ついに大都市ラグナへ到着しました!
日が西へ傾き始めた頃、街道の向こうに巨大な城壁が姿を現した。
最初は山のように見えた。
だが近づくにつれて、それが果てしなく続く石壁なのだと分かった。
レーベンの城壁とは比べものにならないほど高く、分厚い。
城壁の上には兵士たちが一定の間隔で立ち、巨大な旗が風にはためいていた。
「お兄様!」
先頭の馬車に座っていたルナが、身を乗り出した。
「あそこがラグナみたいです!」
「うん。そうみたいだね」
城壁の向こうには、数えきれないほどの建物の屋根が見えた。
高い塔や尖った屋根、煙突から立ち上る煙まで見える。
中でも、街の奥にある高台に建てられた大きな城が、ひときわ目立っていた。
「わあ~」
ルナは口を開けたまま街を見つめた。
「レーベンよりずっと大きいです!」
「本当に大きいね」
レーベンとは規模がまるで違った。
これほど大勢の人間が、一か所に集まって暮らしている光景を見るのは初めてだった。
城門へ向かう道には、すでに多くの馬車や旅人が列を作っていた。
荷物を満載した商隊、鎧を身につけた冒険者、農作物を荷車に積んできた農民までいる。
人間だけではなかった。
大きな荷馬や角の生えた家畜、見たこともない巨大な鳥を連れた商人もいた。
「あの鳥は食べられるのでしょうか?」
ルナが尋ねた。
「街に着いてすぐ考えることがそれなの?」
「すごく大きいので、お肉がたくさんありそうじゃないですか~」
「他人の家畜を見ながら、そんなことを言っては駄目だよ……」
案の定、鳥を連れていた商人が、警戒するような目で俺たちを見ていた。
ルナはすぐに視線をそらした。
俺たちの商隊が城門へ近づくにつれて、周囲の人々の視線が次第に後方へ集まり始めた。
最後尾の馬車の後ろでは、アイアンファングベアの巨大な死体が、氷の橇に載せられて引かれていた。
途中でルナが何度も氷を補強したおかげで、今も形を保っている。
「あれは何だ?」
「アイアンファングベアじゃないか?」
「誰があんなものを倒したんだ?」
「それより、氷の板に載せて運んでくるなんて初めて見たぞ……」
人々がざわつき始めた。
ロウェンさんは頭を抱えた。
「やはり、静かに入るのは無理だったか」
「俺たちのせいですか?」
俺が尋ねると、ロウェンさんはアイアンファングベアを指差した。
「あれを引き連れながら、静かに入れると思っていたのか?」
「人々に見られなければ可能なのでは?」
「城門前にこれだけ人がいるのに、どうやって見られずに済むんだ?」
それもそうだな……。
城門前へ到着すると、門兵たちが商隊を止めた。
そのうちの一人がアイアンファングベアを見つけ、目を大きく見開いた。
「こ、これはどこで倒したのですか?」
「ラグナから西へ続く街道の近くです」
ロウェンさんが答えた。
「襲撃された商隊を発見し、森の中でアイアンファングベアと遭遇しました」
「街道近くにアイアンファングベアが現れたのですか?」
門兵の表情が険しくなった。
「最近、魔物の出現報告が増えてはいましたが……」
彼はすぐに別の門兵へ命じた。
「ギルドへ人を送れ。大型魔物の搬入と襲撃事件だ」
「分かりました!」
門兵の一人が城門の内側へ走っていった。
ロウェンさんは俺たちを見た。
「レーベンでガルムンさんが何と言っていたか覚えているか?」
「巨大な魔物の死体を、勝手に街の中へ持ち込むなと言っていました」
「そうだ。今回は城門ですぐ報告したから問題ないだろう」
しばらくすると、冒険者ギルドの紋章をつけた職員たちと、大きな運搬用の荷車がやってきた。
ギルド職員はアイアンファングベアを確認してから言った。
「死体はこちらでギルドの解体場へ運びます。討伐者と事件関係者の方々は、ギルドまでお越しください」
「遺体もあります」
ロウェンさんの言葉に、職員の表情が引き締まった。
「遺体ですか?」
「襲撃された商隊を護衛していたDランク冒険者が二人です。商人たちを逃がすために残り、命を落としました」
周囲のざわめきが、少しずつ静まっていった。
救助された中年の商人が馬車から降りた。
「あのお二人が時間を稼いでくださらなければ、私たちは全員死んでいました……」
彼は震える声で言った。
ギルド職員は静かに頭を下げた。
「承知しました。遺体と遺品は、こちらで責任を持って引き取ります」
商隊の空いている馬車に載せられた二人の遺体は、布で丁寧に覆われていた。
ギルド職員と冒険者たちが、ゆっくりと遺体を運んでいく。
つい先ほどまでアイアンファングベアを見物していた人々も、無言で道を空けた。
ルナはその様子を静かに見つめていた。
「お兄様」
「うん」
「お二人のご家族にも、知らせが届きますよね?」
「ギルドが伝えてくれるよ」
「……そうですよね」
ルナはいつもと違い、しばらく何も言わなかった。
俺も気持ちは晴れなかった。
俺たちがもう少し早く到着していれば、あの二人も助けられたのかもしれない。
だが、すでに起きたことをやり直すことはできない。
少なくとも、二人が守った商人たちは生き残った。
ギルド職員は遺体とアイアンファングベアを先に運び、俺たちの商隊も城門の中へ入った。
そして、その瞬間。
「うわああ……!」
ルナが再び目を大きく見開いた。
城門の向こうには、まるで別世界のような光景が広がっていた。
広い大通りの両側に、建物が果てしなく並んでいる。
1階が店になっており、上の階には人が住んでいるらしい建物も多かった。
通りには料理や香辛料、革や金属の匂いが入り混じっている。
馬車と人が絶え間なく行き交い、店先では客を呼び込む声が飛び交っていた。
「焼きたてのミートパイだよ!」
「新しく入った鉱石を安く売るよ!」
「ラグナ産の果実酒! 一杯銀貨1枚!」
「今朝獲れた川魚だ!」
ルナの首が忙しなく動いた。
「お兄様、ミートパイです!」
「今はギルドが先だよ」
「川魚もあります!」
「ギルドが先」
「あそこではパンも売っています!」
「ルナ」
「……ギルドへ行った後なら、食べてもいいですよね?」
「夕食は食べないといけないからね」
「はい!」
つい先ほどまで沈んでいた表情が、少し明るくなった。
気持ちが重いことと、腹が減ることは別らしい。
大通りをさらに進むと、巨大な広場が現れた。
広場の中央には噴水があり、その周囲には数十軒もの露店が並んでいた。
楽器を演奏する者、空中へ球を投げる大道芸人、客を呼び込む商人までいる。
レーベンの市場より何倍も大きく、ずっと華やかだった。
広場の向こうの高台には、城壁の外からも見えていた城が建っていた。
「あれが領主様のお城みたいですね」
ルナが言った。
「街のどこからでも見えそうだね」
「あの中にも、美味しい料理がたくさんあるのでしょうか?」
「たぶんあるだろうけど、俺たちが入ることはないと思うよ」
「それは残念です~」
商隊は広場を通り過ぎ、巨大な建物の前で止まった。
入口の上には、剣と盾が交差した冒険者ギルドの紋章が掲げられていた。
建物の大きさは、レーベンのギルドの数倍もある。
出入口も一つではなく三つあり、中と外を大勢の冒険者が行き来していた。
「ここがラグナの冒険者ギルドです」
ブラムさんが言った。
「私たちは先に商隊の荷物を片づけてきます。事件の報告が終わったら、また会いましょう」
「一緒に来ないのですか?」
「襲撃された商隊の件は、当事者の方々が直接説明するほうがよいでしょう。私は宿を探しておきます」
ブラムさんは救助された商人たちと話をした後、商隊を連れて立ち去った。
俺たちはロウェンさんたちと、救助された三人の商人と一緒にギルドの中へ入った。
「……大きい……!」
思わず声が漏れた。
ギルドの内部は、広い大広間のようになっていた。
片方の壁には依頼書がびっしり貼られ、反対側には受付窓口が長く並んでいる。
武器を持った数十人の冒険者が、テーブルに座って話をしていた。
2階へ続く階段や、地下の解体場へ下りる通路も見える。
俺たちが入ると、何人かの冒険者がこちらを見た。
正確には、俺たちではなく、ロウェンさんの後ろから運び込まれてくるアイアンファングベアを見ていた。
「あれが今日入ってくるっていうアイアンファングベアか?」
「誰が倒したんだ?」
「あの黒髪の奴らしいぞ」
「嘘だろ。まだ子供じゃないか」
また始まったな。
受付にいた濃紺色の髪の女性が、こちらへ手を挙げた。
「襲撃事件の関係者の方々でしょうか?」
「そうです」
ロウェンさんが答えた。
「こちらの別室へお越しください。まず、事件の経緯を記録します」
俺たちはギルドの奥にある静かな部屋へ案内された。
救助された商人たちが、襲撃時の状況を先に説明した。
アイアンファングベアが突然森から現れたこと。
護衛の冒険者二人が、商人たちへ逃げるよう指示した後、時間を稼ぐために残ったこと。
そして、俺たちが到着して彼らを助けたことまで。
ギルド職員は話を聞くうちに、次第に表情を曇らせていった。
「亡くなったお二人のお名前は分かりますか?」
中年の商人が頷いた。
「一人はデリックさん、もう一人はフォルさんでした」
ギルド職員は二人の名前を書類へ記した。
「遺品と身分証を確認した後、ご遺族へ連絡します。残っている依頼報酬と、ギルドからの死亡補償金も一緒にお渡しします」
「よろしくお願いいたします……」
中年の商人は深く頭を下げた。
その後、アイアンファングベア討伐についての確認が始まった。
「討伐したのは、リオンさんお一人で間違いありませんか?」
「はい」
「どのような方法で倒したのですか?」
「走ってきたので、首を斬りました」
職員のペンが止まった。
「ええと……それだけですか?」
「はい」
彼女はロウェンさんを見た。
ロウェンさんはため息をつきながら頷いた。
「事実です。一度斬って、首を落としました」
「Bランクの魔物を……」
職員はしばらく俺を見た後、再び書類を書き始めた。
「アイアンファングベアは、解体と鑑定が終わり次第精算いたします。死体がほぼ完全な状態で保存状態もよいため、かなりの金額になると思われます」
ルナが静かに手を挙げた。
「お肉も貰えますか?」
「肉、ですか?」
「はい。少しだけです」
職員は戸惑った表情で俺を見た。
俺は頷いた。
「可能であれば、一部は俺たちで受け取りたいです」
「もちろん可能です。解体前に希望する部位をお伝えください」
ルナの表情が明るくなった。
「前脚と背中のお肉が美味しいと聞きました!」
「ルナ、あまり多く貰っても保管する場所がないよ」
「宿で料理してもらえばいいじゃないですか~」
それを聞いた職員が、遠慮がちに付け加えた。
「ラグナの宿では、持ち込まれた魔物の肉をそのまま調理してくれない店も多いです。追加料金を取る場合もあります」
「追加料金ですか?」
ルナの表情が固まった。
「どれくらい高いのですか?」
「宿によって違いますが……」
ロウェンさんが小さく笑った。
「ラグナはレーベンより物価がずっと高いぞ」
「私たちはお金をたくさん持っているので大丈夫です~!」
ルナは自信満々に言った。
今の俺たちには、クリムゾンボアの代金とヴェノムドレイクの前金がある。
金貨100枚を大きく超えているのだから、しばらく金に困ることはないだろう。
その時、ギルド職員が別の書類を確認した。
「もしかして、お二人がレーベンのギルドから来たリオンさんとルナさんですか?」
「はい」
「少々お待ちください」
職員は部屋を出ていき、小さな金属製の箱と書類を持って戻ってきた。
「レーベンのギルドから送られた、ヴェノムドレイクの最終鑑定書が届いています」
「もうですか?」
「魔法通信で書類だけ先に送られてきました。残金はラグナのギルドで支払うよう依頼されています」
彼女は書類を広げた。
「毒袋と魔石の状態が予想よりよかったため、最終買取価格は金貨136枚となりました。レーベンですでに金貨120枚を受け取っているため、残金は金貨16枚です」
「金貨16枚……」
ルナの目が輝いた。
職員は金属製の箱を開いた。
中には金貨がきれいに並べられていた。
「ご確認ください」
ルナは金貨を一枚ずつ数え始めた。
「一枚、二枚、三枚……十六枚!」
わざわざ自分で数える必要はあったのだろうか?
「合っています!」
「ご確認ありがとうございます」
職員は残金受取の書類を差し出した。
俺は教わったとおり、自分の名前を書いた。
「これで事件の報告は終わりですか?」
「基本的な報告は終了です。ただし、アイアンファングベアが主要街道の近くに現れた件は、調査対象になる可能性があります」
職員の表情が真剣になった。
「最近、ラグナ周辺では、魔物の動きが普段と違うという報告が続いています」
「原因は分かっているのですか?」
「まだ分かっていません」
彼女は首を横に振った。
「しばらく街の外へ出る時は、ギルドの告知を確認してください」
「分かりました」
俺たちは仮のCランク証も見せた。
職員は内容を確認してから言った。
「正式な昇格試験を受けるには、ラグナで何件か依頼をこなしていただく必要があります。ただし、今日は到着されたばかりですから、まずは休まれることをおすすめします」
「俺もそう思う」
ロウェンさんがすぐに言った。
「この二人は、二日間で岩を斬り、商隊を守り、Bランクの魔物まで倒した」
「俺はまだ平気なのですが……」
「俺は疲れた」
「ロウェンさんがですか?」
「お前たちを見ていると、精神的に疲れるんだ」
どういう意味なのかはよく分からないが、とにかくかなり疲れているらしい。
ギルドを出る頃には、日がほとんど沈んでいた。
広場のあちこちで魔法灯が灯り始め、街全体が明るく照らされていく。
露店からは、今も食べ物の匂いが漂ってきた。
ルナは金貨の入った袋を抱え、周囲を見回した。
「お兄様」
「うん」
「これでギルドの用事は終わりましたよね?」
「うん」
「では、ご飯を食べに行きましょう!」
「先に宿を探すべきじゃないかな?」
「ご飯を食べてから探してもいいじゃないですか~」
「荷物もあるよ?」
ルナは少し考えてから言った。
「それなら、食堂のある宿を探せばいいですね!」
とても素早い解決方法だった。
その時、広場の向こうからブラムさんが手を振った。
「リオンさん! ルナさん!」
彼は俺たちへ近づきながら笑った。
「宿を一軒見つけました。食堂も一緒に営業している店です」
ルナの目が輝いた。
「さすがブラムさんです!」
「気に入っていただけたようで何よりです」
俺たちはブラムさんについて、広場の奥にある広い通りへ向かった。
両側には、華やかな看板を掲げた店が並んでいた。
武器屋、魔道具店、宝石店、衣料品店。
窓の向こうに並べられた品物は、レーベンで見たものよりずっと洗練されている。
そして、値札も一緒に見えた。
【魔法保温マント――金貨8枚】
【銀製魔力指輪――金貨15枚】
【東部産赤絹のドレス――金貨24枚】
「……」
俺は足を止めた。
「お兄様」
「うん」
「ラグナは、品物が少し高いみたいです」
「少しどころではない気がする」
ついさっき金貨16枚を受け取って喜んでいたのに、指輪を一つ買えばほとんどなくなってしまう。
ブラムさんが笑って言った。
「ここは大広場の近くで、高級品を扱う店が多いため、特に高いのです~。少し離れれば、もっと安い店もありますよ」
「よかったです……」
ルナは安堵の息を吐いた。
だが、すぐに通りの先から焼いた肉の匂いが漂ってきた。
ルナの表情が再び明るくなった。
「お兄様、早く行きましょう!」
「まず値段を確認しないと」
「食べ物は実際に食べてみないと、値段に見合う美味しさか分からないじゃないですか~」
間違ってはいない気もするが、どこか危険な理屈だ。
このままでは破産するかもしれない……。
こうして、俺たちはついにラグナへ到着した。
想像していたよりも、はるかに大きく華やかな街。
そして、思っていたよりもずっと金のかかる街だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
この作品がどうだったか、ぜひ⭐評価で率直に教えていただけると嬉しいです!




