ラグナダンジョン完全攻略記念のお祭りです!
翌朝。
目を覚ますと同時に、窓の外から騒がしい声が聞こえてきた。
「……なんだ?」
窓を開けてみると、通りのあちこちで人々が何かを運んでいた。
布を張り、
木の板を立て、
屋台用のテーブルを運び、
中央広場のほうへ大量の食材まで運び込んでいる。
適当に着替えて一階へ下りると、少し遅れてルナも自分の部屋から下りてきた。
「お兄様……外がものすごく騒がしいです」
「うん。俺もさっき見た」
すると、ミアさんが声をかけてきた。
「今日の夜のお祭りのせいで、みんな朝から大騒ぎなんだよ!」
「お祭りですか?!」
ルナの眠そうだった顔が一瞬で変わった。
さっきまで今にも寝そうな顔をしてたのに……。
祭りって言葉に反応したのか……?
ミアさんが笑いながら説明してくれた。
「ラグナダンジョン完全攻略記念のお祭りだって。昨日正式発表があった直後から、ギルドと商人たちが大急ぎで準備を始めたんだよ」
「今日の夜にやるんですか?」
「うん。準備する時間がほとんどないから、中央広場は今もう戦場みたいになってるよ」
窓の外から誰かの叫び声が聞こえた。
「違う! その飾りは向こうだ!」
「串焼きの材料、もっと持ってきて!」
「まだランプを飾ってないのか?!」
……本当に急いで準備してるみたいだ。
ルナはもう目を輝かせていた。
「お兄様~」
「うん」
「夜は絶対に行きましょうね~!」
「分かったよ……」
「本当ですよ?」
「うん」
「約束です!」
そうして午前と午後の間に、
ラグナの中央広場では急ピッチで祭りの準備が進められた。
ギルド職員や商人、
街の住民たちまで総出で手伝ったおかげなのか、
日が沈み始める頃には、朝の慌ただしい様子はほとんどなくなっていた。
そして――
ついに夜になった。
俺たちは《銀月亭》を出た。
「わああ~~!」
ルナが歓声を上げた。
昼間に見た通りとは、まるで別の場所だった。
建物と建物の間には色とりどりの布が張られ、
長く連なったランプが道を明るく照らしている。
中央広場のほうからは音楽が聞こえ、
人々の笑い声も絶えない。
屋台からは煙と一緒に、美味しそうな匂いが漂ってきた。
焼いた肉。
魚。
パン。
甘いお菓子。
果物の飲み物。
それに見たことのない料理まで。
ルナがゆっくりと顔を動かした。
左。
右。
そしてまた左。
「お兄様……」
「ん?」
「どこから行けばいいんでしょう?!」
「なんで俺に聞くんだよ……」
「だって、多すぎます!」
中央広場の入口には、大きな横断幕まで掲げられていた。
【ラグナダンジョン史上初・完全攻略記念祭】
その下には少し小さな文字で、
【攻略者 リオン・ルナ・ガイル・セリア】
と書かれている。
「……」
また俺の名前がある。
ルナはしばらくそれを見上げてから言った。
「もうちょっと慣れてきた気がします~」
「俺はまだだけど」
その瞬間。
「あれ?」
近くにいた人が俺たちに気づいた。
「おい、あそこ! リオンとルナだ!」
……やっぱり。
あっという間に周囲の視線が集まった。
「本当だ!」
「昨日の発表に出てた二人だ!」
「99階層の主を倒したんだろ?」
「二人とも思ったより若いな~」
「あの銀髪の魔法使い、ものすごく強いらしいぞ?」
ルナが俺の袖を掴んだ。
「お兄様……」
「うん」
「やっぱり帰りますか?」
「じゃあ、食べ物も食べない?」
「そ、それは違います! 少しだけいてから帰るのはどうですか?」
「そうしよう」
幸い、人々が一斉に押し寄せてくることはなかった。
ほとんどの人は遠くから見たり、
通りすがりに祝いの言葉をかけてくれる程度だった。
「ダンジョン完全攻略、おめでとう!」
「すごいな~!」
「お疲れさん!」
最初は少し気恥ずかしかったが、
何度も言われているうちに、俺も自然と頭を下げるようになった。
「ありがとうございます」
ルナはさらに楽しそうだった。
「ありがとうございます~!」
そして、そのまま真っすぐ屋台へ向かった。
「串焼き一つください!」
「ルナ」
「二つください!」
「?」
「お兄様の分も買おうと思って~」
「……そ、そうか」
串焼きを食べながら広場を歩いた。
楽器を演奏している人たちもいれば、
簡単な芸を披露している人たちもいる。
広場の一角では、小さな遊びもいくつか開かれていた。
ボールを投げて木桶に入れたり、
輪を投げて瓶に引っ掛けたりする遊びだ。
ルナはあちこちを見回すのに忙しそうだった。
そのとき。
「あの……」
小さな声が聞こえた。
振り返ると、何人かの子供たちが立っていた。
五、六歳くらいに見える子から、
十歳くらいの子まで。
みんな俺たちをじっと見ている。
「どうした?」
俺が聞くと、
子供たちは互いに顔を見合わせた。
やがて、その中で一番年上らしい男の子が前へ出た。
「お兄ちゃんが……100階層まで行ってきた人?」
「うん」
「本当に?」
「本当だよ~」
子供たちの目が一斉に大きくなった。
「うわあ……!」
「本当だって!」
「じゃあ、お姉ちゃんも?」
今度はルナを見る。
ルナは自信たっぷりに答えた。
「もちろんです!」
「お姉ちゃんが99階層の魔物を倒したの?」
「お兄様と一緒に倒しました!」
「すっごく大きかった?」
「す~~っごく大きかったですよ~~!」
ルナが両腕を思い切り広げた。
「これより、ずっとです!」
それじゃ全然伝わらないだろ……。
それでも子供たちは楽しそうだった。
「魔法も使ったの?」
「はい!」
「火?」
「雷も使って、風も使って、水も使って――」
「ルナ」
「はい?」
「全部説明するつもり?」
「だって、気になるみたいですし~」
そのとき、小さな女の子がルナの杖を指差した。
「それで魔法使うの?」
「はい」
「見せて~!」
ルナはすぐに俺を見た。
「ダメ」
「まだ何もしてませんよ」
「広場の真ん中で使うつもりだっただろ?」
「ちっちゃいのだけです」
「ダメ」
「ええ……」
子供たちが一斉に残念そうな声を上げる。
ルナまで同じように言った。
「ええ……」
「なんでルナまで言うんだよ……」
子供たちが笑い出した。
それをきっかけに、すぐに打ち解けた。
「お兄ちゃんは剣を使うの?」
「うん!」
「99階層の魔物も剣で倒したの?」
「うん」
「どれくらい強かった?」
「ものすごく強かったよ~」
「お兄ちゃんより?」
「うーん……」
俺は少し考えた。
「どうだろうな」
横からルナが言った。
「お兄様もものすごく強いですよ!」
「お姉ちゃんより?」
「それは……」
ルナが急に真剣な顔で考え始めた。
「なんでそんなに真剣に悩むんだよ」
子供たちがまた笑った。
しばらく質問攻めにされていると、
小さな女の子が突然ルナの手を握った。
「お姉ちゃん」
「はい?」
「一緒に遊ぼ!」
「遊ぶんですか?」
「うん!」
ルナがすぐに笑った。
「いいですよ!」
そして当然のように俺を見た。
「お兄様も一緒に遊びましょう~」
「俺も?」
子供たちが一斉に頷いた。
「お兄ちゃんも!」
「一緒に遊ぼ!」
結局、俺たちは子供たちに引っ張られるようにして広場の端へ向かった。
ボールを三つ投げて木桶の中に入れる遊びだった。
成功すると小さなぬいぐるみがもらえるらしい。
「お姉ちゃんからやって~!」
「いいですよ!」
ルナがボールを受け取った。
一投目。
コトッ。
ボールは正確に木桶の中へ入った。
二投目。
コトッ。
また成功。
三投目。
コトッ。
「……」
屋台の主人が呆然とルナを見る。
「三つ全部、成功ですね……」
「ぬいぐるみください~!」
「あ、はい」
ルナは小さなウサギのぬいぐるみを受け取った。
「可愛いです!」
子供たちが拍手する。
「お姉ちゃん上手!」
「お兄ちゃんもやって!」
「俺?」
今度は俺がボールを受け取った。
これくらい簡単だろ……。
俺は軽く投げた。
ヒュン――
ボールは木桶を大きく通り越して、遠くまで飛んでいった。
「……」
静かになった。
ルナがゆっくりと俺を見る。
「お兄様」
「ん?」
「力加減……」
「……分かってる」
子供たちが笑い出した。
「お兄ちゃん下手!」
「お姉ちゃんのほうがずっと上手~!」
「もう一回!」
……これ……。
99階層のダンジョンの主より難しい……!!
二回目も失敗。
三回目も横へ外れた。
「ぐっ……」
「お兄様……」
「ちょっと待って。何も言わないで」
結局、何度か挑戦した末に、
ようやく一つ入れることができた。
「入った~!」
子供たちがものすごく喜んだ。
「お兄ちゃん、やっと入った!」
「成功だ!」
一個しか入ってないんだけど……。
その後も俺たちは子供たちと一緒に広場を回った。
輪投げをしたり、
大道芸を見たり、
お菓子を食べたりした。
一人の男の子が、手に持っていたお菓子を落としてしまった。
「あ……」
今にも泣きそうな顔になる。
するとルナが、自分の持っていたお菓子を差し出した。
「これ、食べますか?」
「本当に?」
「はい!」
「ありがとう!」
男の子はすぐに笑顔になった。
ルナも笑ってはいたが、
視線は男の子の手に渡ったお菓子をずっと追いかけていた。
「……」
俺は近くの屋台へ行き、同じものをもう一つ買った。
それをルナに渡す。
「ほら」
「お兄様~!」
表情が一瞬で明るくなった。
「やっぱりお兄様が一番です!」
……本当に分かりやすいな……。
時間が経つにつれて、
祭りはさらに賑やかになっていった。
広場の中央では人々が音楽に合わせて踊り始め、
あちこちのランプもさらに明るく輝いている。
夜空の下、
大勢の人たちが笑い合い、楽しそうに騒いでいた。
子供たちもまだ俺たちのそばにいた。
「お姉ちゃん、こっち来て!」
「どうしました?」
「かくれんぼしよう!」
「いいですよ!」
ルナが即答した。
「お兄様も一緒にやりましょう!」
「え? 俺も?」
「はい!」
「お兄ちゃんが鬼ね!」
「なんで?」
「一番大きいから!」
「そんなルールどこにあるんだよ……」
「ある!」
どうやら子供たちが勝手に決めたらしい。
ルナは笑いながら俺の背中を押した。
「お兄様、早く目を閉じてください」
「分かったよ」
俺は広場の端にある壁へ向かい、目を閉じた。
「30まで数えればいいんだよな?」
「はい!」
子供たちの足音が四方へ散っていく。
「いち」
遠ざかる笑い声。
「に」
「早く隠れて!」
「そこ見えてるよ!」
「さん」
ルナの笑い声も混ざっていた。
俺は思わず笑った。
人間の町へ下りてくる前、
ルナは友達をたくさん作りたいと言っていた。
あのときは、どんな光景になるのかよく分からなかったけど――
今思えば、こういうことを言っていたのかもしれない。
「二十八」
そのとき、遠くからルナの声が聞こえた。
「ここなら見つかりませんよね?」
「お姉ちゃん! 喋ったらバレるって!」
「あっ」
「……」
馬鹿なのか……?
「二十九」
「お兄様、まだですよ――!」
……もう自分から居場所を教えてるんだけど……?
「三十」
俺は目を開けた。
「探しに行くぞ!」
あちこちから、
子供たちが笑いを堪える声が聞こえてきた。
結局、かなり長い間遊んでから、
子供たちはそれぞれ親のところへ帰っていった。
「お姉ちゃん! また今度遊ぼうね!」
「はい!」
「お兄ちゃんも!」
「うん」
「本当?」
「本当だよ」
子供たちは何度も振り返りながら手を振った。
ルナも子供たちの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
「楽しかったです~」
「うん」
俺たちは、まだ祭りで賑わっている広場をゆっくり歩いた。
さっきよりも人が増えている。
屋台からは今も煙が上がり、
通りのあちこちから笑い声が聞こえていた。
「お兄様~」
「ん?」
「今日は本当に楽しかったです」
ルナが笑った。
「私、人間の町に来てから友達がたくさんできた気がします」
「そうだな」
「明日もあの子たちに会えたらいいですね~」
「そうだな」
そのあとも俺たちは、もう少しだけ祭りを楽しんだ。
《銀月亭》へ戻った頃には、もうかなり夜も更けていた。
「おやすみなさい、お兄様~」
「うん。おやすみ」
ルナは自分の部屋へ戻っていった。
俺も自分の部屋に入り、ベッドへ横になる。
ラグナダンジョンも終わった。
祭りも楽しかった。
今日は本当に平和な一日だった。
そう思いながら、
俺はそのまま眠りについた。




