道を塞ぐ巨大な岩も、斬ればいいだけです!
翌朝。
「お兄様! 起きてください!」
「ううん……」
目を開けると、ルナがベッドの横に立ち、俺の肩を揺さぶっていた。
昨日もルナのほうが先に起きていたが、今日も同じだった。
「も、もう朝なの?」
「はい! 下の階から美味しそうな匂いがします~」
やはり食べ物が理由だったか……。
俺たちが泊まったのは、名前もない小さな村の宿だった。
レーベンの『金鹿亭』よりずっと小さく、客室の中にはベッドが二つと、小さな机が一つあるだけだった。
それでもベッドは柔らかく、長時間馬車に揺られた後だったせいか、ぐっすり眠ることができた。
俺は体を起こし、窓を開けた。
窓の外には、まだ薄い霧が残っている。
宿の前の広場では、商人や御者たちがすでに荷物を整理していた。
馬に餌を与えている者もいれば、馬車の車輪を確認している者もいる。
「俺たちも、そろそろ準備しないとな」
「はい!」
ルナはすでに外套まで着ていた。
「ところで、どうして鞄を持っているの?」
「朝ご飯を食べたら、すぐに出発するかもしれないじゃないですか」
確かに、早く到着しないといけないからな。
俺たちはすぐに荷物をまとめ、食堂へ向かった。
食堂には温かいスープとパン、焼いた卵が用意されていた。
ルナは席に座るなり、スープの匂いを嗅いだ。
「わあ~、美味しそうな匂いです!」
「熱いから気をつけて」
「はい!」
ルナは返事をすると同時に、スープを大きく一口すくって食べた。
「あつっ!」
「気をつけろって言っただろ……!」
「でも美味しいです~」
昨日から一緒にいる護衛の冒険者たちも、すでに食事をしていた。
ロウェンさんは固いパンをスープに浸して食べており、バルトさんは一度にパンを二つずつ取っていた。
ニアさんとクロエさんは静かに茶を飲んでいる。
「よく眠れたか?」
ロウェンさんが尋ねた。
「はい。思っていたより快適でした」
「この村は、ラグナへ向かう商人たちがよく立ち寄る場所だ。規模は小さいが、宿は悪くない」
「朝ご飯も美味しいです~」
ルナは焼いた卵をもう一つ取りながら言った。
「ルナ、それで何個目?」
「三個目です」
「えっ、二個目じゃなかった?」
「お兄様がパンを見ている間に、一つ食べました」
いったい、どうやってそんなに早く食べたんだ……?
食事が終わろうとした頃、ブラムさんが宿の中へ入ってきた。
だが、いつもと違って、その場の空気が少し重くなっていた。
「皆さん……問題が起きました」
食堂にいた全員が、一斉にブラムさんを見た。
「何があった?」
ロウェンさんが立ち上がって尋ねた。
「村の東側の道が塞がれたそうです……」
「道が?」
「はい。明け方に大きな音がしたらしく、山の斜面から巨大な岩がいくつも転がり落ち、道を完全に塞いでしまったそうです……」
ブラムさんは困ったように額の汗を拭った。
「村人たちが確認しましたが、馬車が通れるような隙間はまったくないそうです」
「迂回路はないのですか?」
俺が尋ねると、ブラムさんは首を横に振った。
「あるにはありますが、南の森を大きく回らなければなりません。最低でも2日は余計にかかるでしょう」
「えっ? 2日もですか?」
ルナが驚いて尋ねた。
「それでは、ラグナの食べ物を食べるのも2日遅くなるのですか?」
「最初に気にするのがそれなの?」
「ふええん~、早く着きたいのに……」
どこかで聞いたようなやり取りだった。
ロウェンさんは少し考えた後、剣を手に取った。
「まずは直接見に行こう」
「俺たちも一緒に行きます!」
俺が言うと、ロウェンさんは一瞬動きを止めた。
「ああ。お前たちがいれば助かりそうだ」
商隊の者たちの一部は村に残って荷物を整理し、俺たちと護衛冒険者たちは、ブラムさんについて東の道へ向かった。
村を出て、10分ほど歩いた頃だった。
「……あれですか?」
ルナが前を指差した。
道の真ん中に、巨大な岩がいくつも積み重なっていた。
一つや二つではない。
人の背丈を超える岩が数十個も、道を完全に覆っていた。
その奥には、崖から崩れ落ちた土や木まで絡み合っている。
馬車どころか、人一人が通るのも難しそうだった。
村人たちが数人、鋤やつるはしを手に岩をどかそうとしていたが、小さな石をいくつか運ぶだけでも苦労していた。
「これは、人の手で片づけられる量ではありませんね……」
クロエさんが呟いた。
バルトさんは、一番手前にある岩を両手で押してみた。
「うううっ……!」
腕や首に血管が浮き出たが、岩は少しも動かなかった。
「動かないな」
「当たり前だ」
ロウェンさんが言った。
「あの大きさの岩では、数十人がかりでも動かすのは難しい」
ニアさんが周囲を見回した。
「崖がさらに崩れる可能性はありませんか?」
「今すぐという感じではないが、長居はしないほうがよさそうだ」
ブラムさんは積み重なった岩を見つめ、ため息をついた。
「迂回するしかありませんね……」
「2日も余計にかかれば、輸送の予定が大きく遅れます」
一緒に来ていた商人の一人が、不安そうな表情で言った。
「薬品の中には、長く置いておくと品質が落ちるものもあります……」
「だからといって、この道を通る方法もないでしょう?」
人々の表情が、次第に暗くなっていった。
俺は岩の山を見つめた。
大きくはあるが、ヴェノムドレイクの鱗ほど硬そうには見えない。
「あの岩さえなくなればいいのですか?」
俺が尋ねると、ロウェンさんは頷いた。
「そうではあるが……まさか、持ち上げて運ぶつもりじゃないだろうな?」
「それでは、かなり時間がかかりそうです」
「では、どうする?」
俺は腰の剣を抜いた。
ロウェンさんの顔が固まった。
「ちょ、ちょっと待て」
「どうしました?」
「お前、まさかあの岩を斬るつもりか?」
「はい」
「あれを……?」
「はい。斬れると思います」
ロウェンさんは、巨大な岩と俺の剣を交互に見た。
「いくらお前が強くても、剣のほうが先に折れそうだが」
「この剣は、なかなか折れないので大丈夫です」
父さんが作ってくれた剣だ。
幼い頃から修行で数えきれないほど振ってきたが、刃が少し欠けたことさえない。
「お兄様なら、十分できますよ~」
ルナは当然のように言った。
一方、クロエさんとニアさんは、信じられないという表情を浮かべていた。
「本当に岩を斬れるのですか?」
「たぶん」
「たぶん?」
「これほど大きな岩を斬るのは初めてなので」
人々は一歩ずつ後ろへ下がった。
なぜかは分からないが、かなり遠くまで下がっていった。
「もう少し離れたほうがいいでしょうか?」
ブラムさんが尋ねた。
「そのくらいで十分だと思います」
俺は一番手前にある岩へ近づいた。
俺の身長の2倍はありそうな、巨大な岩だった。
剣を両手で握り、力を入れすぎないように構えた。
岩が細かく砕けすぎれば、周囲の人が怪我をするかもしれない。
一度で、ほどよい大きさに切り分けたほうがよさそうだな……。
俺は剣を軽く振った。
スッ――
剣の刃が岩を通り抜けた。
「……終わったのか?」
ロウェンさんが尋ねた。
「ひとまず斬りました」
見た目には、何も変わっていなかった。
ロウェンさんが慎重に岩へ近づいた。
その瞬間。
ピシッ。
岩の中央に、細い線が浮かんだ。
そして、巨大な岩が正確に真っ二つへ割れた。
ドン!
ドン!
二つに切れた岩が左右へ倒れ、地面が揺れた。
周囲が静まり返った。
「……」
ロウェンさんは口を開けたまま、割れた岩を見つめていた。
クロエさんも何も言わなかった。
ブラムさんは何度も目を瞬かせていた。
「本当に……斬れたのですね……?」
「はい」
「い、岩を……剣で……」
「思っていたほど硬くありませんでした」
「硬くなかっただと……」
ロウェンさんが力なく呟いた。
だが、手前の岩を一つ割っただけだ。
その後ろには、まだ数十個も残っている。
「続けます」
「ちょっと待て」
ロウェンさんが俺を止めた。
「全部、一つずつ斬るつもりか?」
「はい」
「どれくらいかかる?」
俺は岩の数を数えてみた。
「5分くらいだと思います」
「5分……」
ロウェンさんは、それ以上何も言わなかった。
俺は道を塞いでいた岩を、順番に斬り始めた。
スッ。
ピシッ。
ドン!
スッ。
ピシピシッ。
ドン!
巨大な岩が、一つずつ切り分けられていった。
大きすぎる破片はもう一度斬り、人が運べる程度の大きさにした。
隣では、バルトさんと村人たちが、切られた岩を道の端へ運んでいた。
「軽くはないが、これなら動かせる!」
「こちらも運んでください!」
「まずはこっちの道を確保しましょう!」
人々の動きが一気に速くなった。
ルナは、土や折れた木が積み重なった場所へ近づいた。
「私は、こっちを片づけます~」
「ルナさん、一人では危険です!」
クロエさんが止めようとしたが、ルナはすでに手を伸ばしていた。
「風で押しのければ大丈夫です」
「待ってください、強すぎると……!」
ヒュオオオオ――!
強い風が道の上を吹き抜けた。
土や小石、折れた枝が一斉に浮き上がり、道端の空いた場所へ移動していく。
大きな土煙が上がったが、道は一瞬で綺麗になった。
クロエさんは、黙ったままその光景を見つめていた。
「これも、少し押しのけただけなのですか?」
「はい~」
「……そうですか」
クロエさんは、もう諦めたように頷いた。
約20分後。
つい先ほどまで巨大な岩と土砂に塞がれていた道が、完全に姿を現していた。
馬車が2台並んで通っても問題ないほど広い。
ブラムさんは道の真ん中に立ち、信じられないという顔で周囲を見回した。
「本当に道が開きました……」
「これで通れますか?」
俺が尋ねると、ブラムさんは大きく頷いた。
「もちろんです! これなら何の問題もありません!」
村人たちも喜びながら、俺たちのもとへ近づいてきた。
「おお! ありがとうございます!」
「この道が塞がったままだったら、村も大変なことになるところでした!」
「商人が来られなければ、必要な物も手に入りませんから」
一人の老人が、俺の手を両手で握った。
「若い冒険者なのに、本当に大したものだ!」
「俺一人でやったわけではありません。あそこにいるルナも手伝いました」
「ルナさんも、ありがとうございます!」
「大したことではありませんよ~」
ルナは機嫌よく笑った。
その時、ブラムさんが道端に置かれた岩の破片を調べた。
「それにしても、切断面が本当に滑らかですね」
ロウェンさんも岩へ手を触れた。
「剣で切ったとは思えないほどだ」
「これなら石材として売れるのではありませんか?」
商人の一人が言った。
「形も整っていますし、切断面も綺麗です。村で建築資材として使うこともできるでしょう」
ブラムさんの目が輝いた。
「それなら、片づけた岩も捨てずに済みますね」
「これもお金になるのですか?」
ルナがすぐに尋ねた。
「状態がよいので、少しくらいなら値がつくでしょう」
「お兄様!」
ルナが俺を見た。
「もっと岩を斬りましょうか?」
「どうして?」
「たくさん斬れば、お金をもっと貰えるじゃないですか~」
「いや、道を塞いでいた岩は、もう全部片づけただろ……」
ルナは崖の上を見た。
「上には、まだたくさんありますよ?」
「何もしていない山まで斬っては駄目だ」
「少しくらい……」
「駄目」
ロウェンさんも頷いた。
「今回ばかりはリオンの言うとおりだ」
ルナは残念そうな表情を浮かべた。
その後、俺たちは村へ戻った。
道が開いたという話はすでに広まっていたらしく、村人たちが宿の前に集まり、俺たちを待っていた。
宿の主人は、礼だと言って小さな籠を差し出した。
中には焼きたてのパンとリンゴが入っていた。
「これは、道を開いてくださったお礼です!」
「受け取ってもいいのですか?」
「もちろんです。おかげで村が救われました」
ルナが籠を受け取った。
「本当にありがとうございます~!」
「お兄様、これ温かいですよ!」
「焼きたてのパンみたいだね」
「出発する前に、一つだけ食べてもいいですか~?」
「朝ご飯を食べたばかりだろ」
「風の魔法を使ったら、お腹が空きました~」
昨日も同じ言い訳を聞いた気がする。
だが、道を片づけるのを手伝ったのは事実だ。
「じゃあ、一つだけ」
「はい!」
ルナは籠の中から、一番大きなパンを選んだ。
「えっ……」
「一つですよね~?」
くそっ、反論できない……。
商隊は予定より少し遅れて村を出発した。
だが、南の森を迂回する必要がなくなったため、結果的にはラグナへずっと早く到着できることになった。
馬車が再び動き始めると、ロウェンさんが俺の隣へ近づいてきた。
「リオン」
「はい」
「昨日は、ヴェノムドレイクを倒したという話を聞いても、半分は信じていなかった」
「そうだったのですか?」
「だが、今日お前が岩を斬るのを見て、はっきり分かった」
ロウェンさんは真剣な表情で言った。
「お前は本当に、規格外の人間だな……」
「規格外、ですか?」
「普通の人間の基準で考えてはいけないという意味だ」
「そこまでではないと思いますが……」
「今までお前が会った人たちも、全員俺と同じことを言っていただろう?」
俺は少し考えた。
ガルムンさん、マリアさん、エルマさん、ロドリック副ギルド長。
全員、似たようなことを言っていた気がする。
「うーん……はい」
「なら、間違いなくそういうことだ」
ロウェンさんは、それ以上説明しなかった。
反対側では、クロエさんがルナと話していた。
「ルナさんは、風の魔法でどれくらいまで押し飛ばせるのですか?」
「どれくらいまで、ですか?」
「例えば、あそこにある木くらいなら、引き抜けますか?」
ルナは道端の大きな木を見た。
「うーん、できると思います」
「では、あの丘は?」
「少し力を使えば、できるかもしれません」
クロエさんは、たぶん冗談で聞いたのだろう。
だが予想外の答えが返ってきたせいか、とても驚いた表情をしていた。
「丘を押し飛ばすのですか?」
「はい?」
「いえ。何でもありません」
商隊は再び、東へ続く街道を進んでいった。
今日は朝から道が塞がれていたが、思っていたより早く解決することができた。
この調子なら、残りの旅も大きな問題なく終わりそうだ。
そう思いながら前を見ていると、遠くに妙な点が見えた。
最初は人だと思った。
だが、近づくにつれて、人ではないことが分かった。
大きな荷車が一台、道の真ん中で横倒しになっていた。
その周囲には、壊れた木箱や荷物があちこちへ散らばっている。
ニアさんが目を細め、前へ出た。
「少し止まってください」
商隊がゆっくりと止まった。
ロウェンさんが剣の柄へ手を置いた。
「どうした?」
ニアさんは、倒れた荷車の周囲の地面を見た。
「人の足跡が大量にあります」
「商隊が襲われたのか?」
「それだけではありません」
ニアさんは、道端の泥に残された巨大な跡を指差した。
人間の足跡より、何倍も大きい。
深い爪痕まで残っていた。
「大型魔物の痕跡です!」
ロウェンさんの表情が固まった。
ルナはパンを食べるのを止め、その痕跡を見つめた。
「お兄様」
「何?」
「今回の魔物は、食べられるのでしょうか?」
「……?」
俺たちの旅の2日目は、どうやら前日ほど平和には終わらなさそうだった。
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