ラグナダンジョン完全攻略で、街が大騒ぎになりました!
目を開けて、最初に見えたのは見覚えのある石壁だった。
「……あれ?」
少しぼんやりしながら周囲を見回す。
高い天井。
壁に取り付けられた魔導灯。
そして少し離れたところから聞こえてくる人々の声。
「ここは……」
「ダンジョンの入口ですよ!」
隣でルナが明るい声を上げた。
俺たちは100階層にあった転移陣を使って、一気にラグナダンジョンの入口まで戻ってきたらしい。
「本当に戻ってきたんだな」
ガイルさんが床に片膝をついたまま呟いた。
セリアさんもしばらく何も言わず、ダンジョンの入口を見つめていた。
数日前まではここを通りながら、
目標は45階層だと言っていたのに……。
それが今は――
100階層まで行って帰ってきた。
「終わったんですよね~?」
ルナが尋ねた。
「たぶん」
「?」
「うーん……100階層まで行ったんだから、終わったんじゃないかな」
「そうですよね!」
ルナは満足そうに頷いた。
そのときだった。
「……あっ!」
ダンジョンの入口を警備していたギルド職員の一人が、俺たちを見つけた。
最初は普通に帰還してきた冒険者だと思ったようだ。
だが、すぐにガイルさんとセリアさんに気づいたらしい。
「ガ、ガイルさん?」
「ん?」
「もう戻ってこられたんですか?」
ガイルさんが立ち上がった。
「もうって……結構長くいたぞ?」
「それでも……」
職員は俺たち四人を順番に見た。
怪我をしている者はいない。
装備は多少汚れているものの、
誰が見ても無事そのものだった。
「何階層まで行かれたんですか?」
ガイルさんは答えようとして、口を止めた。
そして俺たちを一度振り返る。
「……100階層……」
「はい?」
職員が笑った。
「すみません。聞き間違えたようなのですが……」
「本当に100階層まで行ってきたんだ……」
「……」
職員の笑顔が消えた。
「……何階層ですか?」
「100!」
今度はセリアさんが付け加えた。
「完全攻略したよ」
「…………」
職員の目がものすごく大きく見開かれた。
しばらく本当に何も言わなかった。
そして、
「す、少々お待ちください!!!」
突然悲鳴のような声を上げると、
ギルドの奥へ走っていった。
「……?」
ルナが首を傾げた。
「どうしたんでしょう?」
「さあ」
すぐに奥から騒がしい声が聞こえてきた。
「何?!」
「100階層だと?!」
「そんな馬鹿な!」
「確認しろ! 今すぐだ!!」
バンッ!!
扉が開き、
職員たちが一斉に飛び出してきた。
その中にはラグナギルドの幹部らしき人物もいる。
「ガイル!」
「あ……」
「100階層を攻略したというのは本当なのか?!」
「本当です」
「証拠は?!」
ガイルさんが困ったような顔で俺たちを見た。
そういえば。
証拠か……。
「お宝?」
ルナが言った。
「それも証拠にはなるだろうけど……」
セリアさんが鞄の中を探った。
俺たちは100階層にあった物を全部持って帰ることはできなかった。
鞄に入る分だけ持ち帰り、
ほとんどはそのまま残してきた。
その中からセリアさんが小さな金属製の札を取り出した。
100階層の宝箱のそばにあった物だ。
表には数字の100。
裏にはダンジョンの紋章が刻まれている。
ギルドの幹部がそれを受け取った。
「……これは!」
表情が一変した。
近くにいた他の職員たちも集まってくる。
「ダンジョン特有の魔力反応が残っています」
「こんな紋章は記録にありません!」
「まさか、本当に……」
周囲がざわめき始めた。
そして噂は、
驚くほどの速さで広がっていった。
最初はギルド職員だけだった。
だが俺たちがダンジョンを出てギルド本部へ向かう頃には、
通りにいる冒険者たちがすでに俺たちを見ていた。
「あいつらだって」
「何が?」
「ダンジョンの100階層まで行ってきた奴らだよ」
「は?」
「まさか~」
「30年前だって99階層が最高だっただろ?」
「だから大騒ぎになってるんだよ!」
……早い!
「お兄様~」
ルナが小声で言った。
「みんな、ずっとこっちを見てます」
「うん」
「私、何かついてますか?」
「そういうわけじゃないと思う……」
ルナは自分の服をぱんぱんと払った。
ギルドの建物へ到着した頃には、
状況はさらにひどくなっていた。
入口から冒険者たちが集まっている。
「ガイル!」
誰かが叫んだ。
「本当なのか?!」
「100階層まで行ったのか?!」
「ダンジョンの主は?!」
「宝は?!」
四方八方から質問が飛んでくる。
ガイルさんが顔をしかめた。
「待て、ちょっと待て!」
だが誰も聞いていない。
結局、
ギルド職員たちが人々を押し退けて道を作った。
俺たちは会議室のような場所へ案内された。
そこで何度も同じ質問を受けた。
90階層以降の地形。
99階層のダンジョンの主。
30年前のSランクパーティーが転移魔法で逃げたという話。
そして100階層について。
もちろん――
ダンジョンの主が死ぬ直前、
ルナを見て『ルナ様』と呼んだ話はひとまず伏せておいた。
ガイルさんが先に言った。
「それは今のところ話さないほうがいいだろう」
俺も同意した。
何しろルナ本人ですら理由が分からないのだから。
100階層で発見した魔王軍の魔道具については、
ラグナ周辺で起きている魔物の異常移動と関係している可能性があるため、
ギルドへ別に報告することになった。
しばらくして。
ギルドの幹部が深く息を吐いた。
「……信じがたいな」
「俺もまだ信じられません」
ガイルさんが笑った。
幹部は頷く。
「なら、正式に発表しなければならないな」
「正式発表ですか?」
ルナが尋ねた。
「ラグナダンジョンが史上初めて完全攻略されたんだ。街全体に知らせる必要がある」
「おおお……!」
ルナの目が輝いた。
俺は少し嫌な予感がした。
「ただ……」
ガイルさんが口を開いた。
「発表する前に、一つだけはっきりさせておきたいことがあります」
「何だ?」
ガイルさんが俺とルナを見た。
「今回の攻略の主役は、俺たち《紅狐》じゃありません」
「……ガイルさん?」
「事実は事実として話さないとな」
セリアさんも静かに笑った。
ガイルさんは続けた。
「俺とセリアは道を案内して、ダンジョンでの経験を少し役立てただけです」
「50階層以降の戦闘は、ほとんどリオンとルナがやりました」
「……」
「それに99階層のダンジョンの主は、俺たちでは戦いに加わることすらできない相手でした」
ギルド幹部の表情が固まった。
ガイルさんは淡々と言った。
「あの二人がいなければ、俺たちは100階層どころか、50階層を越えることさえできなかったでしょう」
「ちょっと待ってください」
俺は口を挟んだ。
「でも、ガイルさんとセリアさんがいなかったら、道を探すのだって大変だったし――」
「これは功績を分け合うって話じゃない」
ガイルさんが笑った。
「今回の攻略で誰が一番大きな役割を果たしたのかは、お前たちだって分かってるだろ?」
「……はい」
「昔、俺は自分の判断で仲間を傷つけた」
ガイルさんは少しだけ言葉を止め、
俺たちを見た。
「だから今回は、せめて事実をそのまま話したい」
「100階層まで来られたのは、お前たち二人のおかげだ。ありがとう」
彼は一度、目を閉じた。
「人の功績を自分のものにしない。それもリーダーとして当然のことだからな」
セリアさんが腕を組んだ。
「ガイルにしては、いいこと言うね~」
「『ガイルにしては』は余計だ……」
ギルドの幹部はしばらく俺たちを見ていた。
そして頷いた。
「分かった」
その日の午後。
ラグナギルド前の広場には、
大勢の人が集まっていた。
冒険者だけじゃない。
商人。
街の人。
子供たち。
そして通りすがりの人まで。
ギルド職員が高い壇上へ上がった。
「本日――」
辺りが静まり返った。
「ラグナダンジョンにおいて、史上初の完全攻略者が誕生しました!」
その瞬間。
「うおおおおおおお――!!」
広場が弾けるような歓声に包まれた。
俺は思わず驚いた。
ルナも目を丸くしている。
「お兄様! ものすごくうるさいです!」
「そうだな!」
職員はそのまま説明を続けた。
99階層。
ダンジョンの主。
そして100階層について。
人々の歓声はどんどん大きくなっていく。
そして最後に――
「今回の攻略に参加したのは、Cランクパーティー《紅狐》のガイル、セリア!」
拍手が沸き起こった。
「そして――」
職員が俺たちを見る。
「冒険者、リオンとルナ!」
「うおおおおおおお――!!」
さっきよりもさらに大きな声が上がった。
「……」
なんだか妙な気分だ。
みんなが俺たちのほうを見ている。
そのとき、
ガイルさんが前へ出た。
「一つ、言わせてください!」
広場が再び静かになった。
「今回のダンジョン攻略の功績は――」
ガイルさんが俺たちを指した。
「ほとんど、この二人のものです」
「……ガイルさん?!」
「リオンとルナがいなければ、俺たち《紅狐》が100階層まで辿り着くことは絶対にできませんでした」
周囲にざわめきが広がる。
「特に99階層のダンジョンの主は、俺とセリアでは戦いに加わることすらできない相手でした」
ガイルさんはとても淡々と言った。
「それを倒したのも、この二人です」
「……」
人々の視線が変わった。
さっきまでは驚きだったのに、
今は――
なんというか……。
ちょっと怖いんだけど……?
「お兄様」
「ん?」
「みんな、さっきよりこっちを見てませんか?」
「俺もそう思う……」
そして誰かが叫んだ。
「すげえええ――!!」
それをきっかけに、
再び大歓声が沸き起こった。
「100階層の攻略者だ!」
「あの二人が99階層の主を倒したのか?!」
「何ランクなんだ?!」
「あの銀髪の魔法使い、とんでもなく強いって噂になってた子じゃないか?!」
「剣士のほうもすごいらしいぞ!」
……。
まずい……!
俺たち、
どうやらラグナでかなり有名になってしまったらしい。
ついにラグナダンジョン編、完結です!




