ダンジョンで初めての野営です!
「お兄様~!」
ルナの目が輝いていた。
いや……。
あれはもう、輝いているなんてレベルじゃない……!
今にも森の中へ飛び込んでいきそうな目だった。
ガイルさんがルナの肩に手を置いたまま言った。
「とにかく、勝手に入っちゃダメだ。51階層からは今までと全然違うって言っただろ?」
「でも、普通の森にしか見えませんよ?」
「そこが問題なんだよ」
ガイルさんは目の前に広がる森を見つめた。
「通路が決まってた上の階層と違って、ここから先は道に迷いやすい。それに、魔物も隠れながら動くことが多いしな」
セリアさんも頷いた。
「木が多いから視界も狭くなるし、地形も複雑だしね」
「う~ん~~~」
ルナは少し考えるような仕草をしたあと、言った。
「じゃあ、道に迷わなければいいんですね?」
「……そんな単純な話じゃないんだけどな」
ガイルさんの顔が、もうすでに疲れて見える。
俺はもう一度、森を見た。
やっぱりおかしい。
いや、不思議だ。
確かにダンジョンの中なのに、風が吹いている。
木も本物だ。
地面に生えている草もそうだし、土の匂いまでしている。
しかも遠くからは、水が流れる音まで聞こえてきた。
「不思議だな……」
俺が呟くと、セリアさんが言った。
「私たちも実際に見るのは初めてだよ」
「お二人もですか?」
「私たちは39階層までしか行ったことないからね」
あ。
そういえばそうだった。
ガイルさんはギルドでもらった簡単な地図を取り出した。
「深い階層については記録でしか知らない。51階層は森、52階層も似た地形だって書いてある」
「じゃあ53階層は?」
ルナがすぐに聞いた。
「そこまでは詳しい記録がない」
「おおっ!」
なんで余計に嬉しそうなんだ?
「ちゃんと分かってない場所ってことですね!」
「そこを喜ぶなって……」
結局、俺たちは51階層へ入ることになった。
扉を抜けた瞬間、本当にダンジョンの外にある森へ入ったような感覚がした。
足元には柔らかい土が広がっていて、
左右には俺の身長の何倍もある木々がぎっしりと並んでいる。
葉の隙間から青い光が降り注いでいた。
ルナはずっと周囲を見回している。
「お兄様、あそこに花もありますよ~!」
「ほんとだ」
「キノコもあります!」
「勝手に食べるなよ」
「食べませんよ!」
……さっきからずっとキノコの方見てるけど?
ガイルさんは木の幹に小さな印を残した。
「こうやって通った場所に印をつけておこう」
「いいですね」
「それと、あまり離れるなよ。森じゃ数歩離れただけで姿が見えなくなることもあるからな」
そうして俺たちは、ゆっくりと森の中を進んだ。
最初は静かだった。
鳥のような生き物が木の上で鳴き、
小さな動物たちが草むらの間を走り抜けていく程度だった。
「本当に普通の森みたいですね」
俺が言うと、セリアさんが笑った。
「普通の森にBランク上位の魔物がうろついてるとは思えないけどね」
「そ、それはそうですね」
そうだ。
ここは51階層だ。
絶対に気を抜いちゃいけない。
その時だった。
ガサッ。
右側の茂みから音がした。
セリアさんがすぐに弓を構える。
ガイルさんも剣に手をかけた。
俺も音のした方を見る。
草むらの間から、何かがゆっくりと姿を現した。
「……鹿?」
ルナが首を傾げた。
見た目は確かに鹿に似ていた。
でも、角がおかしい。
枝のように分かれた角全体が、緑色に光っている。
体も普通の鹿よりずっと大きかった。
「フォレストディアだ」
ガイルさんが小さく言った。
「Cランクの魔物だ。森の中を素早く動くし、あの角で魔法まで使う」
「鹿が魔法を使うんですか?」
ルナが興味深そうに杖を構えた。
その瞬間、フォレストディアの角が明るく輝いた。
ザザザッ!
地面から太い蔓が一気に伸びてきた。
「っ!」
ガイルさんが後ろへ下がる。
蔓が足首に巻きつこうとしていた。
セリアさんが矢を放つ。
ヒュッ!
だが、フォレストディアは素早く横へ跳んで避けた。
速い!
「わあ、本当に鹿みたいですね!」
ルナは感心していた。
今それに感心してる場合か?
フォレストディアがもう一度角を光らせる。
今度は何本もの蔓が一斉に飛んできた。
ルナが杖を前へ向けた。
「《フレイムバースト》!」
ゴォッ!
炎が広がり、蔓を一瞬で焼き払った。
そして。
「えっ?」
炎はそのままフォレストディアの方へまで広がっていった。
「ちょっと、ルナ!」
「あっ!」
ルナが慌てて魔法を止めた。
フォレストディアは尻尾に少し火をつけたまま、森の奥へ逃げていった。
「……」
「……」
しばらく沈黙が流れた。
ルナが小さく言った。
「逃げちゃいましたね」
「お前、危うく焼き上げるところだったぞ」
「わざとじゃないです!」
「もう少し魔法を弱くしてくれ」
「今のもすごく弱くしたんですけど……」
セリアさんが小さく笑った。
「でも、あれならちゃんと加減できてたんじゃない?」
「……?」
ガイルさんは信じられないという顔をしていた。
「うん。39階層で使ってた魔法より、ずっと弱かったし」
「……」
ガイルさんは何も言わなかった。
俺たちは再び森の奥へ進んだ。
少し歩くと、今度は小さな小川が見えてきた。
澄んだ水が石の間を流れている。
ルナがすぐに駆け寄った。
「お水です~!」
「待て、飲むなよ」
「飲みません!」
……飲まないなら、なんで手ですくってるんだ?
ガイルさんが水を確認したあと、言った。
「毒はなさそうだけど、ダンジョンの中じゃ確実じゃないものは口にしない方がいい」
「は~い」
ルナは名残惜しそうに手を払った。
するとその時、ルナが俺の肩をトントンと叩いた。
「お兄様~」
「ん?」
「あそこ見てください……!」
ルナが小川の向こうを指さした。
赤い実がたくさんなっている小さな木が見える。
「食べられますか?」
「結局それか」
ガイルさんはその実を見て、少し記憶を探るようにした。
「たぶんレッドベリーだな」
「食べられるんですか?!」
「うーん……食べられたと思うけど……」
「行ってきます!」
「待て!」
ルナはもう小川を渡っていた。
俺はため息をつきながら、そのあとを追った。
ルナは木の前にしゃがみ込み、実をじっと見つめている。
「きれいですね!」
「食べないで待てよ」
「分かってます~」
少し遅れてやってきたガイルさんが言った。
「レッドベリーはダンジョンの外でもけっこう高く売れる。甘いし、体力回復にもいいって言われてるな」
「高いんですか?」
ルナの目つきが変わった。
「どれくらい高いんですか?」
「……食べることより大事なものがあったんだな」
「どっちも大事です!」
そうなんだ……。
俺たちはレッドベリーを少し摘み、鞄に入れた。
一つくらい食べてもいいと言われた瞬間、ルナはすぐに口へ放り込んだ。
「……!」
目を大きく見開く。
「お兄様!」
「うん」
「すごく美味しいです!」
「そうなの?」
俺も一つ食べてみた。
最初に酸味が広がって、そのすぐあとに甘さがやってくる。
確かに美味しいな~。
「これ、もっと持っていってもいいですか?」
ルナが聞くと、ガイルさんは周囲を見回した。
「あまり欲張るなよ。鞄の容量も考えないと」
「うーん……」
ルナが急に真剣な顔になった。
鞄の中を見て、
レッドベリーを見て、
もう一度鞄を見る。
「お兄様……」
「なに?」
「服を少し捨てたら、もっと入るんじゃないでしょうか?」
「ダメ」
「でも~!」
「ダメだって」
結局、レッドベリーはほどほどに持っていくことになった。
もう少し進むと、広い空き地が見えてきた。
大きな木々が周囲を囲んでいるせいか、風もあまり入ってこない場所だった。
ガイルさんが周囲を確認する。
「ふぅ~。今日はここで休もう」
「もうですか?」
ルナが残念そうな声を出した。
「今日一日だけで、もう50階層まで降りてきたんだぞ」
ガイルさんがきっぱりと言った。
「元々の目標は45階層だった。これ以上進むのは明日からだ」
ルナは森の奥を見つめた。
まだ名残惜しそうだ。
だが、少しすると、
「じゃあ夕飯にしましょう!」
と言って、すぐに機嫌が直った。
俺たちは空き地の端に荷物を下ろした。
セリアさんが乾いた枝を集め、
ガイルさんが周囲を確認する。
俺とルナは食料を取り出した。
パン。
燻製肉。
チーズ。
そして銀月亭から持ってきた肉のサンドイッチ。
ルナはそこに、さっき採ったレッドベリーまで並べた。
「今日の夕飯は豪華ですね!」
「ダンジョンの中でこれなら、確かにそうだな」
俺はサンドイッチを一つ手に取った。
森の中で食べているせいか、いつもより美味しく感じる。
ガイルさんは焚き火のそばに座り、静かにサンドイッチを食べていたが、ふと口を開いた。
「……実は」
「はい?」
「朝出発した時は、今日は20階層あたりで野営すると思ってたんだ」
セリアさんが笑った。
「私も」
「それが今は51階層だからな……」
ガイルさんがぼんやりと森を見つめた。
「今でもちょっと信じられない」
ルナはレッドベリーをもう一つ食べながら言った。
「明日はもっとたくさん降りればいいですね!」
「そ、そうだな」
ガイルさんが俯いた。
俺は笑いながら、森の向こうを見つめた。
暗くなってはいない。
けれど、青い光を放っていた天井の光が、さっきより少し弱くなった気がする。
まさか、ここにも夜があるのか?
遠くから、低く長い鳴き声が響いた。
その声に呼応するように、森のあちこちから別の鳴き声も続いていく。
……やっぱりここは、ただのダンジョンの一階層とは思えないくらい、一つの巨大な森みたいだった。
そして明日からは、
この森のさらに奥へ入っていくことになる。
私もダンジョンに入ってみたいですね……。(笑)




