森で拾った黒い金属片は、怪しい物でした!
ラグナへ戻った俺たちは、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
「お兄様~」
「ん?」
「報告が終わったら、次の依頼も受けるんですか~?」
「今日は少し休んでもいいんじゃない?」
「でも今日は、魔物素材の収入がなかったじゃないですか」
「その話、まだしてるの?」
ルナはとても真剣な表情で頷いた。
「重要な問題です」
「…………」
「収入が減ったら、美味しいものを食べる回数も減るじゃないですか」
……結局そこなんだな。
ギルドの中へ入ると、相変わらず多くの冒険者たちが行き交っていた。
受付の前で列に並んで待ち、俺たちの番になると依頼書を差し出した。
「北東部の農耕地での魔物調査依頼を受けてきました」
職員は依頼書を確認しながら、顔を上げた。
「もう戻られたんですね。状況はどうでしたか?」
「少しおかしかったです」
「やはり、そうでしたか?」
俺は、俺たちが見たことを順番に説明した。
ゴブリンたちが人を襲わず、東へ移動していたこと。
グレイウルフとゴブリンが争わず、一緒に行動していたこと。
森の空き地に、異なる種類の魔物が多数集まっていたこと。
そして、小さな金属音が聞こえた直後、すべての魔物が同時に動き出したことまで。
話を聞くにつれ、職員の表情はどんどん険しくなっていった。
「少々お待ちください」
彼女は別の職員に何かを伝えた後、もう一度こちらを見た。
「現場で何か物を見つけたりはしませんでしたか?」
「あります」
俺はポケットから黒い金属片を取り出した。
「これです」
職員はすぐには手を伸ばさなかった。
先に小さな布を取り出し、金属片を包んでから慎重に持ち上げた。
「これは……」
彼女が表面を確認する。
「見たことのない形ですね」
「ルナが、ごくわずかに魔力が残っていると言っていました」
「魔力が?」
職員がルナを見た。
「はい。今はほとんど感じませんけど、確かに少し残っていました」
「少し鑑定をお願いしてきます」
職員は金属片を持って奥へ入っていった。
「鑑定って、時間かかりますか?」
ルナが聞いた。
「さあ」
「それなら、おやつでも……」
「今ギルドに入ったばかりだろ」
「待ってる時間って長く感じるじゃないですか」
昨日の夕飯を待ってた時とまったく同じこと言ってるな……。
俺たちは近くの椅子に座った。
少し待つと、ルナは周囲をきょろきょろ見回し始めた。
「お兄様」
「何?」
「あっちの掲示板に、新しい依頼が貼られてます」
「見に行かないで」
「どうしてです?」
「今は報告の途中だろ」
「見るだけですよ?」
「そう言って、そのうち一枚剥がして持ってくるだろ」
ルナはしばらく黙った。
……やっぱりそのつもりだったのか。
その時、奥の扉が開いた。
さっきの職員と一緒に、一人の男が出てきた。
年齢は五十くらいに見え、丸い眼鏡をかけている。
手には小さな拡大鏡と金属片を持っていた。
「これを見つけた冒険者というのは、君たち二人か?」
「はい」
俺が答えた。
男は俺たちの前に座ると口を開いた。
「俺はギルドで魔道具と魔力残留物の鑑定を担当しているエドガーだ」
「よろしくお願いします」
「ああ」
エドガーさんは金属片をテーブルの上に置いた。
「結論から言うと、これは普通の装飾品じゃない」
ルナの目が少し大きくなった。
「魔道具なんですか?」
「完全な魔道具と呼ぶには足りない」
エドガーさんは金属片の表面を指差した。
「ここに溝が見えるだろ?」
「はい」
「これは単なる装飾模様じゃない。魔力を流すために作られた細い経路だ」
俺は少し身を乗り出した。
よく見ると、確かに溝が一定の方向へ続いていた。
「では、魔力を流せば何か作動するんですか?」
「おそらくな」
「おそらく?」
「問題は、これが完全な形じゃないということだ」
エドガーさんが欠けている部分を見せた。
「元々は、もっと大きな物の一部だったようだ。今残っている部分だけでは、正確な機能までは分からない」
ルナが手を挙げるようにして言った。
「でも、森で音がしたんです」
「音?」
「はい。チリン、っていう金属の音です」
「そして、その直後に魔物たちが全部動きました」
俺も付け加えた。
エドガーさんの表情が変わった。
「全部?」
「はい」
「違う種類の魔物たちが?」
「ゴブリン、グレイウルフ、ホーンラビット、それから見たことのない猪みたいな魔物もいました」
「……」
エドガーさんはしばらく黙っていた。
彼はもう一度、拡大鏡で金属片を調べた。
「ここを見ろ」
「どこです?」
「ここに、ごく小さな突起がある」
拡大鏡越しに見ると、爪よりも小さな突起が見えた。
「こういう構造は、振動を発生させる時に使われることがある」
「振動ですか?」
「簡単に言えば、音を出したり、特定の波動を発生させたりするものだ」
ルナが瞬きをした。
「じゃあ、あのチリンって音をこれが出した可能性もあるんですか?」
「可能性はある」
エドガーさんが頷いた。
「だが、この破片一つだけでそこまで大きな役割を果たすのは難しい。おそらく元の道具の一部が外れて落ちたんだろう」
「誰かが持っていた物から?」
「その可能性が一番高い」
その言葉を聞いて、俺は森で見た光景を思い出した。
互いに争わなかった魔物たち。
同じ方向を見ていた姿。
音がすると同時に、一斉に動き出したこと。
本当に、あそこに誰かいたんだろうか?
「お兄様」
ルナが小さく呼んだ。
「うん」
「本当に誰かが魔物たちを動かしてるんでしょうか?」
「まだ確実とは言えないけど」
エドガーさんが俺たちの会話を聞き、口を開いた。
「魔物を扱う技術そのものは存在する」
「やっぱりあるんですか?」
「テイマーや魔獣使いと呼ばれる職業があるからな」
父さんからも似た話を聞いたことがある。
特定の魔物と契約したり、手懐けたりして一緒に行動する人間たち。
でも……。
「複数の種類を、一度に操ることもできるんですか?」
俺が尋ねると、エドガーさんはすぐには答えなかった。
「普通は難しい」
「普通は?」
「優秀なテイマーでも、扱えるのは数匹程度が限界な場合が多い。それに何より、種族の違う魔物を同時に完全に制御するのは簡単じゃない」
「じゃあ、森にいた魔物たちは……」
「普通の方法じゃない可能性が高いな」
ルナの表情が少し引き締まった。
「普通の方法じゃないって?」
エドガーさんは少し考えてから言った。
「強制的な魔力刺激だ」
「強制的に?」
「魔物の感覚や本能に影響を与える方法だ」
「そんなこともできるんですか?」
「理論上は可能だ」
彼は指で金属片を軽く叩いた。
「例えば、特定の周波数の音や魔力波を繰り返し使って、決められた行動を誘導するような方法だな」
「……」
チリン。
森で聞いた音が、もう一度頭の中に蘇った。
まさか……。
「じゃあ、あの音を聞いたら魔物たちが動くように仕向けていた可能性もあるってことですか?」
「今のところは、可能性の一つにすぎない」
エドガーさんがはっきり言った。
「証拠が少なすぎる」
そうだよな。
金属片一つだけで結論を出すことはできない。
その時、さっきの受付職員が言った。
「今回の報告は、通常の調査依頼だけで終わらせる内容ではなさそうです」
「では、どうなるんですか?」
「ギルドから上層部へ報告します」
彼女は何枚かの書類を取り出した。
「それから、北東部一帯へ追加の調査人員を派遣する可能性が高いです」
「私たちもまた行けますか?」
ルナがすぐに聞いた。
「え?」
「私たちが最初に見つけたんですから、また行ってもいいですよね?」
職員は少し困ったような顔をした。
「それは……追加依頼が正式に出てから決まります」
「まだ行けないんですね」
ルナが少し残念そうにした。
……なんで残念そうなんだ?
「今日の調査依頼は完了扱いにします」
職員が判を押した。
「基本報酬は銀貨18枚です」
「銀貨18枚ですか?」
ルナが少し肩を落とした。
「どうかしました?」
職員が聞く。
「いえ。思ったより少なくて……」
「Dランクの調査依頼ですから」
「魔物を倒してたら、もっと稼げたのに……」
「ルナ」
「はい」
「そこまで」
職員は笑いを堪えるように、少しだけ口元を緩めた。
「ただし、今回は重要な情報を持ち帰ってくださったので、ギルドから追加の情報報酬として銀貨12枚をお支払いします」
ルナの顔が一瞬で明るくなった。
「本当ですか?!」
「はい」
「じゃあ合計で銀貨30枚ですね!」
こういう計算は早いんだな……。
「この金属片は、ギルドで保管してもよろしいでしょうか?」
職員が聞いた。
「はい。俺たちが持っていても使い道はありませんから」
「ありがとうございます」
エドガーさんも頷いた。
「もう少し詳しく調べてみよう」
「お願いします」
俺たちは報酬を受け取り、受付から離れた。
ルナは財布をしまいながら、とても満足そうな顔をしていた。
「銀貨30枚~」
「さっきまで少ないって言ってたじゃないか」
「12枚増えましたから」
「本当に単純だな」
「お金が増えたら嬉しくなるのは当然ですよ」
まあ、それはそうだけど……。
ギルドを出ようとした、その時だった。
奥のほうから、一人の職員が大きな紙を持って掲示板へ歩いていくのが見えた。
そして既存の依頼書を何枚か外した後、新しい紙を貼り出した。
【緊急注意】
【ラグナ北東部および東部一帯で、異常な魔物の移動を確認】
【該当地域を移動する冒険者は、十分に注意すること】
ルナもそれに気づいた。
「もうお知らせが貼られてますね~」
「そうだね」
「思ったよりギルドって仕事が早いんですね!」
「こういうのは当然、早くないと駄目だろ……」
俺たちはしばらくその知らせを眺めた。
少し前までは、ただの変な調査依頼の一つだと思っていた。
だが今では、ギルドも正式に問題だと判断したらしい。
「お兄様」
「ん?」
「じゃあ明日は何をしますか?」
「うーん……」
「あの森にまた行きますか?」
「追加依頼が出たらね」
「じゃあ、それまでは?」
俺は掲示板を見た。
依頼はまだ何十枚も残っている。
「他の依頼を一つくらいやってもいいんじゃない?」
その瞬間、ルナが待ってましたとばかりに笑った。
「じゃあ、魔物がたくさん出る依頼にしましょう!」
「やっぱりそう言うと思った」
「今度は素材もちゃんと回収して!」
「うん」
「食べられる魔物ならもっといいです!」
「その条件、本当に必要?」
「当然です!」
結局、俺たちは翌日に受ける依頼を先に見て回ることにした。
それにしても、この事件はいったいいつ解決するんだろう……?
原因がものすごく気になるんだけどな……。




