Cランクパーティー《紅狐》に、ダンジョン攻略を頼まれました!
「……ブラン」
「何だ」
「本当に大丈夫なのか?」
「さっきから何回聞くつもりだ」
ベッドに横たわる大柄な男が、少し苛立った声で答えた。
右腕と脇腹には分厚い包帯が巻かれており、ベッドの横には普段使っている大きな盾が立てかけられている。
ブラン。
Cランク冒険者パーティー《紅狐》の盾役だ。
そして向かい側のベッドには、もう一人の女性が座っていた。
「私も大丈夫ですよ、ガイルさん」
「……リネア」
「本当です」
回復魔法使いのリネアは、努めて明るく笑った。
ブランよりは怪我が軽そうに見えたが、左脚には今も包帯が巻かれている。
しばらくはダンジョンどころか、冒険者としての依頼にも参加できない状態だった。
ガイルは二人を交互に見つめた後、黙り込んだ。
「……」
数日前。
《紅狐》はラグナダンジョンへ入った。
いつものように、四人で。
最初は何の問題もなかった。
だが、普段より少し深い階層まで降りたところで状況が変わった。
予想以上に魔物が多かったのだ。
セリアは撤退を提案した。
ブランもそれに賛成した。
だが、ガイルは――。
『これくらいなら、まだ押し切れる』
そう判断した。
あと少し。
次の階層まで。
その判断の結果が、今まさに目の前にあった。
撤退の途中で魔物の群れに襲われ、ブランは仲間たちを後方から守るために大怪我を負った。
リネアもまた、ガイルの指示を信じて行動した結果、怪我をしてしまった。
それなのに、ガイル自身は大した怪我もせずに帰ってきた。
その事実が何よりも彼の心に引っかかっていた。
「ガイル!」
ブランが呼んだ。
「……何だ」
「その顔、もうやめろ」
「どんな顔だ?」
「世界が終わったみたいな顔だよ。俺たちは大丈夫なんだから、少しは元気出せ」
「……」
ブランは無事な左手で頭を掻いた。
「もちろん、お前の判断が間違ってたのは事実だ」
ガイルの肩がわずかに揺れた。
「だからって、一生そんな顔してるつもりか?」
「……すまない」
「だから、その言葉ももうやめろって」
ブランがため息をついた。
「次はちゃんと判断しろ」
「……」
「それでいい」
その言葉は、かえってガイルの胸を痛めた。
怒鳴られたり、罵られたりしたほうが少しは楽だったかもしれない。
だが、ブランはいつもこういう男だった。
リネアも、ガイルを恨んでいるとは一度も言わなかった。
だからこそ、余計に申し訳なかった。
「ガイルさん」
リネアが慎重に口を開いた。
「私たちのせいで、パーティーを解散したりしないでくださいね」
「そんなつもりはない……」
「なら、それでいいです」
「だが……」
ガイルはそこで言葉を止めた。
また判断を間違えたら?
また誰かが傷ついたら?
そんな考えばかりが頭をよぎる。
その時、病室の壁に寄りかかっていた女性が口を開いた。
「だから、これからは私が止めた時くらいちゃんと聞いて」
金色に近い茶髪を短くまとめた女性。
《紅狐》の弓使い、セリアだった。
「……分かってる」
「今回の依頼の前にも、そう言ってたじゃない」
「今回は本当だ……!」
「信じてもいい?」
「……信じてもらえるならありがたい」
セリアはしばらくガイルを見つめた後、顔をそらした。
まだ怒りが完全に消えたわけではない。
当然だった。
あの時、最初に撤退を主張したのはセリアだったのだから。
だが、彼女はパーティーを離れなかった。
ただ以前よりもずっと冷静に、ガイルの判断を見極めようとしていた。
「そろそろ行こう」
セリアが言った。
「ブランとリネアも休まないといけないし」
「……ああ」
ガイルは席を立った。
病室の扉を開ける前に、もう一度二人を見る。
「また来る」
ブランが手を振った。
「次は果物でも持ってこい!」
「分かった」
リネアも小さく笑った。
「いってらっしゃい」
ガイルとセリアは治療施設を出た。
しばらく無言で歩いた後、セリアが尋ねた。
「それで」
「ん?」
「本当にまたダンジョンへ入るつもり?」
ガイルはしばらく答えなかった。
「……ああ」
セリアが足を止める。
「セリア。今回は本当に無理はしない」
「その言葉をどうやって信じろっていうの?」
「信じられないなら、お前が判断してくれていい」
「え?」
ガイルはセリアを真っ直ぐ見た。
「お前が危険だと判断したら、すぐに戻ろう」
「……」
「今度は絶対に、お前の言葉を無視しない……」
セリアはしばらく何も言わなかった。
やがて小さくため息をつく。
「もっと早くそうしてくれればよかったのに」
「……そうだな」
「……」
「すまない」
「その言葉も、もういいって」
セリアは再び歩き始めた。
「代わりに、次は行動で見せて」
「分かった」
二人が向かった先は冒険者ギルドだった。
ブランとリネアが抜けた今、二人だけでダンジョンへ入るのは現実的に難しい。
ガイルが前衛、セリアが後方支援を担当したとしても、防御役と回復役が同時に欠けてしまう。
最低でも二人。
できれば戦闘力の高い冒険者が必要だった。
「ギルドで臨時の仲間を探すつもり?」
セリアが尋ねた。
「ああ」
「私たちの事情を聞いて、それでも一緒に入ってくれる人がいると思う?」
「報酬を多めに分ければ……」
「そういう問題じゃないでしょ」
「……分かってる」
ガイル自身も分かっていた。
最近、《紅狐》がダンジョンで壊滅しかけたことは、すでにギルドにも知られている。
そのうえ、リーダーの判断ミスで二人が負傷したという話まで広まっている可能性も高い。
そんなパーティーに、誰が進んで加わろうとするだろうか。
ギルドへ到着したガイルは扉を開けた。
中はいつものように騒がしかった。
依頼を選んでいる冒険者。
酒を飲みながら話している者たち。
受付に並ぶパーティー。
ガイルは周囲を見回した。
「あれ?」
その時、セリアが誰かを見つけた。
「あの二人!」
「どこだ? 誰のことだ?」
セリアが視線で示した。
依頼掲示板の近く。
剣を腰に下げた黒髪の少年と、銀髪の少女が立っている。
「あっ!」
ガイルもすぐに気づいた。
最近のラグナギルドで、知らなければ逆に不思議なくらい話題になっている二人だった。
リオンとルナ。
ヴェノムドレイクを倒したという兄妹。
ラグナへ向かう途中では、アイアンファングベアを一撃で倒したという話もある。
昨日は第三鉱山で半日もかからず二十匹もの魔物を倒し、道を塞いでいた巨大な岩を一人で持ち上げて移動させたという噂まで聞いた。
ガイル自身、その半分くらいは誇張だと思っていた。
「あの二人に頼もうとしてるわけじゃないよね?」
セリアが言った。
「……悪くないんじゃないか?」
「戦闘力だけを見るならね」
「だろ?」
「でも……」
セリアがガイルを見る。
「まだかなり若く見えるけど」
「……」
その言葉にガイルの足が止まった。
以前の彼なら、あまり気にしなかったかもしれない。
強ければいい。
ダンジョンで役に立ってくれれば、それでいい。
だが今は違った。
また自分の判断で誰かを傷つけることだけは避けたかった。
「やっぱり、別の人を……」
ガイルが引き返そうとした、その時だった。
「お兄様!」
銀髪の少女が突然大きな声を上げた。
「何?」
「これ見てください!」
「何?」
「ダンジョン探索の依頼ですよ!」
「ダンジョン?」
ガイルが立ち止まった。
銀髪の少女は、掲示板に貼られた紙を楽しそうに指差している。
彼女がルナ。
そして隣の少年がリオンだろう。
二人は今、ラグナでかなりの話題になっていた。
「ラグナにはダンジョンもあるみたいですよ!」
「そうみたいだね」
「行ってみたいです!」
「……」
ガイルとセリアは同時に顔を見合わせた。
「向こうから興味を持ってくれてるみたいだけど?」
セリアが言った。
「そ、そうだな」
ガイルは少し迷った末、二人へ近づいた。
「少しいいか?」
リオンとルナが振り返った。
「はい?」
「もしかして、リオンとルナか?」
リオンが少し驚いたように答えた。
「そうですけど……」
「俺はガイル。Cランクパーティー《紅狐》のリーダーをやっている」
隣にいたセリアも軽く頭を下げた。
「セリアよ。弓使いをしてる」
「リオンです」
「ルナです!」
ガイルは少し言葉を選んでから口を開いた。
「二人に頼みたいことがある」
「頼みですか?」
「ラグナダンジョンに、俺たちと一緒に入ってくれないか?」
ルナの目がすぐに輝いた。
「ダンジョンですか?!」
あまりにも分かりやすい反応に、ガイルは少しだけ面食らった。
一方、リオンはすぐには返事をしなかった。
「どうして俺たちに頼むんですか?」
当然の疑問だった。
ガイルは隠さず、正直に話すことにした。
「俺たちのパーティーは、本来四人なんだ……」
そこで一度言葉を止める。
「だが、数日前のダンジョン探索で二人が怪我をした」
先ほどまで楽しそうだったルナの表情から、少しだけ笑みが消えた。
「ひどい怪我なんですか?」
「しばらく冒険者として活動できない程度にはな」
「……」
「俺の判断ミスが原因だ」
セリアがガイルを見たが、何も言わなかった。
ガイルは続ける。
「本当なら、二人が回復するまで待つのが正しいんだろう」
「それでもダンジョンに入るんですか?」
リオンが尋ねた。
「ああ」
「どうしてです?」
ガイルは少し考えてから答えた。
「諦めたくないんだ」
「……」
「もちろん、今回も無理に深く潜るつもりはない」
ガイルはすぐに付け加えた。
「前回の俺たちの記録より、少しだけ先まで進む。それが今回の目標だ。危険だと感じたら、その時点ですぐに戻る」
セリアが隣から口を挟んだ。
「それは私が保証する」
そしてガイルを横目で見る。
「今回も言うことを聞かなかったら、私が引きずってでも連れて帰るから」
「……そこまでしなくても大丈夫だ」
「どうだか」
リオンは少し考えた後、尋ねた。
「ダンジョンって、どんなところなんですか?」
ガイルが説明を始めた。
「ラグナの東にある大型ダンジョンだ。全部で100階層あると言われている」
「100階ですか?!」
ルナの目が再び輝いた。
「すごく深いですね!」
「ああ」
セリアが苦笑した。
「でも、100階まで行こうなんて考えないほうがいいわよ」
「どうしてですか?」
「30年間、完全攻略した人が一人もいないから」
「30年?」
今度はリオンも驚いた。
ガイルが頷く。
「Sランク冒険者も何度も挑戦しているが、全員失敗している」
「おおおっ……!」
そんな話を聞いても、ルナは怖がるどころか、ますます楽しそうな顔になっていた。
「今、普通の冒険者が比較的安定して探索できるのは20階から30階辺りまでだ」
ガイルが説明を続ける。
「それより深くなると、魔物の強さも一気に上がる。一定の階層ごとに帰還用の転移地点があるから、危険なら脱出できるが……深くなればなるほど危険なのは変わらない」
「ガイルさんたちは何階まで行ったことがあるんですか?」
ルナが聞いた。
「38階だ」
「お~!」
「前回は40階を越えようとしたが……」
ガイルの声が少し低くなった。
「失敗した」
セリアは何も言わなかった。
リオンもそれ以上は追及しなかった。
代わりに尋ねる。
「それじゃ、今回の目標は?」
「40階を越えることだ」
ガイルが答えた。
「できれば45階くらいまで降りてみたい」
そしてすぐに続ける。
「だが、少しでも危険だと思ったら、それよりずっと手前でも引き返す」
ルナがリオンを見た。
「お兄様!」
「うん」
「ダンジョン、行ってみたいです」
「俺も少し興味はあるかな」
ルナは少し間を置いてから、ガイルに尋ねた。
「……魔物もたくさんいるんですよね?」
ガイルが頷いた。
「大量にな」
「素材は?」
「もちろん取れる」
「宝箱もありますか?」
「運がよければ」
「食べられる魔物も……」
「ルナ」
「はい?」
「最後のは聞かなくてもいいよ」
ガイルとセリアが同時に笑った。
「ははっ! 面白い妹だな」
「食べるのがかなり好きみたいね?」
「はい!」
ルナは迷うことなく頷いた。
リオンは再びガイルへ視線を向けた。
「いつ出発するんですか?」
ガイルの目が少し大きくなった。
「一緒に来てくれるのか?」
「はい」
「本当に?」
「俺たちもダンジョンは初めてなので、一度行ってみたいです」
ルナも元気よく頷いた。
「私もです!」
ガイルは少し呆然とした後、深く頭を下げた。
「ありがとう」
「そんなに頭を下げなくても大丈夫ですよ」
「いや」
ガイルの表情は真剣だった。
「今回は本当に……誰も怪我をさせたくないんだ」
リオンはしばらくガイルを見つめた。
「危なくなったら戻ればいいじゃないですか」
その言葉に、ガイルが瞬きをした。
「……そうだな」
「俺たちも危ないと思ったら言います」
「ああ」
ガイルが小さく笑った。
「そうしてくれると助かる」
セリアの表情も、少しだけ柔らかくなった。
「じゃあ、出発は明日の朝でいい?」
「はい」
「必要な食料と装備は今日のうちに準備しておきましょう」
その瞬間、ルナが手を挙げた。
「質問があります!」
「何だ?」
「ダンジョンの中では、ご飯はどうするんですか?」
ガイルとセリアはしばらく黙り込んだ。
まるで、目の前の少女にその残酷な現実を伝えていいものか悩んでいるような沈黙だった。
やがてガイルが重々しく答えた。
「……保存食とか、携帯食を持っていく」
ルナの表情が一瞬で曇った。
「保存食……」
「嫌なのか?」
「美味しくなさそうです」
「……普通は味を楽しむために食べるものじゃないからな」
「……」
ルナはとても深刻な顔で考え込んだ。
そして突然、拳をぎゅっと握った。
「私が美味しいものを準備します……!」
こうしてリオンとルナは、Cランクパーティー《紅狐》のガイルとセリアと共に、
ラグナダンジョンへ挑むことになった。
目標は40階を越え、その少し先まで。
少なくとも……。
この時は、全員がそう思っていた。
楽しんでいただけましたら、
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