表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/40

森の魔物は子供を守っていました!

クリムゾンボアを追い払った存在が、一体だけだと思っていたこと自体、間違いだったのかもしれない。


森の奥から、二つの鳴き声が重なって聞こえてきた。


一つは短く鋭い声。


そしてもう一つは、地の底まで響くような低く荒々しい咆哮だった。


バルクさんが弓に矢をつがえた。


「全員! 間隔を保ったまま、ゆっくり進むぞ」


「あ、あちらへ行くんですか?」


ドランさんが緊張した顔で尋ねた。


「ここまで来た以上、確認もせずに引き返すわけにはいかない」


「それはそうですが……」


ドランさんは巨大な盾を前へ構えた。


「さっきの青い奴だけでも、クリムゾンボアより遥かに大きく見えたぞ……」


「だからこそ、より慎重に進む必要がある」


バルクさんはセラさんを見た。


「痕跡は?」


「二種類あるわ……」


セラさんが地面を調べながら答えた。


「さっき見た青い毛の魔物が残した足跡と、それより遥かに重い、別の足跡」


彼女は折れた木のそばに残る痕跡を指さした。


青い魔物の足跡は大きく深かったが、形は一定だった。


一方、もう一つの足跡は、地面を踏み潰すように刻まれている。


指は三本。


それぞれの爪痕は、剣のように長かった。


「二頭が戦ったみたいです!」


ルナが言った。


「それが分かるのか?」


俺が尋ねると、ルナは頷いた。


「魔力同士が絡み合っていた痕跡があります。青い魔物の雷の魔力と、向こうから感じる濁った魔力です」


「濁った魔力?」


メルヴィンさんが緊張したように唾を飲み込んだ。


「そんなものまで区別できるんですか?」


「はい~。嫌な匂いみたいな感じがするんです」


「魔力から匂いを感じると……?」


メルヴィンさんは、また理解できないという顔になった。


「ルナは、昔からそういうものを感じ取るのが得意なんです」


俺が言うと、メルヴィンさんがこちらを見た。


「リオンさんも感じられるんですか?」


「いいえ」


「そ、そうですか……」


何だか少し安心したような顔をしているけど、どうしてだ……?


俺たちは鳴き声が聞こえた方向へ進んだ。


森の奥へ入るほど、折れた木が増えていく。


根元から引き抜かれている木もあれば、幹の中央が黒く焼けて倒れている木もあった。


地面のあちこちには青い毛と黒い血が落ちている。


「血がある……!」


セラさんが地面を指さした。


「青い毛が付いているところを見ると、さっき見た魔物の血みたいね」


「負傷しているということか?」


カルドさんが尋ねた。


「傷は軽くなさそうです」


バルクさんの表情が険しくなった。


「ふむ……負傷した魔物は、普段より遥かに危険だ。追い詰められれば、見境なく襲いかかってくることもある」


俺は昨夜、クリムゾンボアの後ろ脚に残っていた傷を思い出した。


クリムゾンボアを傷つけたのは、おそらくあの青い魔物だろう。


そして、その魔物に傷を負わせた別の存在が、この森の中にいる。


「お兄様」


ルナが俺の顔を見た。


「どうして笑っているんですか?」


「いや、俺は真剣だけど」


「……?」


「……ただ、どんな奴なのか気になっただけだよ」


「はい~。私も気になります~」


ルナも楽しそうに笑った。


そばにいたドランさんが、俺たちを見ながら呟いた。


「あの兄妹は、緊張というものを知らないのか……」


「そのくらい知っています!」


ルナが答えた。


「初めて食べる料理が出てくる直前は、本当に緊張します」


「俺が言っている緊張は、そういうものじゃない……」


その時、先を歩いていたセラさんが突然片手を上げた。


「皆さん、止まってください」


全員が即座に足を止めた。


前方から、何かが折れる音が聞こえた。


バキッ。


グルルルル……。


木々の間で青い光が閃いた。


調査隊は一斉に武器を構えた。


バルクさんは弓を引き絞り、ドランさんは盾を地面へ立てる。


メルヴィンさんの手のひらには、小さな炎が浮かび上がった。


俺とルナも前を見た。


しばらくして、木々の間から巨大な魔物が姿を現した。


狼と獅子を混ぜ合わせたような姿だった。


体格はクリムゾンボアほどもあり、全身が濃い青色の毛で覆われている。


背中と首の周囲の毛は稲妻のように鋭く逆立ち、四本の脚の爪の間では青い電流が弾けていた。


だが、状態はよくなかった。


左の前脚には深い傷があり、脇腹の毛は血に濡れて黒ずんだ赤色へ変わっている。


「あ、あれは……!」


バルクさんが息を呑んだ。


カルドさんも緊張した表情を浮かべている。


「知っている魔物なんですか?」


俺が尋ねると、カルドさんは首を横に振った。


「実物を見るのは初めてだ。だが、古い図鑑で似た魔物を見たことがある」


「名前は何ですか?」


「確か……『サンダーレオ』だったはずだ」


青い魔物が、俺たちへ向かって牙を剥いた。


「グルルルル……」


周囲の毛が逆立ち、稲妻がさらに強くなる。


バチッ。バチバチッ。


ドランさんが盾の後ろへ身体を隠した。


「攻撃が来るぞ!」


「待ってください!」


ルナが叫んだ。


「あの魔物、私たちを攻撃しようとしているわけではありません!」


「な、何だと? 牙まで剥いているのに?」


「怖がっているんです」


ルナはサンダーレオの後ろを見た。


俺もそちらへ視線を移す。


巨大な木の根の下に、小さな青い毛玉がうずくまっていた。


最初はサンダーレオから抜け落ちた毛だと思った。


だが、それは小さく身体を震わせていた。


「子供だ!」


俺は声を上げた。


成体の脚よりも小さな、サンダーレオの子供だった。


まだ目も完全には開いていないようで、前脚の一本には傷がある。


成体のサンダーレオは、俺たちと子供の間へ立ち塞がっていた。


傷ついた身体でも、絶対に退こうとはしない。


「子供を守っていたのか……」


バルクさんがゆっくりと弓を下ろした。


他の調査隊員たちも状況を理解したのか、少しずつ武器を下げていく。


ルナが一歩前へ出た。


「私が治してあげます」


すると、サンダーレオが大きく咆哮した。


「ガアアアアアッ!」


青い稲妻が周囲へ弾け飛んだ。


バキィッ!


近くの木が一本、雷を受けて真っ二つに裂けた。


「ルナ!」


俺はすぐにルナの前へ立った。


だがルナは、俺の背後からサンダーレオを見つめていた。


「大丈夫です、お兄様! 攻撃しようとしているわけではありません」


「今、木が裂けたけど?」


「あれは……警告です」


「……警告にしては強すぎないか?」


ルナは俺の横から顔を覗かせた。


「私たちは、あなたの子供を傷つけに来たんじゃありません!」


当然、魔物が人間の言葉を理解するとは思っていなかった。


だが、サンダーレオの耳がわずかに動いた。


唸り声も、ほんの少しだけ弱くなる。


「まさか、言葉を理解しているのか?」


メルヴィンさんが驚いて呟いた。


「高位の魔物の中には、人の言葉を理解する個体もいると聞いたことがあるわ……」


セラさんが言った。


「でも、ここまで反応する個体は初めて見るわね……」


ルナは手のひらに小さな光を浮かべた。


治癒魔法だ。


「これは傷を治す魔法です」


サンダーレオが、その光を見つめた。


まだ警戒はしているが、先ほどのように稲妻を放つことはなかった。


「先に、お兄様を治してみましょうか?」


「俺は怪我してないけど……」


「では、傷を作ればいいですか?」


「いやいや、わざわざ作る必要はない」


ルナは少し考えた後、周囲を見回した。


ちょうどドランさんの腕に、小さな傷があった。


昨日負ったものなのか、包帯の下から少し血が滲んでいる。


「ドランさん、少しだけいいですか?」


「ん?」


ルナがドランさんの腕へ手を当てた。


温かな光が広がると、傷は一瞬で消えた。


サンダーレオは、その様子をじっと見ていた。


「ほら。傷つけたりしません」


ルナが再び前へ進んだ。


ザッ。


ザッ。


サンダーレオは低く唸っていたが、今度は攻撃してこなかった。


ルナは奴のすぐ前まで近づくと、ゆっくりと膝をついた。


「子供から治してもいいですか?」


サンダーレオは、ルナの目を見つめた。


そして、しばらくすると、ごくゆっくりと横へ退いた。


「信じてくれたみたいです!」


ルナは嬉しそうに子供へ近づいた。


俺は念のため、ルナのすぐ後ろをついていった。


近くで見ると、子供の傷は思っていたより深かった。


前脚には黒い何かで切りつけられたような傷があり、その周囲は紫色に変色していた。


「かなり強い毒です……!」


ルナが驚いたように言った。


「治せるか?」


「はい。でも、少し時間がかかりそうです」


ルナは両手で子供を包み込み、治癒魔法を使った。


白い光が子供の全身を覆う。


紫色に変わっていた皮膚が、少しずつ元の色へ戻っていった。


「キュウ……」


子供が小さな声で鳴いた。


成体のサンダーレオが、心配そうに頭を下げる。


ルナは集中したまま、魔力を流し続けた。


「もう少しだけ我慢してね」


その時、森の反対側で木が倒れる音が響いた。


バキバキッ!


先ほど聞こえた低く荒々しい鳴き声が、再び響き渡る。


「グオオオオオ……!」


サンダーレオの身体が、すぐに強張った。


奴は子供の前へ立ち塞がり、森へ向かって牙を剥く。


バルクさんが再び弓を構えた。


「来るぞ!」


地面が揺れた。


ドン。


ドン!


ドンッ!!


木々の間から、黒い影が近づいてくる。


「子供へ毒を残した奴だろうな……!」


カルドさんが槍を構えた。


メルヴィンさんが緊張した声で言った。


「強力な毒を使えて、しかもあれほど巨大な魔物なんて……」


巨大な木が一本、横倒しになった。


その後ろから、魔物が姿を現した。


黒い鱗に覆われた、巨大な蜥蜴型の魔物だった。


体長はサンダーレオよりも長く、背中には鋸の刃のような鋭い棘が並んでいる。


太く長い尻尾の先には、黒い液体を滴らせる毒針が付いていた。


奴が口を開けると、その奥から紫色の唾液が流れ落ちた。


「ヴ、ヴェノムドレイクだ……!」


バルクさんの顔が青ざめた。


「知っているんですか?」


「Bランク上位の魔物だ。クリムゾンボアより遥かに危険だぞ」


ヴェノムドレイクは俺たちを見ていなかった。


奴の視線は、サンダーレオと、その背後にいる子供だけへ向けられている。


サンダーレオが傷ついた身体で前へ出た。


だが、前脚が震えていた。


この状態で再び戦えば、絶対に勝てないだろう。


俺は剣を抜き、サンダーレオの前へ立った。


「今度は俺たちが戦う!」


サンダーレオが俺を見た。


「お兄様!」


子供を治療していたルナが言った。


「お肉を傷めないようにすること、分かっていますよね~?」


「今もその心配なのか!?」


本当にぶれないな。


ヴェノムドレイクが大きく口を開いた。


紫色の毒液が、口の中へ集まり始める。


「全員、避けろ!」


バルクさんが叫んだ。


だが、毒液が狙っていたのは調査隊ではなかった。


動けないサンダーレオの子供だ。


俺は地面を蹴った。


毒液が吐き出されるのと同時に、子供の前へ飛び込む。


そして、剣を大きく振り抜いた。


ドォン!


剣風に押し返された毒液が、左右の木々へ降りかかった。


ジュウウウッ!


木と草が、一瞬で黒く溶け落ちた。


周囲が静まり返った。


ドランさんが震える声で言った。


「い、今……毒を剣で吹き飛ばしたのか?」


俺はヴェノムドレイクを見据え、剣を構えた。


奴も俺が邪魔だと気づいたのか、今度はこちらへ顔を向けた。


「グオオオオオッ!」


ヴェノムドレイクが咆哮しながら襲いかかってきた。


俺は剣を両手で握った。


「ルナ、子供を頼む!」


「はい! お兄様はお肉をお願いします~!」


……それは倒してから考えよう。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

続きが気になりましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ