初めて調査隊に参加します!
「ふわあ~、よく寝た!」
翌朝。
目を覚ますとすぐ、窓の外から人々の声が聞こえてきた。
昨夜、魔物に襲撃された町とは思えないほど、通りには活気が戻っている。
北門を修理するために大工たちが木材を運び、警備兵たちは崩れた城壁や道を片づけていた。
何より変わったのは、人々の反応だった。
「あそこにいる!」
「昨日、クリムゾンボアを倒したお兄ちゃんとお姉ちゃんだ!」
宿の窓の下で、子供たちが俺たちの部屋を見上げていた。
何気なく窓を開けると、子供たちが手を振ってくる。
「リオンお兄ちゃん! おはよう!」
「今日も魔物を倒しに行くの?」
「ああ。森を調べに行くんだ」
「今度も、ものすごく大きいのを捕まえてきてね!」
「それは状況次第だな」
子供たちは楽しそうな顔で走っていった。
その様子を見ていたルナが、ベッドの上で身体を起こした。
「お兄様、もう有名人になってしまいましたね~」
「ルナも一緒に有名になっただろ」
「私はもともと目立ちますから~」
ルナは自分の銀色の髪を手で整えながら、当然のように言った。
間違ってはいないな……。
町へ入った初日から、人々はずっとルナを見ていたのだから。
「ところで、お兄様」
「ん?」
「今日、市場へ行くことも忘れていませんよね~?」
「忘れてないよ」
「髪飾りも?」
「ああ」
「お肉も?」
「森で捕まえた魔物を、何でも食べようとするなよ」
「食べられるかどうかは、確かめないといけないじゃないですか~」
ルナは満面の笑みを浮かべた。
俺たちは装備を整え、階下へ下りた。
食堂では、エルマさんが朝食を用意していた。
パンと卵、それに薄く切って焼いたアーマーボアの肉が、それぞれの皿に並べられている。
「よく眠れた?」
「はい」
「よく眠れました~!」
ルナは席に着くなり、すぐに肉を手に取った。
エルマさんはそんなルナを見て笑った。
「今日は森へ入るんですって?」
「はい。正午に調査隊が出発すると聞きました」
「無理をしてはいけないよ」
「心配しなくても大丈夫です」
「はあ……その言葉を信じられればいいんだけどね……」
エルマさんの視線が、昨日俺がクリムゾンボアを担いで入ってきた方へ向けられた。
「あなたたちが強いのは分かっているけど、森では何が起こるか分からないんだから」
「はい! 気をつけます」
エルマさんは俺の返事を聞いても、しばらく疑わしそうな目でこちらを見ていた。
朝食を終えてギルドへ向かうと、入口の辺りから大勢の人で混雑していた。
昨夜倒したアーマーボアの精算と、被害の届け出が一度に押し寄せているらしい。
俺たちが扉を開けて中へ入ると、騒がしかったギルド内が一瞬だけ静かになった。
「来たぞ!」
「あの子たちが昨日の……」
「本当に若いんだな」
冒険者たちが、こちらをちらちら見ながら囁いている。
その時、受付にいたマリアさんが俺たちを見つけ、手を振った。
「リオンさん、ルナさん! こちらへ来てください!」
俺たちが近づくと、マリアさんは一枚の書類を差し出した。
「北の森調査隊への参加確認書です。お二人の名前はすでに登録されていますので、あとは署名だけで大丈夫です」
俺は書類に目を通した。
調査中はギルドの指示に従うこと。
発見した情報や素材を隠さないこと。
危険な状況では、調査隊長の命令を優先すること。
「調査隊長は誰ですか?」
「Cランク冒険者のバルクさんです。森や山岳地帯での偵察経験が豊富な方ですよ」
マリアさんはギルドの隅を指さした。
そこには六人の冒険者が集まっていた。
一番前に立っている男は、三十歳くらいに見える。
短い茶色の髪に、左の眉を横切る傷跡があり、背中には弓と短剣を背負っていた。
その隣には盾と斧を持った大柄な男、二人の剣士、ローブを着た魔法使い、軽い革鎧を身につけた女性冒険者がいた。
カルドさんと警備兵二人まで含めれば、俺たちを除いて全部で九人だ。
俺たちが近づくと、傷のある男が腕組みを解いた。
「お前がリオンか?」
「はい」
「俺は今回の調査隊の隊長を務めるバルクだ」
「よろしくお願いします」
「ルナです~」
バルクさんは、俺たちをゆっくりと見回した。
「昨夜の活躍は聞いている。だが、今日は討伐ではなく調査だ」
「分かっています」
「森の中では俺の指示に従え。どれだけ強くても、一人で先走るな」
「はい」
俺がすぐに返事をすると、バルクさんは少し意外そうな顔をした。
「思っていたより素直に返事をするんだな」
「昨夜も同じことを言われました」
「そうか」
カルドさんが隣でため息をついた。
その時、盾を持った大柄な男が俺たちのもとへ歩いてきた。
「俺はドランだ。前に出て魔物を受け止める役目をしている」
ドランさんは、自分の身長ほどもある盾を軽く叩いた。
「昨夜、お前がクリムゾンボアの突進を受け流したと聞いた」
「はい」
「真正面から止めたわけじゃないんだろ?」
「正面から止めたら、門まで壊れてしまうかもしれませんから」
「そ、それが理由だったのか?」
ドランさんはしばらく言葉を失った。
隣にいた女性冒険者が笑い声を上げた。
「この子に普通の基準を求めない方がよさそうね。私はセラ。痕跡を見つけたり、周囲を警戒したりする役目よ」
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします~」
ローブを着た魔法使いは、俺たちと同じくらいの年齢に見えた。
彼は、妙に緊張した目でルナを見ている。
「ぼ、僕はメルヴィンといいます。火と風の魔法を使います」
「私も風の魔法を使えます!」
ルナが嬉しそうに言った。
「はい、昨日見ました……」
メルヴィンさんは何とも言えない暗い表情になった。
「城壁の上から」
「私の風、どうでしたか?」
「どうという程度ではありませんでした……!」
「ありがとうございます~」
褒められたと思ったルナが、嬉しそうに笑った。
メルヴィンさんは何かを言いかけたが、諦めたように俯いた。
準備を終えた調査隊は、正午より少し前に北門へ向かった。
夜通し応急修理された門には、新しい木の板が何枚も打ちつけられている。
門の外に広がる平原には、昨夜の戦いの跡がそのまま残っていた。
地面は何十もの蹄の跡で荒れ、クリムゾンボアが倒れた場所には巨大なくぼみが残っている。
セラさんが地面にしゃがみ、痕跡を調べた。
「アーマーボアたちは、北の森の西側から出てきているわ」
彼女は数多くの足跡の中から、ひときわ大きなものを指さした。
「クリムゾンボアも同じ方向から来ている」
「森の中にいる何かに追い出されたんだろうな」
バルクさんが言った。
「問題は、その何かが今どこにいるかだ」
調査隊は痕跡を追い、森へ入った。
昼間だというのに、森の中は薄暗かった。
木々が隙間なく生い茂って日差しを遮り、昨夜アーマーボアの群れが通った場所には、倒れた木や折れた枝が散乱している。
「これだけ痕跡がはっきりしていても、偵察は難しいんですか?」
俺が尋ねると、セラさんが答えた。
「痕跡を見つけることと、安全に追いかけることは別なの」
彼女は木の幹に残された長い傷を指さした。
「これはクリムゾンボアの牙が擦った跡ね。高さを見ると、普段より身体を低くして走っていたことが分かる」
「逃げるのに必死で、まともに姿勢を取ることもできなかったということか?」
カルドさんが尋ねると、セラさんは頷いた。
「たぶん、そうでしょうね」
さらに奥へ進むと、森の雰囲気が変わった。
鳥や虫の声が完全に消えている。
風も吹いていないのに、時折、木の葉だけが小さく震えていた。
ルナが俺の隣へ近づいてきた。
「お兄様!」
「どうした?」
「この辺りに、魔力がたくさん集まっています」
「本当か? どっちから?」
ルナは目を閉じて周囲を感じ取り、森の奥を指さした。
「あちらです」
前を歩いていたメルヴィンさんが、驚いて振り返った。
「それが分かるんですか?」
「はい~。かなり濃いですよ?」
メルヴィンさんは、しばらく言葉を失った。
「僕には何も感じられないのですが……」
「もう少し集中してみてください~」
「そんなに簡単なことではありません……」
バルクさんが手を上げ、全員を止めた。
「ここからは間隔を狭める! ドランは前へ。セラは引き続き痕跡を確認しろ。メルヴィンは、いつでも魔法を使えるように準備しておけ」
「分かりました!」
俺たちはルナが指さした方向へ、慎重に進んだ。
しばらくすると、焦げ臭い匂いが鼻を突いた。
「ひ、火事か?」
ドランさんが盾を持ち上げる。
だが、煙は見えなかった。
代わりに、前方にある何本もの木が真っ黒に焼けていた。
不思議なことに、周囲の草や落ち葉は無傷だ。
木の幹の中央だけが鋭く裂け、黒く変色している。
メルヴィンさんが手を近づけたが、すぐに引っ込めた。
「まだ熱が残っています……!」
「火魔法の跡ですか?」
ルナが尋ねると、メルヴィンさんは傷跡を注意深く観察した。
「いいえ。ただの火ではありません」
彼は黒く焼けた木の裂け目を指さした。
「雷に撃たれた跡と似ています。ですが、これだけ多くの木を、正確に同じ高さで焼くなんて……」
「攻撃が横を通り抜けたんだろう」
その時、少し離れた場所からセラさんが俺たちを呼んだ。
「こっちへ来て!」
俺たちが近づくと、地面に巨大な足跡が残されていた。
クリムゾンボアの足跡より、遥かに大きい。
指は四本。
それぞれの先には、地面を深く抉った鋭い爪痕が残っていた。
「昨夜、門の外で見たものと同じ痕跡だ」
カルドさんが言った。
セラさんは足跡のそばの土を指で押した。
「まだ完全には乾いていない。古い痕跡じゃないわ」
「どのくらい前だ?」
「長くても数時間」
周囲の者たちは緊張した顔で武器を握った。
ルナは足跡の隣に、自分の足を並べてみた。
「私の身体より大きい気がします~」
「それを見て楽しそうにするな」
「大きければ、食べられる部分も多いじゃないですか~!」
……本当に変わらないな。
バルクさんは、足跡が続く方向を確認した。
痕跡は森の奥ではなく、東へ向かっている。
「町とは反対方向だ……」
ドランさんが安堵したように息を吐いた。
「なら、そのまま行かせればいいんじゃないか?」
「いや、それでは解決にならない」
バルクさんが答えた。
「そいつが再び進路を変えないという保証はない。それに、アーマーボアの群れが追い出された理由も確認する必要がある」
その時、ルナが急に足を止めた。
「待ってください」
「どうした?」
ルナは顔を上げ、木の上を見た。
俺もその視線を追う。
最初は何も見えなかった。
だが、よく見ると、高い枝の間で何かが青く光っていた。
目だ。
巨大な青い瞳が一つ、葉の間から俺たちを見下ろしていた。
「上だ!!」
俺が叫ぶのと同時に、木々が大きく揺れた。
バキバキッ!
巨大な影が、枝から枝へ跳び移った。
人々は武器を構え、後ろへ下がった。
だが、それは俺たちを襲わなかった。
森の奥へ向かい、一瞬で姿を消した。
少しして、遠くから重い雷鳴が響いた。
ゴロゴロゴロ……!
晴れていた空の向こうで、青い稲妻が閃いた。
メルヴィンさんの顔が青ざめた。
「今のは……」
セラさんは木の下に落ちていたものを見つけ、拾い上げた。
手のひらよりも大きな、濃い青色の毛だった。
毛先からは、小さな電流が絶えず弾けている。
「こんな魔物、初めて見るわ……」
バルクさんが低い声で言った。
「少なくとも、この辺りに生息していた種ではない」
その瞬間、森の奥から短く鋭い鳴き声が聞こえた。
今度は、昨夜聞いた低く長い咆哮とは違う。
痛みをこらえているような声だった。
ルナは青い毛を見つめながら言った。
「お兄様!」
「ん?」
「あの魔物……私たちから逃げたわけではないみたいです」
「……なら、どういうことだ?」
ルナは鳴き声が聞こえた方向を指さした。
「何かを守っているように見えます……」
俺たちは互いの顔を見た。
バルクさんが弓を取り出した。
「全員、警戒しろ!」
森の奥で再び青い稲妻が閃いた。
だが、今度は雷の音に、もう一つ別の鳴き声が重なった。
一つは、先ほど目にした魔物のもの。
そして、もう一つはそれよりも遥かに低く、荒々しい声だった。
クリムゾンボアを追い払った存在が一体だけだと思っていたこと自体、間違いだったのかもしれない。
ついに第10話です!
これからもよろしくお願いいたします!
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