目標だった40階に、もう到着してしまいました!
30階の階層守護者、ブラックファングを倒したあと、俺たちは少し休憩してからすぐに31階へ降りた。
目標は40階!
できれば45階まで。
そして予定期間は、一週間ほどだった。
なのに今は……。
「ガイルさん……」
「なんだ?」
「今日中に40階まで行けるかもしれませんね……?」
俺がそう言うと、ガイルさんはしばらく何も言わなかった。
「……本来なら、あり得ない話なんだが……」
「ですよね?」
「だが、お前たち二人を見ていると、行けるとしか思えなくなってきた……」
隣でセリアさんが笑った。
「ガイルが『無理だ』って言えなくなってる~」
「う、うるさい」
31階からは、明らかに魔物の数が増えた。
浅い階層では三、四匹ほどだった魔物が、今では六匹、七匹とまとまって現れる。
そして少し進むと、通路の奥から赤い肌をした巨大なオークたちが姿を現した。
「ハイオークだ」
セリアさんが弓を構える。
「五匹いるね」
「ブオオオオッ!」
ハイオークたちが大きな武器を手に、一斉に走ってきた。
俺も剣を抜こうとしたが、
「今度は私がやります!」
ルナが先に前へ出た。
昨日買ったばかりの杖を、両手で握っている。
「ルナ!」
「はい?」
「あんまり強くやりすぎるなよ」
「分かってますよ~」
……どうして全然安心できないんだろう。
ルナが杖を前へ向けた。
「《フロストプリズン》!」
パキパキパキパキッ!
瞬く間に、床を這うように氷が広がっていった。
走ってきたハイオークたちの足が凍りつく。
だが、それだけでは終わらなかった。
脛。
膝。
腰。
あっという間に五匹全員の下半身が氷の中へ閉じ込められてしまった。
「ブオッ?!」
「ブオオオッ!」
ハイオークたちは必死に体を動かそうとしたが、びくともしない。
ルナが満足そうに笑った。
「できました!」
「……」
ガイルさんとセリアさんが、同時に凍りついたハイオークたちを見つめた。
「ガイル」
「なんだ」
「あの魔法って、元々あんな広範囲を凍らせるものだったっけ?」
「……違ったはずなんだがな」
また二人が変な顔をしている。
俺は動けなくなったハイオークたちへ近づいた。
「じゃあ、片付けるね」
「はい!」
数度剣を振るうだけで、戦闘はすぐに終わった。
その後も似たようなものだった。
32階では毒針を飛ばす巨大な虫型の魔物。
33階では群れで行動するコボルトの戦士。
34階では岩のように硬い体を持つゴーレム。
ゴーレムが現れた時には、ルナがまた楽しそうに杖を持ち上げた。
「今度はこれも使ってみたいです!」
「何?」
「《グランドスパイク》!」
ドォン!!
ゴーレムの足元から巨大な石柱が突き上がった。
そして……。
「……え?」
ゴーレムの巨体がそのまま上へ跳ね飛ばされた。
ズドン!!
床へ落ちたゴーレムの体に、バキバキと亀裂が走る。
ルナが目を瞬いた。
「思ったよりよく飛びますね?」
「ルナ……」
「はい?」
「あれ、素材として売るんじゃなかった?」
「あっ」
今思い出したのか。
ルナは砕けたゴーレムの肩部分を見た。
「で、でも、ほとんどは無事ですよ!」
「ほとんどって言うには結構割れてるけど……」
セリアさんが笑った。
「まあ、それでもギルドなら買い取ってくれると思うよ」
「よかった~!」
36階では、道が三つに分かれていた。
ガイルさんが古びた地図を取り出す。
「ここから少し構造が複雑になる」
「道が変わることもあるんですか?」
ルナが尋ねた。
「ああ。ダンジョンは一定期間が経つと、一部の構造が変化すると言われている」
「不思議ですね!」
ガイルさんが地図を見ている間に、セリアさんが正面の通路を指差した。
「あそこ、印があるよ」
壁には、かすかな矢印のような傷が残されていた。
「他の冒険者が残したものか?」
「たぶんね」
ガイルさんが少し考える。
「正面へ行こう。少しだけ確認して、妙ならすぐ戻る」
セリアさんが一瞬だけガイルさんを見た。
「なんだ?」
「ううん」
セリアさんが少し笑う。
「今回は本当に慎重だね」
「……そうするって言っただろ」
正面の道は、運よく近道だった。
おかげで俺たちは37階、38階を素早く抜けることができた。
そして39階。
階段を降りた瞬間、ガイルさんとセリアさんの雰囲気が変わった。
二人とも、いつも以上に慎重に周囲を警戒している。
「何かあるんですか?」
俺が尋ねると、ガイルさんは少し黙った。
「前回、俺たちが無理をしたのがこの階だ」
あ。
ブランさんとリネアさんが怪我をした場所。
ルナもすぐに気づいたのか、いつもより静かになった。
セリアさんが言った。
「その時は、ここで魔物が一気に押し寄せてきたの」
ガイルさんが剣の柄を強く握る。
「セリアは戻ろうと言った。ブランも同意してた」
「……」
「だが、俺がもう少しだけ進もうと言ったんだ」
ガイルさんは前を見たまま言った。
「でも今回は、絶対に同じことはしない」
その時だった。
ズシッ。
ズシッ。
前方の暗闇から、重い足音が響いた。
一匹。
二匹。
三匹。
四匹。
大きな角。
灰色の肌。
人間の倍はありそうな巨体。
「ミ、ミノタウロス!」
セリアさんが弓を構えた。
ガイルさんの表情も固くなる。
「前回も、こいつらが出た」
「四匹もいたんですか?」
「ああ……!」
ミノタウロスたちが巨大な斧を構えた。
「ブオオオオオオ!!」
ガイルさんがすぐに言った。
「無理はするな! 危険だと思ったらすぐに下がれ!」
「はい」
その言葉を聞いて、セリアさんの表情がほんの少しだけ和らいだ。
ミノタウロスたちが走り出す。
俺は剣を構えた。
だが、その横からルナが前へ出た。
「お兄様」
「ん?」
「今回も私がやってみてもいいですか?」
「なんで?」
ルナが新しい杖を持ち上げる。
「今回も新しい魔法をお見せします~!」
杖の先端に青い光が走った。
「《サンダーレイン》!」
ゴロゴロゴロゴロ――!!
「なに?!」
ガイルさんが驚いて天井を見上げる。
頭上に生まれた青い光が、そのまま次々と落下した。
ドォン!
バリバリッ!
雷が連続してミノタウロスたちを襲う。
「ブオオオオッ?!」
奴らは悲鳴を上げながら大きくよろめいた。
そして数秒後。
雷が止んだ。
ミノタウロス四匹は、全て床に倒れている。
周囲の地面も、ところどころ黒く焦げていた。
「……」
ルナが強力な魔法を使うところを見るのも、久しぶりな気がする。
まあ、この程度ならルナにとっては初級魔法なんだけど。
ルナは杖を見下ろしながら満面の笑みを浮かべた。
「新しい杖、本当にいいですね!」
「ルナ」
「はい?」
「今のは何だったんだ?」
「サンダーレインですよ~」
「それって上級魔法じゃないのか……?」
「そうなんですか?」
「……『そうなんですか?』って?!」
ガイルさんがルナの言葉をそのまま繰り返した。
セリアさんが吹き出す。
そうして俺たちは、またしてもあっさり(?)39階を突破した。
そしてついに。
下へ続く階段の前、その壁には大きな数字が刻まれていた。
【40】
「着きました!」
ルナが嬉しそうに言った。
ガイルさんは何も言わず、その数字を見つめていた。
前回は越えられなかった場所。
そして今回の攻略における、最初の目標。
ガイルさんがゆっくり息を吐いた。
「……本当に来ちまったな」
セリアさんが言った。
「そうだね」
「しかも初日で……」
ガイルさんが俺たちを見る。
「本当なら、ここまで来るのに何日か見積もってたんだがな」
「じゃあ、予定より早く着きましたね」
俺がそう言うと、ガイルさんは呆れたように笑った。
「『早くなった』って程度じゃないだろ?」
ルナはもう40階へ続く階段を見つめていた。
「ガイルさん!」
「なんだ?」
「40階にも階層守護者がいるんですよね?」
「ああ」
「強いですか?」
「30階の奴よりずっと強い」
「わあ~!」
また楽しそうな顔をしてる。
ガイルさんはそんなルナを見て、小さく笑った。
そして剣を抜いた。
「よし」
「行きましょう!」
俺たちは並んで40階へ降りていった。
本来なら一週間を想定していたダンジョン攻略。
その最初の目標へ、
俺たちは初日だけで辿り着いてしまった。
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