二人に助けていただいた」
「この少年と少女がですか?」
「一人は狼を岩ごと吹き飛ばし、もう一人は風魔法で森を薙ぎ払われた」
「薙ぎ払ってはいませんよ~」
ルナが親切に訂正した。
従業員たちは黙り込んだ。
ものすごく驚いているというか、呆れているというか、なんとも言えない目をしていた。
ロマンは俺たちを建物の中へ案内した。
商会の中には食料品、布、革、武器、鉱石など、さまざまな品が並べられていた。
俺は辺りを見回している途中、棚に置かれた小さな瓶を見つけた。
瓶の中には赤い液体が入っている。
「これは何ですか?」
「下級回復薬です」
従業員が答えた。
「小さな傷や軽い疲労に効きます。一瓶、銀貨三枚です」
俺はルナを見た。
ルナも俺を見返した。
銀貨三枚がどの程度の価値なのか、まったく分からない。
「高いのか?」
俺が小声で尋ねると、ルナはさらに小さな声で答えた。
「父さんの本には、銀貨百枚で金貨一枚としか書いてありませんでした」
「じゃあ、銀貨三枚は?」
「ただの銀貨三枚じゃないですか?」
ロマンは俺たちの会話を聞き、笑いを堪えるように口元を押さえた。
「お二人がこちらに滞在される間に必要な費用は、当商会が負担いたします」
「い、いえ! それは駄目です」
俺はすぐに首を横へ振った。
「魔物を倒したのは当然のことですし、治療もルナにとっては難しいことではありませんでしたから」
「ですが、命を救っていただいたのです」
「俺たちも馬車に乗せてもらいましたし」
ロマンはしばらく俺を見つめた後、ようやく頷いた。
「それでは、せめてお持ちの品を正当な価格で買い取らせてください」
それなら受け入れられる。
俺は背負っていた鞄を床へ下ろした。
中には父さんが持たせてくれた鉱石と鱗が入っている。
その中から、最も小さく見える灰色の鉱石を一つ取り出した。
大きさは拳ほどだった。
「こういう物も売れますか?」
従業員が鉱石を受け取った。
最初は特に気にせず見ていた従業員の表情が、徐々に変わり始める。
光に透かし、爪で引っかき、小さな槌で叩いてみる。
パキッ。
槌の頭が割れた。
「……?」
従業員は壊れた槌と無傷の鉱石を交互に見ながら、何度も瞬きをした。
「あ、あの……これは一体、何の鉱石なのですか?」
「分かりません。ただ、山にはたくさんありました」
「た、たくさん……?」
従業員は震える手で、鉱石をロマンへ渡した。
ロマンも何度か確かめた後、深く息を吐いた。
「高純度の黒鋼石です」
「良い物なのですか?」
「王国騎士団の上級装備に使われる素材です。この大きさなら、金貨数十枚はするでしょう」
金貨数十枚。
相変わらず、どれほどの価値なのか分からない。
ただ、周囲の従業員たちが息を呑んでいるところを見ると、かなり高価な物らしい。
「これだけあれば、宿代は払えますか?」
俺の問いに、商会の中が静まり返った。
ロマンが慎重に答える。
「そういう次元ではなく……数年は滞在できます」
「そんなに長くいるつもりはないんだけど」
「お兄様~」
ルナが俺の腕を引いた。
「それなら、鱗も見せてみませんか?」
「鱗?」
「鉱石より軽いですし、それならもう少し安いんじゃないですか? それも売れば、お金がさらに増えますし、どちらにしても良いことですよ~」
確かに、売らずに持っておく理由もない。
「あ、あの……これはどうですか?」
コトン。
鱗を机の上へ置いた。
商会の従業員の一人が鱗を見た瞬間、持っていた帳簿を落とした。
別の従業員は、その場で気を失った。
ロマンは完全に固まっている。
「あの……ロマンさん?」
「……す、少々お待ちください!」
ロマンはほとんど駆けるように奥の部屋へ消えた。
しばらくすると、白い髭を蓄えた老人を連れて戻ってきた。
老人は拡大鏡まで取り出し、鱗を調べ始めた。
表面を見て、裏側を見て、魔力を流し込んでもみる。
やがて突然、鱗から手を離し、後ずさった。
「これは真竜の鱗……!」
老人が呟いた。
「それも、最低でも千年以上生きた古竜のものだ……」
商会の中にいた全員の視線が、俺たちへ突き刺さった。
俺はなんとなく落ち着かなくなり、鱗を手に取った。
「これ、大丈夫な物ですか?」
「大丈夫だと?」
老人は怒ったような声を上げた。
「この鱗一枚で、王国最高の盾を作れる! 競売に出せば、いくらになるか想像もできんほどの品だぞ! ゴホッ、ゴホッ!」
「わあ~、そんなに高いんですか?」
ルナが驚いた目で鱗を眺めた。
「父さんの身体には、ものすごくたくさんついているのに~」
商会の中で、誰かが息を詰まらせる音が聞こえた。
俺は慌ててルナの口を手で塞いだ。
「その話は外でするな」
「むぐっ?」
父さんの身体に鱗が大量についていることまで知られたら、人々が山へ押しかけるかもしれない。
老人は鱗から目を離せないまま尋ねた。
「一体、どこで手に入れたのだ?」
「山で拾いました」
「山で真竜の鱗を拾っただと?」
まあ、嘘ではない。
父さんが身体を掻くたび、たまに落ちていた。
老人は胸を押さえた。
ロマンが慌てて老人を椅子へ座らせる。
「今日は鉱石だけを買い取る方がよさそうです」
「俺もそう思います」
どうやら、鱗を出したのは失敗だったらしい。
ロマンは黒鋼石の代金として、金貨五十枚を提示した。
恩返しのために、相場を知らない俺たちへ不自然に高い金額を出しているのではないかと心配したが、ロマンは鑑定書と相場表まで見せながら説明してくれた。
その間、ルナは金貨の話よりも、商会の品物を見ることに夢中になっていた。
特に色とりどりの布や装飾品の前で、長い間足を止めていた。
「欲しい物があるのか?」
「え? 違います。ただ、綺麗だと思って」
「買ってやる」
「お金の価値も分かっていないのに?」
「さっき金貨五十枚も手に入っただろ」
「その中から宿代や食事代も払わないといけませんよ」
「それでも、ルナの服一着くらいは買えるだろ」
俺の言葉を聞いた商会の女性従業員が、そっと近づいてきた。
「ちょうど本日入荷したドレスがございます。妹様にとてもよくお似合いになると思いますよ」
「見せてください」
「お、お兄様!」
すぐに従業員たちがルナを取り囲み、服を選び始めた。
俺は満足しながらその様子を見守った。
ただ、従業員の中に若い男が一人混ざっているのが、少し気になった。
「あの人はどうしてあそこに?」
「在庫担当です」
「在庫なら、離れた場所からでも数えられるでしょう」
ロマンが何とも言えない表情で俺を見た。
「リオン様は、妹様をとても大切にされているのですね」
「当然です。たった一人の妹ですから」
「……なるほど」
しばらくすると、淡い空色のワンピースへ着替えたルナが姿を現した。
どういうわけか、商会の中が再び静まり返った。
銀色の髪と青い布地がよく似合っている。
「どうですか、お兄様?」
俺はしばらく言葉を失った後、真剣に答えた。
「ま、町で一番可愛い」
「まだ町の人を全員見てもいないじゃないですか」
「別に見る必要はない」
ルナが笑い出した。
周囲の従業員たちもつられて笑ったが、若い男の従業員だけは緊張した顔で俺から目を逸らしていた。
服の代金を支払った後、ロマンは町の宿を紹介すると言った。
その時、商会の扉が乱暴に開かれた。
鎧を着た男が三人、中へ入ってきた。
胸元には、剣と盾が交差した紋章が刻まれている。
先頭の男が中を見回し、ロマンを見つけた。
「ブラッドファングの群れと遭遇したという報告を受けた!」
「警備隊長殿」
「ボス個体までいたと聞いている。生存者がいることすら信じがたいのに、全員が無事に戻ってきただと? 一体、何があった?」
ロマンは黙って俺たちを指した。
警備隊長の視線が、俺とルナへ向けられる。
最初は訝しげな表情だった。
だが、机の上にある壊れた槌と黒鋼石、そして俺の手にある赤黒い鱗を見つけると、その目つきが変わった。
「お前たちは一体……何者だ?」
俺はできる限り礼儀正しく答えた。
「リオンです。こちらは妹のルナです。今日初めて山を下りてきたので、分からないことが多いですが、よろしくお願いします」
「どの山から下りてきた?」
「あちらにある大きな山脈です」
警備隊長が眉をひそめた。
「竜の山脈か?」
「はい」
彼はしばらく俺たちを見つめた後、低い声で言った。
「二人とも、私と一緒に冒険者ギルドまで来てもらおう」
「冒険者ギルドですか?」
俺は反射的に身を乗り出した。
本の中でしか読んだことのない場所!
依頼を受け、魔物を狩り、未知の土地を冒険する者たちが集まる、とても格好いい場所だ!
声が自然と大きくなった。
「今すぐ行けるんですか?」
警備隊長は、なぜ俺がここまで喜んでいるのか分からないという顔をした。
「……ああ。今すぐ行く」
俺はルナを振り返った。
「ルナ、ついに冒険者ギルドへ行けるぞ!」
「お兄様、さっきよりずっと嬉しそうですね~」
「当然だ!」
人間の町へ到着した初日。
俺たちは宿を探すより先に、早くも冒険者ギルドへ行くことになった!
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
まだ第3話ですが、これからもどうぞよろしくお願いします!




