ダンジョン攻略が、思ったより速すぎます!
翌朝。
俺はいつもより少し早く目を覚ました。
今日はついに、ダンジョンへ入る日だ!
山で暮らしていた頃、洞窟に入ったことなら何度もある。
でも、“ダンジョン”という場所に入るのは初めてだった。
魔物が次々と現れて、階層ごとに構造も違い、運がよければ宝箱まで見つかるらしい。
正直に言えば、めちゃくちゃ楽しみだ。
そして俺の隣では……。
「お兄様!」
「うん」
「これくらいあれば十分ですよね?」
ルナがベッドの上いっぱいに並べた食べ物を指差した。
パン。
燻製肉。
ドライフルーツ。
チーズ。
昨日、市場で買った果物。
それに銀月亭の厨房へ頼んで作ってもらった肉のサンドイッチまで。
「……俺たち、一週間くらい潜る予定なんだよね?」
「はい!」
「でも、ちょっと食べ物が多すぎない?」
「ダンジョンでは何が起こるか分からないじゃないですか!」
それにしても、どうしてルナの荷物はほとんど食べ物なんだ?
「水は?」
「持ちました!」
「新しく買った杖は?」
「持ちました!」
「着替えは?」
「持ちました!」
「よし」
「それからおやつも持ちました!」
「……それは聞いてないけど」
ルナは満足そうな顔で、荷物を次々と鞄へ詰めていった。
ちなみに昨日買った“魔法の杖”というのは、魔法をより強力に使いやすくするための道具だ。
長さはルナの肩辺りまであり、高級な素材が使われているため、ものすごく高かった。
金貨20枚……。
まあ、ルナが「これをずっと使います!」と言って聞かなかったので、思い切って買ったわけだけど……かなり気に入ったらしい。
後から理由を聞いてみたら、
「格好よかったからです!」
とのことだった。
……それだけ?
それはともかく、俺たちにはアイテムボックスみたいな便利な能力があるわけでもない。
結局、それぞれ自分の荷物は鞄に入れて背負うしかなかった。
幸い、ルナが選んだ食料のほとんどは、それほどかさばるものではない。
「準備できました!」
「じゃあ行こう」
俺たちは銀月亭を出た。
待ち合わせ場所はラグナの東門前だ。
到着すると、ガイルさんとセリアさんはすでに待っていた。
ガイルさんは剣と軽めの金属鎧を身につけ、セリアさんは弓と矢筒を背負っている。
「来たな」
ガイルさんが手を上げた。
「おはようございます」
「おはようございます~!」
「準備はできたか?」
「はい!」
ルナが元気よく答えた。
するとセリアさんがルナの鞄を見た。
「……結構重そうだけど?」
「食べ物をいっぱい持ってきました!」
「やっぱり」
もうルナのことを理解してるんだ。
ガイルさんは笑っていたが、すぐに真剣な表情へ戻った。
「出発する前に、一度だけ確認しておこう」
「はい」
「今回の目標は40階を越えること。できれば45階までだ」
ガイルさんは俺たち全員を一人ずつ見た。
「ただし、誰か一人でも危険だと判断したら、その時点ですぐ撤退する」
「分かりました」
「はい!」
セリアさんも頷いた。
「今回はその約束、絶対守ってよ」
「分かったって言っただろ……」
ガイルさんの表情がほんの一瞬だけ固くなった。
昨日聞いた話のことだろう。
俺はあえて何も言わなかった。
そうして俺たちは東門を出た。
ラグナダンジョンは、街から東へ一時間ほど歩いた場所にある。
街道を進むにつれ、徐々に冒険者の姿が増えていった。
剣や槍を持った人。
巨大な盾を背負った人。
魔法使いらしいローブ姿の人。
ダンジョンへ向かっている冒険者もいれば、大きな袋や魔物の素材を持ってラグナへ帰っていく者もいた。
「人が多いですね~」
ルナが言った。
「ラグナダンジョンはかなり有名だからね」
セリアさんが答える。
「浅い階層なら、初心者の冒険者もよく利用してるよ」
「ダンジョンで倒した魔物も、ギルドで買い取ってもらえるんですか?」
「もちろん」
「おお!」
また目が輝いてる……。
しばらくすると、
遠くに巨大な石造りの門が見えてきた。
山のふもとに、巨大な口を開けたような黒い入口。
その手前には小さな広場まで作られている。
露店や装備品を売る店が並び、冒険者たちがパーティーを組んだり、荷物を整理したりしていた。
そして入口の横には、大きな石碑が一つ立っていた。
【ラグナダンジョン】
【確認済み最深到達階層――99階】
【完全攻略記録――なし】
「99階までは行った人がいるみたいですよ!」
ルナが言った。
ガイルさんが頷く。
「30年前、Sランクパーティーが一度だけ到達したと言われている」
「じゃあ100階のすぐ手前まで行ったんですね?」
「ああ」
「どうして入らなかったんですか?」
「正確な理由は分かっていない」
代わりにセリアさんが答えた。
「当時の生存者たちも詳しいことはほとんど話さなかったらしいよ。それ以降、90階を越えたパーティー自体がほとんどいないの」
「ふむぅ……」
ルナは石碑を見上げている。
その顔を見る限り……。
まさか、100階まで行ってみたいとか考えてないよな?!
「ルナ」
「はい?」
「今日の目標は45階だからね?」
「私、何も言ってませんけど?」
「顔に全部出てる……」
「え~」
やっぱり残念そうだ……。
入口で冒険者登録証を確認してもらい、俺たちはダンジョンの中へ入った。
初めて入るダンジョンは、思っていたより明るかった。
壁には一定の間隔で、光を放つ鉱石が埋め込まれていたからだ。
「不思議ですね」
ルナが壁へ手を伸ばそうとする。
「触るな」
ガイルさんがすぐに止めた。
「ダンジョン内部で生成された鉱石や構造物は、むやみに触らないほうがいい。急に魔力の流れが止まったり、罠が作動したりすることもあるからな」
「あっ」
ルナは慌てて手を引っ込めた。
「分かりました」
ガイルさんが先頭を歩き、その後ろを俺が進む。
ルナとセリアさんが後方を担当した。
最初の数階は、確かに簡単だった。
1階。
ゴブリンが三匹。
「来るぞ!」
ガイルさんが剣を抜いた。
俺も剣へ手を伸ばした。
だが……。
ヒュッ!
一本の矢が飛んだ。
ドスッ!
先頭にいたゴブリンの額へ正確に突き刺さる。
「一匹」
セリアさんが静かに言った。
おお~。
速い。
残った二匹はガイルさんが片付けた。
攻撃をかわしながら一匹を斬り、振り返る勢いのままもう一匹も仕留める。
やっぱりCランクパーティーのリーダーだけあって、かなり戦い慣れているみたいだ。
「この程度なら問題ないな」
ガイルさんが剣についた血を払った。
「先へ行こう!」
2階。
グレイウルフが四匹。
今度は俺が前へ出た。
一匹が飛びかかってくる。
体を横へずらしながら剣を振った。
ドゴッ!
今回は剣の峰で脇腹を殴った。
グレイウルフはそのまま壁まで吹き飛んだ。
「……」
ガイルさんが動きを止める。
「どうしました?」
「いや」
彼は倒れたグレイウルフを見た。
「ただ……思ったより力があるんだなと思って」
「お兄様は元々力が強いですよ!」
ルナが後ろから言った。
残りもすぐに片付いた。
その後も、
3階。
4階。
5階。
魔物は次々と現れたが、特に苦戦するような相手はいなかった。
ゴブリン。
コボルト。
グレイウルフ。
ホーンラビット。
たまにロックリザードも出てくる。
そして7階辺りで、初めて罠が現れた。
ガイルさんが突然手を上げた。
「止まれ」
全員が足を止める。
「前に罠がある」
「どこですか?」
ルナが首を傾げた。
ガイルさんが床を指差す。
よく見ると、一枚の石だけが周りよりほんの少し沈んでいた。
「あれを踏むと、壁から矢が飛んでくる」
「おお」
「横から避けて通ろう」
するとルナが尋ねた。
「矢って、どこから出るんですか?」
「あそこの壁に小さな穴があるだろ?」
「はい」
ルナが指を上げた。
「じゃあ、塞いじゃえばいいんじゃないですか?」
「は?」
「《アースウォール》!」
ゴゴゴゴッ!
壁の前に、分厚い土の壁がせり上がった。
「……」
ガイルさんとセリアさんが同時に土壁を見る。
ルナが問題の石を踏んだ。
カチッ!
シュシュシュシュシュッ!
壁から大量の矢が飛び出した。
だが、すべて土壁へ突き刺さった。
「できました!」
ルナが笑った。
「……」
ガイルさんはしばらく何も言わなかった。
「どうしました?」
「普通は罠をそんな方法で解除しない」
「楽ですよ?」
「それはそうなんだが……」
セリアさんが笑った。
「ガイル、もう受け入れなよ~」
「……?」
「これからもっと驚くことになりそうだし」
10階へ到着すると、小さな広場が現れた。
そして中央には、他の魔物よりはるかに大きなオークが一匹立っていた。
ガイルさんが説明する。
「10階ごとに階層守護者が出る」
「ボスみたいなものですか?」
「そんなところだ」
オークが巨大な斧を持ち上げる。
「ブオオオオオ!」
ガイルさんが剣を構えた。
「今度は俺が――」
ドンッ!
その瞬間、オークが消えた。
いや。
正確には、横の壁へ叩きつけられていた。
ルナが片手を突き出したまま瞬きをする。
「え?」
「……ルナ」
「はい~?」
「何をしたんだ?」
「風で押しただけですけど?」
「……」
オークは壁からゆっくりずり落ちた。
動かない。
ガイルさんは口を開けたまま、オークとルナを交互に見た。
「今のが……階層守護者だったんだが……」
「すごく弱いんですね~」
「いや……」
セリアさんがガイルさんの肩を叩いた。
「だから受け入れろって」
そうして10階を突破した。
そして、進む速度はさらに上がっていった。
11階。
12階。
13階。
魔物に出会えば、俺が片付けるか、ルナが魔法で吹き飛ばす。
ガイルさんとセリアさんも最初は積極的に戦っていたが、いつの間にか俺たちが先に処理することのほうが多くなっていた。
15階へ到着したところで、
「ここで少し休もう」
ガイルさんが言った。
ルナが首を傾げる。
「もうですか?」
「もうって……」
ガイルさんが呆れた顔をした。
「ダンジョンに入ってから結構経ってるぞ」
「私、まだ全然疲れてませんけど」
「俺も大丈夫です」
俺が言うと、ガイルさんは俺たち二人を交互に見た。
「……本当に?」
「はい」
セリアさんも少し息は上がっていたが、まだ問題なさそうだった。
ガイルさんは少し考えた。
「それでも休んでおこう。体力が残っているうちに休むのも、ダンジョンでは重要だからな」
「分かりました」
確かに、その通りだと思う。
俺たちは壁際へ座った。
するとルナが待ってましたと言わんばかりに鞄を開いた。
「やっと……!」
ルナはサンドイッチを四つ取り出し、俺たちへ一つずつ配った。
「どうぞ!」
「おっ」
ガイルさんが一口食べる。
「うまいな」
「銀月亭で作ってもらいました!」
セリアさんも驚いた顔をした。
「保存食よりずっと美味しいね~」
「ですよね?!」
ルナはものすごく得意げだった。
やっぱりダンジョンの準備より、食事の準備のほうが重要だったんじゃないだろうか。
少し休んだ後、俺たちは再び出発した。
そうこうしているうちに到着した20階。
階層守護者は、鎧を身につけた巨大なオーガだった。
今度はガイルさんとセリアさんが先に戦った。
セリアさんの矢がオーガの関節を正確に狙い、その隙をガイルさんが突く。
ドン!
オーガの斧が床へ叩きつけられた。
ガイルさんが横へ転がって避ける。
「セリア!」
「分かってる!」
一本の矢がオーガの目の前をかすめた。
奴が反射的に顔を向けた瞬間、ガイルさんが脚を斬った。
おお。
二人とも息がぴったりだ。
やっぱり長い間、一緒に戦ってきたパーティーなんだな~。
だが、オーガは簡単には倒れなかった。
「グアアアアッ!」
傷を負ったまま、大きく斧を振り回す。
ガイルさんが受け止めようとした瞬間。
俺は前へ出た。
ガンッ!
剣で斧を受け止める。
「……!」
ガイルさんが目を見開いた。
オーガがさらに力を込めてくる。
でも、特に重くはなかった。
「ふっ」
そのまま斧を押し返す。
オーガの体勢が大きく崩れた。
そして胸元を剣の峰で殴る。
ドゴォッ!
「グアッ!」
オーガは何歩も後ろへ吹き飛ばされ、そのまま倒れた。
「……」
また静かになった。
「リオン」
ガイルさんが呼んだ。
「はい?」
「もしかして……今、力を加減したのか?」
「はい」
「そ、そうか」
どうしてさらに変な顔になるんだ?
セリアさんはもう笑いを隠そうともしていなかった。
「ぷっ、ガイル!」
「何だよ」
「その顔、面白い」
「今笑うところか?」
「ちょっとだけ?」
こうして20階も難なく(?)突破した。
25階。
27階。
29階。
徐々に魔物の数も増え、種類も強くなっていく。
だが、不思議なことにあまり大変だとは感じなかった。
「お兄様~」
「ん?」
「あそこ、階段ですよ!」
ルナが前を指差した。
30階。
俺たちは思ったよりずっと早く到着していた。
30階の階層守護者は、巨大な黒い狼だった。
体格は普通のグレイウルフの三倍ほどもある。
「ブラックファングだ」
ガイルさんが言った。
「Cランク上位の魔物だ。気をつけろ」
「グルルルル……」
ブラックファングが低く身を構えた。
速い。
今までの魔物とは明らかに違った。
一瞬視界から消えたかと思うほどの速度で横へ移動し、そのままセリアさんへ飛びかかる。
「セリア!」
ガイルさんが叫んだ。
だが、それよりルナのほうが早かった。
ルナが昨日買ったばかりの杖をブラックファングへ向ける。
「《エアリアルキャノン》!」
ドォン!!
圧縮された風の砲弾が、ブラックファングの体を正面から貫いた。
巨体が大きく後ろへ弾き飛ばされ、傷口から溢れた血が床を赤く染めていく。
そのまま何度か床を転がったブラックファングは、二度と動かなかった。
「……」
ガイルさんとセリアさんが同時に固まった。
ルナは新しい杖を下ろしながら首を傾げた。
「思ったより弱いですね?」
「……」
二人はまた何も言えなくなった。
ルナはすぐにブラックファングのところへ駆け寄った。
「お兄様!」
「何?」
「これ、売ったら高いですよね? ちょっと傷んじゃいましたけど」
「……たぶん」
「やっぱりダンジョンって最高ですね~!」
「…………」
30階の階層守護者を倒し、俺たちは少し休憩することにした。
ガイルさんが壁にもたれ、水を飲んでいる。
「……おかしい……」
「何がですか?」
俺が尋ねると、ガイルさんがこちらを見た。
「お前たち二人だよ」
「俺たち?」
「全然疲れてないじゃないか」
「まだ平気ですけど」
「私もです!」
ルナがサンドイッチを食べながら答えた。
ガイルさんが額を押さえる。
「普通は30階まで降りてきたら、かなり疲れてるんだ」
「そうなんですか?」
「当たり前だ!」
セリアさんが笑った。
「私たちは前回、ここまで来るだけでほぼ一日かかったんだから」
「……え?」
今度は俺が驚いた。
「そんなにかかるんですか?」
ガイルさんとセリアさんが同時に俺たちを見た。
「普通はそうだ!」
……そうだったのか。
俺は今まで、普通の速度で進んでいるつもりだった。
ガイルさんがため息をつきながら時刻を確認する。
「まだ昼を少し過ぎたくらいなのに……」
「じゃあ、まだまだ進めますね!」
ルナが即答した。
「……」
ガイルさんはしばらく黙った。
セリアさんが笑いながら尋ねる。
「どうするの、リーダー?」
ガイルさんはしばらく、31階へ続く階段を見つめた。
そしてゆっくり立ち上がる。
「よし……進むぞ」
だが、すぐに俺たちを見て付け加えた。
「ただし、無理はしない!」
「はい!」
「分かりました」
ガイルさんが小さくため息をついた。
「この速度なら……今日中に40階へ着くかもしれないな」
こうして俺たちは、とんでもない速度でダンジョン攻略を再開した。
ダンジョン最高~~!




