魔物調査、開始です!
ラグナの北門を出た俺たちは、北東にある農耕地を目指して歩いた。
街を出ると、景色はすぐに変わった。
高い建物と人で埋め尽くされていた通りの代わりに、広い畑と低い丘がどこまでも続いている。
道の両脇では、小麦のような穀物が風に揺れ、少し離れた場所では農民たちが牛を使って畑を耕していた。
「わあ~」
ルナが周囲を見回した。
「ラグナの城壁の外にも、人がすごく多いんですね~」
「うん。農耕地がこれだけ広いからね」
「あそこにあるのは食べられるんですか?」
「穀物なんだから、当然食べるんじゃない?」
「あれは?」
今度は別の畑を指差した。
赤い実がいくつも並んで実っている。
「それは俺も分からないな……」
「少し取って食べてみれば……!」
「駄目」
「どうしてです?」
「当たり前だろ。他人の畑なんだから」
「あ」
ルナはとても残念そうに頷いた。
……山では周りに生えている木の実を普通に取って食べていたから、こういう感覚にはまだ慣れていないらしい。
俺たちが受けた依頼の目的地は、ラグナから歩いて一時間ほどの農耕地だった。
最近、その周辺で複数の種類の魔物が繰り返し目撃されているらしい。
問題は、その魔物の種類だった。
ゴブリン。
グレイウルフ。
ホーンラビット。
さらには数日前、小規模なオークの群れまで確認されたという。
本来なら、それぞれ少しずつ生息する場所の違う魔物たちだ。
それなのに最近は、同じ地域で一緒に目撃されることが増えているらしい。
「お兄様」
「ん?」
「魔物同士も友達になれるんでしょうか?」
急に何の話だ?
「どうして?」
「違う種類の魔物が一緒にいるって言ってたじゃないですか」
「だからって、友達って意味ではないんじゃないかな」
「じゃあ、団体旅行?」
「そんなわけ……」
……ないよな?
たぶん。
もう少し歩くと、道の脇に小さな農家が集まった村が見えてきた。
家といっても、ラグナの中で見たような大きなものではない。
木材と石で造られた小さな家が数軒と、倉庫、それから家畜小屋があるくらいだった。
俺たちが村の入口へ着くと、一人の中年男性がこちらへ近づいてきた。
「もしかして、ギルドから来た冒険者の方ですか?」
「はい」
俺は仮のCランク身分証を見せた。
「北東部の農耕地での魔物調査依頼を受けて来ました」
男性の表情がすぐに明るくなった。
「いやあ、よく来てくれました~」
彼は、自分はこの村で農業をしているハルマンだと名乗った。
「ここ数日、本当におかしいんです……」
「魔物が作物を荒らしたんですか?」
俺が尋ねると、ハルマンさんは首を横に振った。
「いえ、むしろそれなら普通なんですが……」
「え?」
「魔物は現れるんですが……畑を荒らしもしないし、人を見つけてもまともに襲ってこないんです」
ルナが首を傾げた。
「それなら、いいことじゃないんですか?」
「魔物が現れないのが一番いいでしょう……」
「あ」
ハルマンさんは村の外れを指差した。
「昨日はグレイウルフが五匹、畑の横を通っていきました。農民の一人と目まで合ったのに、そのまま無視して東へ行ってしまったんです」
「東へ?」
「ええ」
「他の魔物もそうだったんですか?」
「ほとんどがそうです」
彼の表情が暗くなった。
「最初は偶然だと思っていたんですが、三日前にはゴブリンが通り、その翌日にはホーンラビットの群れが同じ方向へ向かいました」
「同じ方向へ……」
ギルド職員が言っていた内容とまったく同じだ。
まるで、どこかへ移動しているように見えるという話。
「その先に、魔物が多く住む森や山はありますか?」
「小さな森ならありますが……」
ハルマンさんが答えた。
「あんな魔物たちが全部集まるような場所ではありません。むしろ普段は、農民が薬草や薪を取りに入ることもある森です」
俺はルナを見た。
ルナも少し真剣な表情になっていた。
「とりあえず、自分たちで確認してみよう」
「はい!」
ハルマンさんから最近もっとも魔物が多く現れた場所を聞き、俺たちは村を出た。
畑の間にある細い道を十分ほど歩いた頃だろうか。
ルナが突然足を止めた。
「お兄様」
「どうした?」
「あそこに何かいます!」
ルナが道脇の背の高い草むらを指差した。
俺は静かに剣の柄へ手を置いた。
ガサッ。
ガサガサ。
草が揺れる。
そして少しして。
「ギィ……」
緑色の肌をした小さな魔物が姿を現した。
ゴブリンだった。
一匹。
二匹。
さらに三匹が続けて現れる。
合計五匹。
手には古びた棍棒や石斧を持っていた。
ルナが小さく言った。
「ゴブリンですね……?」
「うん」
ゴブリンたちも俺たちに気づいた。
目が合う。
俺はいつでも剣を抜けるように構えた。
その瞬間。
「……?」
ゴブリンたちはまったく襲ってこなかった。
少しだけ俺たちを見た後、そのまま視線をそらし、東へ歩き始めた。
「え……?」
ルナが瞬きをする。
「そのまま行っちゃいますけど?」
「そうだね」
ゴブリンは人間を見れば襲うか、力の差を感じれば逃げると聞いている。
だが、今のあれはどちらでもなかった。
俺たちを警戒していないわけではない。
何匹かは何度も後ろを振り返っていた。
それでも止まらない。
何か別の目的のほうがずっと重要であるかのように、そのまま東へ移動していく。
「追いかけてみる?」
俺が言うと、ルナはすぐに頷いた。
「はい!」
俺たちは距離を取りながらゴブリンたちを追い始めた。
ゴブリンたちは思ったより速く進んでいった。
畑を抜け、低い丘を一つ越える。
そしてそこで、さらに奇妙な光景を目にした。
「お兄様……」
「うん」
丘の下に、グレイウルフの群れがいた。
六匹。
ゴブリンたちがそちらへ近づいていく。
俺は当然、互いに争うと思った。
だが、グレイウルフたちはゴブリンを見ても襲わなかった。
ゴブリンたちも狼を避けない。
しばらくすると、二つの群れは自然に同じ方向へ移動し始めた。
「……友達みたいですね!」
「いや、それは違うと思う」
「どうしてです?」
「どう見てもおかしいだろ」
「友達かもしれないじゃないですか」
「ゴブリンとグレイウルフが?」
「世の中にはいろんな友達がいますから」
状況が分かってないのか……?
とにかく、ギルドがわざわざ調査を依頼したのには理由がありそうだ。
俺たちはそのまま後を追った。
さらに進むと農耕地は完全に終わり、小さな森が現れた。
ハルマンさんが言っていた森だろう。
ゴブリンとグレイウルフたちは迷うことなく、そのまま森の中へ入っていった。
「どうしますか?」
ルナが尋ねた。
「……入ってみよう」
「はい」
森は思ったより明るかった。
木々もそこまで密集しておらず、人がよく出入りしている痕跡もあった。
切られた木の切り株や、人が踏み固めてできた細い道も見える。
だが、奥へ進むほど雰囲気が変わっていった。
魔物の足跡が多い。
あまりにも多すぎる。
俺は腰を落とし、地面を確認した。
小さな足跡。
四本脚で歩いた跡。
太く大きな足跡。
少なくとも三、四種類はあるように見える。
「全部、同じ方向ですね……!」
ルナが言った。
「うん」
足跡はどれも、森の奥深くへ向かっていた。
ここまでくると、偶然とは考えにくいな……。
俺たちはさらに奥へ進んだ。
その時、前方から音が聞こえた。
グルルル……。
「また何かいるみたいです」
ルナが小さく言った。
俺は木の陰から慎重に前を覗いた。
広い空き地があった。
そして、その中には……。
「……多い!」
十匹どころではない数の魔物が集まっていた。
ゴブリン。
グレイウルフ。
ホーンラビット。
そして、猪のような姿をした見たことのない魔物まで。
違う種類の魔物たちが、同じ場所に集まっている。
それなのに争わず、ただじっと立っていた。
そして全員が同じ方向を見ている。
森の、さらに奥を。
「あっちに何があるんでしょう?」
ルナが囁いた。
「分からない……」
おかしいのは、それだけではなかった。
魔物たちの動きがあまりにも大人しい。
グレイウルフの一匹がホーンラビットのすぐ横にいるのに、襲おうともしない。
ゴブリンたちもじっとしていた。
まるで……誰かを待っているみたいだった。
その時だった。
チリン。
とても小さな音が聞こえた。
「……?」
俺は顔を上げた。
どこかで金属同士がぶつかったような音だった。
チリン。
もう一度、音が響く。
すると、空き地にいた魔物たちが一斉に動き始めた。
「え?」
ゴブリンたちが先に森の奥へ歩き始める。
グレイウルフがその後を追い、他の魔物たちもすべて同じ方向へ動き出した。
偶然じゃない……!
あの音に反応したのは間違いない。
「お兄様!」
ルナも気づいたらしい。
「今、音がしたらみんな一緒に動きました!」
「うん」
誰かいるのか?
俺は周囲の気配を探ったが、すぐに感じ取れる人間の気配はなかった。
魔物たちは次々と森の奥へ消えていく。
「追いかけますか?」
ルナが聞いた。
俺は少し考えた。
依頼は調査だ。
危険な魔物がいれば討伐してもいいと言われていたが、今は状況そのものがあまりにもおかしい……。
むやみに奥へ入るより、まずギルドへ報告したほうがいいかもしれない。
「!! ……待って」
俺は地面に何かを見つけた。
魔物たちが立っていた空き地の端。
落ち葉の間に、小さな物が一つ落ちていた。
拾い上げてみると、指二本分ほどの大きさの黒い金属片だった。
「それ、何ですか?」
ルナが隣へ寄ってきた。
「俺も分からない……」
普通の金属には見えない。
表面には小さな溝が一定の間隔で刻まれていた。
そして片側には、切れた革紐がぶら下がっている。
さっき聞こえた金属音と、この物は何か関係があるのか?
ルナが顔をすぐ近くまで寄せた。
「魔道具みたいなものですか?」
「魔力は感じる?」
「うーん……」
ルナはしばらく金属片を見つめた。
「ほんのちょ~~っとだけです」
「やっぱり?」
「でも、ほとんど残ってません」
俺は金属片をポケットへ入れた。
「ギルドに持っていこう」
「魔物たちは追いかけないんですか?」
「今日の依頼は調査だから。俺たちが見たことだけでも十分役に立つと思う」
「うーん……」
ルナは森の奥を見つめた。
「少し気になりますね~」
「俺も気にはなるけど」
「それなら、少しだけ……」
「それでも駄目」
「まだ何も言ってないですよ?」
「『少しだけ追いかけてみましょう』って言おうとしただろ」
「……」
正解らしい。
俺たちは魔物たちが消えていった方向をもう一度確認し、森を出た。
帰る途中でも、何匹かの魔物を見つけた。
だが、やはり俺たちを襲うことはなく、東へ移動していった。
ハルマンさんのところへ戻って状況を説明すると、彼の表情が固まった。
「ゴブリンとグレイウルフが一緒にいたんですか?」
「はい」
「そんな話、初めて聞きました……!」
「それに、何か音がすると同時に動き出しました」
「音ですか……?」
俺はポケットから黒い金属片を取り出した。
「これも、その場所で見つけました」
ハルマンさんはそれを手には取らず、近くからじっと見た。
「初めて見る物ですね……」
「ギルドで確認してもらいます」
「お願いします!」
村を出て、俺たちは再びラグナへ向かった。
ルナは歩いている間も、ずっと考え込んだ顔をしていた。
「お兄様~」
「ん?」
「魔物たちって、誰かの言うことを聞いてるんでしょうか?」
「うーん……俺もそれは考えた」
「魔物を飼い慣らす人がいるって話は、父さんから聞いたことがありますけど……」
「あれだけいろんな種類を一度に?」
「それは分かりません」
まだ情報は少ない。
それでも、この状況がかなり不自然なのは間違いない。
本来なら互いに襲い合うはずの魔物たちが一か所に集まり、
ある音に合わせて同時に動いた。
だが、その先に何があるのかはまだまったく分からない。
ラグナの城壁が再び見え始めた時、ルナが突然言った。
「お、お兄様……!」
「どうした?」
「今日、魔物を一匹も倒してません!!」
「あ……そうだね」
「じゃあ、お金は?!」
「調査依頼の報酬は出るだろ」
「魔物素材の追加収入がないじゃないですか!」
「……」
さっきまで真剣に考えていたのは、それだったのか。
「それに、食べるものもありません!」
「お前、本当にいつも食べ物のことばかり考えてるな……」
ルナは真剣な顔で頷いた。
「次の依頼は、倒してもいい魔物がたくさん出るものにしましょう!」
「分かったよ……まずは今日見つけたことをギルドに報告してからね」
「は~い!」
俺たちは再びラグナの城門をくぐった。
俺のポケットには、森で拾った小さな黒い金属片が入っている。
そして、この小さな欠片こそが、
今回の事件の理由を探っていく最初の手がかりだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
楽しんでいただけましたら、
ブックマーク、
⭐評価、
短い感想
3つのうち、どれか一つでもいただけると嬉しいです!
改めて、最後まで読んでいただきありがとうございました!




