Cランクパーティーが99階層まで到達してしまいました!
【90】
数字を見ていると、なんだか不思議な気分になった。
ダンジョンに入ったばかりの頃は、45階層が目標だった。
それが今は90階層。
ちょうど二倍だ。
「お兄様」
「ん?」
ルナが扉を叩きながら言った。
「早く開けましょう~!」
……感慨に浸る時間もくれないのか……。
ガイルさんが前へ出た。
「待て」
彼は地図と記録をもう一度確認した。
「90階層から先は、本当に情報がほとんどない。残ってるものも大半が何十年も前の記録だ」
セリアさんも頷く。
「それに、ここから先へ下りた人の中には、帰ってこなかった人も多いって聞いてるよ」
ルナが少しだけ静かになった。
「……じゃあ、もっと気をつけないといけませんね」
おおっ。
今回はちゃんと分かったのか?
「じゃあ私が先頭で全部吹き飛ばします~!」
「そういう意味じゃない!」
ガイルさんがすぐに叫んだ。
俺たちは結局、扉を開けた。
ギィィ……。
扉の向こうは暗かった。
とても暗い。
これまでの森や雪原のように、天井が光っているわけでもない。
果てしなく続く黒い岩場。
そして地面のあちこちから、淡い青い光だけが漏れていた。
「……夜みたいですね」
ルナが言った。
「足元に気をつけろ」
ガイルさんが小さな魔導灯を取り出した。
だがルナが手を上げる。
「私がやります」
「ん?」
ルナは魔法の名前を何も口にせず、指を軽く持ち上げた。
すると俺たちの頭上に、小さな光の球がいくつも浮かび上がった。
周囲が一気に明るくなる。
「……」
ガイルさんがルナを見た。
「どうしました?」
「いや……なんでもない」
何か言いたそうな顔だけど。
90階層は黒い洞窟と崖が入り混じった地形だった。
道も一方向には続いていない。
上へ登ったと思えば、
また下へ降り、
細い石橋を渡らなければならない場所まであった。
そして、魔物も明らかに変わっていた。
91階層に現れたのは巨大な黒い獅子だった。
肩の高さだけでも、人間を何人か積み上げたくらいありそうで、
全身からは黒い炎のようなものが揺らめいている。
「ダークフレイムレオ……」
ガイルさんが呟いた。
「ランクは?」
「……Aランクの魔物だ」
ルナがそいつを見つめた。
「格好いいですね~!」
……今回は好みらしい。
ダークフレイムレオが大きく吠えた。
「グオオオオオ!!」
洞窟全体が震える。
そして口から黒い炎が噴き出した。
ルナが杖を持ち上げる。
「《アクアバリア》!」
巨大な水の壁が広がった。
炎と水がぶつかり、大量の蒸気が一気に立ち込める。
俺はその中を突っ切って前へ走った。
ダークフレイムレオが顔を向けた瞬間、
俺は奴の顎の下を拳で殴り上げた。
ドォン!
巨大な体が後ろへ倒れた。
「……」
ガイルさんが言った。
「剣も使わず拳一発か……。だんだんAランクの魔物が可哀想になってきたな」
「私もちょっとそう思う」
セリアさんが答えた。
92階層。
黒い水晶がびっしりと生えた洞窟だった。
その水晶の間から、魔力を吸収するクリスタルマンティスが現れた。
ルナは魔法を使おうとしたが、
奴が魔力を吸収すると聞いて杖を下ろした。
「じゃあ、お兄様の番ですね~」
……ずいぶんあっさり任せるんだな。
93階層では地下湖が現れた。
水は底まで見えるほど澄んでいたが、
その底では巨大な影がいくつも動いていた。
「あれ、魚ですか?」
ルナが身を乗り出す。
「近づくなよ」
「近づきませんよ~」
その瞬間。
ザバァン!!
湖から巨大な口が飛び出した。
ルナはすぐに後ろへ下がった。
「……近づかなくてよかったですね」
「そうだな」
湖の中にはジャイアントアビスフィッシュが何匹もいた。
結局、ルナが湖面を凍らせて道を作った。
俺たちは氷の上を歩き、素早く通り抜けた。
94階層。
95階層。
ここまで来ると、一つの階層を越えるだけでもかなり時間がかかる。
道は複雑になり、
魔物も強くなった。
だが逆に、戦闘そのものは長引かなかった。
ルナが道を塞ぐ魔物を魔法で倒し、
俺が近づいてくる魔物を処理する。
ガイルさんとセリアさんは道探しと危険な地形の確認に集中した。
こうして役割を分けると、移動速度はかなり上がった。
そして95階層を越えたあたりで、
地形がもう一度大きく変わった。
黒い洞窟が終わり、
今度は巨大な石造りの遺跡が現れた。
天井は高すぎて、ほとんど先が見えない。
両側には壊れた石像がずらりと並んでいた。
「うぅ……ここは何なんですか……?」
ルナがゆっくり周囲を見回した。
ガイルさんが首を振る。
「俺にも分からない」
「記録にもないんですか?」
「ほとんどな」
セリアさんが壁を調べた。
「文字みたいなのはあるけど……読めないね」
壁には見覚えのない文字や紋様が刻まれていた。
かなり古そうだが、
誰が作ったのかは分からない。
ルナが手を伸ばした。
「触ってみても――」
「ダメ」
俺とガイルさんが同時に言った。
「……まだ触ってませんよ」
「まず手を下ろせ」
「はい……」
96階層では、鎧をまとった巨大な石像が三体動き出した。
一体だけでも、人間の身長の四倍以上はある。
ガイルさんはそれを見て、しばらく言葉を失った。
「……これはゴーレムって呼べばいいのか?」
「倒してみてもいいですか?」
「……ああ」
ルナが杖を前へ向けた。
「《アクアプレッシャー》!」
ゴオオオオ――!
凄まじい水圧の水流が、ゴーレムたちを正面から襲った。
最初のゴーレムが後ろへ押され、二体目と衝突する。
さらに三体目までまとめて巻き込まれた。
ドン! ドォン!
重い石像三体が、そのまま壁へ叩きつけられる。
表面の石の鎧には、あちこちに亀裂が走っていた。
「おお……」
俺は思わず声を漏らした。
「水って、あんな使い方もできるんだな」
「水を強くぶつければいいだけじゃないですか?」
ルナが当然みたいに首を傾げた。
……そんな簡単な話なのか?
……父さんは一体、ルナにどれだけの魔法を教えたんだろう。
97階層では、魔物はほとんど現れなかった。
その代わり罠が多かった。
床が抜け、
壁から槍が飛び出し、
天井から岩が落ちてくる。
むしろガイルさんとセリアさんが最も活躍した階層だった。
「止まれ!」
ガイルさんが突然手を上げた。
ルナが足を止める。
「どうしたんですか?」
「お前の前の床を見ろ」
よく見ると、石の色がわずかに違っていた。
ガイルさんが小さな石を投げる。
コツ。
次の瞬間。
ドォン!!
床が丸ごと崩れ落ちた。
「……」
ルナが静かに一歩後ろへ下がった。
「ガイルさん……」
「なんだ?」
「ここでは先に歩いてください」
「……分かった」
98階層。
ここからは、不気味なくらい静かだった。
魔物もほとんどいない。
罠もない。
ただ巨大な石の道だけが、真っ直ぐに続いていた。
「……おかしいな」
ガイルさんが言った。
「何がですか?」
「何もなさすぎる」
セリアさんも弓を構えたまま周囲を見回す。
「私もそう思う。むしろ不安になるくらい……」
俺たちは歩き続けた。
かなりの時間歩いたが、本当に何も現れない。
そして、その先に――
巨大な石の扉があった。
【99】
「……」
今回はルナもすぐには駆け寄らなかった。
ガイルさんとセリアさんが立ち止まる。
俺も数字を見つめた。
99階層。
30年前、
Sランクパーティーが到達したという場所だ。
「……ここが」
ガイルさんがゆっくり口を開いた。
「30年前、Sランクパーティーが最後に到達した階層だ」
ルナが扉を見上げる。
「その人たちは、ここまで来て戻ったんですか?」
「記録上はそうなってる」
「どうしてですか?」
「俺が知るわけないだろ」
ガイルさんが短く答えた。
「生きて帰った奴らも、理由についてはほとんど語らなかったらしい」
セリアさんが扉を見つめた。
「そして、それからは……ここまで再び到達したパーティーもいない」
急に、その扉が今までとは違って見えた。
ここまで何枚もの扉を開けてきた。
でも、この扉だけは――
なぜか簡単に触れてはいけないような気がした。
ルナもしばらく何も言わなかった。
やがて。
「……それでも」
ルナが俺を見る。
「ここまで来たんですから、確かめないとですよね?」
俺は頷いた。
「ああ」
ガイルさんが俺たちを見る。
そして少し考えたあと、口を開いた。
「分かった」
彼は剣を握った。
「でも、少しでもおかしいと思ったらすぐに退くぞ」
「はい!」
今回ばかりは、ルナもふざけた返事をしなかった。
俺たちはゆっくりと99階層の扉へ近づいていく。
ギィィィ……。
30年間、誰にも再び開かれることのなかった――
99階層の扉が、ゆっくりと開き始めた。




