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アイアンファングベアは、本当に美味しかったです!

「お兄様!」


「うん」


「今、何時くらいでしょう?」


「さあ。まだ夕方ではないと思うけど」


「そうですよね……」


ルナは窓の外を見た。


そして、しばらくして。


「お兄様~」


「何?」


「今は?」


「……聞いてから、まだそんなに経ってないよ……」


「でも、少しは時間が経ったじゃないですか」


どれだけ経ったっていうんだ……。


市場から戻ってきてから、ルナはずっとこんな調子だった。


部屋に戻って休んではいるが、頭の中はアイアンファングベアの肉でいっぱいに違いない。


俺はベッドに寝転がったまま天井を見上げた。


「そんなふうに待ってると、余計に時間が進まないように感じるよ~」


「じゃあ、寝て起きたら夕方になっているでしょうか?」


「昼寝までしようとしてるの?」


「時間を早く進めるためのいい方法です!」


そう言ったルナは、本当に自分の部屋へ戻っていった。


……本気だったのか。


しばらく静かになった。


俺も市場を歩き回って少し疲れていたので、そのまま目を閉じた。


そして、どれくらい経っただろう。


コンコンコンコンコン!


「お兄様!!」


「……」


この音、朝にも聞いた気がする。


「夕方ですよ!」


俺は目を開けた。


窓の外は、いつの間にか橙色に染まっている。


本当に寝てしまったらしい……!


扉を開けると、ルナが待ってましたとばかりに立っていた。


「早く下に行きましょう!」


「ちょっと待って。髪くらい整えて……」


「お肉が待ってます!」


「肉は絶対に逃げないよ」


「でも、冷めるかもしれないじゃないですか!」


俺は適当に髪を整えてから、ルナと一緒に一階へ降りた。


階段の途中まで来た頃には、濃い匂いが漂ってきた。


焼いた肉の匂いだ。


そこにハーブと香辛料の香りまで混ざっている。


ルナが足を止めた。


「……」


「どうした?」


「お兄様」


「ん?」


「あの匂いです……!」


「……?」


「間違いなくアイアンファングベアです……」


「匂いだけでどうして分かるの?」


「感じるんです」


ルナがどんどん野生動物みたいになってきてる……。


一階の食堂へ降りると、昨夜と同じように多くの客で席が埋まっていた。


ミアさんは俺たちを見つけると、笑顔で手を振った。


「ちょうどいいところに降りてきましたね~」


「お肉ですか?!」


ルナがすぐに聞いた。


「はい~。準備できてますよ」


「わあ~!」


まだ席にも座っていないのに、もう嬉しそうだ。


俺たちがテーブルにつくと、ミアさんが言った。


「今日は料理長さん、かなり気合いが入ってましたよ。いいお肉が入ったって喜んでましたから」


「どうやって料理したんですか?」


ルナが身を乗り出す。


「まあ、待っててください」


「秘密なんですか?」


「すぐ出てくるのに、何が秘密なんですか」


しばらくして。


厨房のほうから大きな皿が運ばれてきた。


「おお……!」


ルナの目が輝いた。


最初の料理は、厚く切ったアイアンファングベアの背肉を焼いたものだった。


表面はこんがり焼け、その上には溶かしたバターと細かく刻んだハーブが散らされている。


横には焼いたジャガイモと玉ねぎまで添えられていた。


続いて、二皿目も運ばれてきた。


今度は前脚の肉を細かくほぐし、野菜と一緒にじっくり煮込んだシチューだった。


「これ、全部私たちが持ってきたお肉で作ったんですか?」


「はい」


ミアさんが頷いた。


「背中の肉は柔らかいので焼いて、前脚は少し硬めなので長く煮込みました~」


「……」


ルナは答えなかった。


もう肉しか見ていない。


「……もう食べていいよ」


「いただきます!」


許可が出た瞬間、ルナはナイフで肉を切った。


そして、大きめの一切れを口に入れる。


「んん~~~~~!」


またその顔だ。


初めて食べる美味しい料理の時は、いつも真っ先に目が大きくなる。


「どう?」


ルナはしばらく答えなかった。


ゆっくり肉を噛んだ後、そのまま両手をテーブルに置いた。


「お兄様」


「うん」


「私たち、アイアンファングベアを倒して本当によかったです……!」


「そこまで?」


「はい!」


俺は笑いながら自分の分の肉を切った。


口に入れてみると、予想以上にずっと柔らかかった。


少し硬いと思っていたが、柔らかくて美味しい。


ハーブの香りもよく合っていた。


「美味しいね~」


「ですよね?!」


「これくらいなら、次にまた倒してもいいですね~~」


「食べるためにBランクの魔物を探すのはやめよう……」


「どうせ依頼をしていたら会うこともあるじゃないですか~」


「それを期待しちゃ駄目だよ」


ルナは答える代わりに、また肉を食べ始めた。


すると突然、何かを思いついたように動きを止める。


「お兄様~」


「何?」


「アイアンファングベアは一頭で金貨42枚だったんですよね?」


「うん」


「お肉も美味しいですし」


「そうだね」


「ふふふ……じゃあ、たくさん倒せば……」


「駄目」


「まだ最後まで言ってないですよ!」


「今回は何を言おうとしてるのか分かるよ」


Bランクの魔物を食材と金稼ぎの手段として考える冒険者なんて、ルナくらいしかいない気がする。


その時、隣で皿を片づけていたミアさんが笑った。


「お二人って、本当に面白いですね!」


「私は真剣なんですけど?」


「そこがもっと面白いんですよ~」


ルナは意味が分からないという顔で首を傾げた。


食事を続けていると、周りでもアイアンファングベアの肉を気にしている人がいた。


昨夜会ったドワーフのゴルドさんも、いつの間にか近くのテーブルに座っていた。


彼は麦酒の杯を持ったままこちらを見て言った。


「それが昨日入ってきたアイアンファングベアか?」


「はい」


俺が答えた。


「ほお~。いい匂いだな」


するとルナは、自分の皿をそっと体のほうへ引き寄せた。


「……」


俺はその様子を見て、ため息をついた。


「ゴルドさん、取って食べるなんて言ってないよ」


「念のためです……」


「はっはっは! 俺が他人の飯を奪うわけないだろう!」


ゴルドさんが声を荒らげた。


ルナは安心したように皿を元の位置へ戻した。


ゴルドさんの額に血管が少し浮いている気がする……。


幸い、彼はすぐに大笑いした。


「ははは! 面白い嬢ちゃんだ!」


やっぱりドワーフは豪快な性格らしい。


「それはそうと」


ゴルドさんが俺のほうを見た。


「明日、時間はあるか?」


「明日ですか?」


「ああ」


彼は太い指で、俺の腰にある剣を指した。


「昨日から、その剣が少し気になっていてな」


俺は反射的に剣の柄へ手を置いた。


「剣を見せてほしいということですか?」


「嫌なら無理に見るつもりはない」


ゴルドさんは麦酒を一口飲んだ。


「だが、俺は一生ずっと鉄を触ってきた。鞘しか見えていないのに、何か妙な感じがするんだ」


「妙な感じですか?」


「ああ」


彼は目を細めた。


「鞘じゃなく、その内側からな……」


……。


父さんが作ってくれた剣。


山ではあまりにも当たり前に使っていたから、特に深く考えたことはなかった。


だが、人間の世界で普通に使われている剣とは、きっと何か違うのだろう。


「少し考えてみます」


俺が答えると、ゴルドさんは頷いた。


「そうしろ。剣は持ち主の物だ。好きに決めればいい!」


それ以上は聞いてこなかった。


少し意外だった。


鍛冶屋なら、すぐに見せろと言うかと思ったのに。


「お兄様~」


ルナが小さな声で囁いた。


「ゴルドさんに見せてもいいんじゃないですか?」


「どうだろう」


「父さんが作ったって言わなければいいじゃないですか」


「そこが一番説明しづらいところなんだよ……」


「山で手に入れたって言えば?」


「嘘はあまりつきたくない」


「うーん……」


ルナも少し考え込んだ。


「じゃあ、昔から持っていたって言えばいいですね~!」


「それはもう言ったよ……」


「あ」


……やっぱりルナだ。


夕食を全部食べ終えた頃、ルナは椅子にもたれながら満足そうな顔をしていた。


「幸せです~」


「そんなに食べて、苦しくないの?」


「幸せなのに、どうして苦しいんですか?」


「…………」


会計を済ませようとすると、ミアさんが言った。


「今日のアイアンファングベアの調理代は銀貨4枚です」


ルナが瞬きをした。


「銀貨4枚?」


「はい」


「本当にそれだけですか?」


「どうしてです?」


「金貨じゃないので」


ミアさんが吹き出した。


「いったいラグナをどれだけ物価の高い街だと思ってるんですか?」


「昨日、指輪が金貨15枚でした」


「それは高級魔道具でしょう!」


あ、そうだった。


部屋へ戻った後、俺はベッドに横になった。


今日は本当に何事もない一日だった。


ギルドで金を受け取り。


市場を見て回り。


初めて会った女の子を少し助けて。


アイアンファングベアの肉を食べた。


山を下りてからは、一日だって静かな日がなかったような気がするが、こういう日も悪くない。


翌日。


俺たちは少し遅めに起きて朝食を食べ、再び冒険者ギルドへ向かった。


今度は肉を受け取りに行くわけではない。


「今日から依頼を受けるよ」


「はい!」


ルナは元気よく答えた。


「お金を稼がないとですね~!」


「正式なCランク昇格もしないと」


「美味しいものも食べないとです!」


「……そうだね」


ギルドの依頼掲示板には、数十枚もの紙が貼られていた。


【東の鉱山周辺のゴブリン討伐】


【北部農家の家畜襲撃調査】


【薬草採取】


【商人護衛】


【下水道のスライム駆除】


本当に種類が多い。


ルナは一枚ずつ読んでいき、やがて言った。


「お兄様、これはどうですか?」


「どれ?」


ルナが一枚の依頼書を指差した。


【ラグナ北東部の農耕地周辺における魔物調査】


依頼ランクはD。


内容は単純だった。


最近、農耕地周辺で普段はあまり姿を見せない魔物が目撃されているため、周辺を調査し、危険な魔物がいれば討伐してほしいというものだった。


「調査依頼だね」


「昨日、職員さんが言っていた話と似てませんか?」


確かにそうだった。


ラグナ周辺で魔物の動きがおかしいという話。


アイアンファングベアも、本来なら主要街道の近くには現れない魔物だった。


「これにしてみる?」


「いいですね!」


俺たちは依頼書を外し、受付へ持っていった。


職員が内容を確認する。


「北東部の農耕地調査依頼ですね」


「はい」


「お二人なら問題なく受注できます」


彼女は書類に印を押した。


だが、その途中で手を止め、俺たちを見た。


「ただ、一つだけ注意してください」


「注意ですか?」


「最近この辺りで目撃されている魔物は……少し変なんです」


「どんなところが?」


職員は少し考えてから言った。


「本来なら互いに生息域が重ならない種類の魔物が、同じ場所で見つかることが増えています」


「違う種類の魔物が?」


「はい」


彼女は頷いた。


「それから、一部は人を襲わず、まるでどこかへ移動しているような動きをしていたという報告もあります」


「原因はまだ分からないんですか?」


「現在、ギルドで調査中です」


うーん……何だか嫌な感じがする……。


「危険だと判断したら、無理せずすぐ戻ってきてください」


「分かりました」


俺は依頼書を受け取った。


ルナはむしろ少し楽しみにしているような顔だった。


「お兄様~」


「うん」


「ついにラグナでの初依頼ですね!」


「そうだね」


「今回はどんな魔物が待ってるでしょう?」


「それを楽しみにするのは、ちょっと変じゃない?」


「美味しい魔物だといいですね~」


「……」


やっぱりそっちか。


こうして俺たちは、ラグナでの初めての依頼を受けた!


だが、その時の俺たちはまだ知らなかった。


最近、街の周辺で起きている魔物たちの異常な動きの先に、


どんな黒幕が存在しているのかを。


気づけばもう20話ですね!


これからもリオンとルナの冒険を楽しみにしていただけると嬉しいです!


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