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第四十六話 名前のない命令


 その日の昼前、クラウスは王宮政務院の地下記録室へ降りた。


 窓のない回廊には、古い紙と乾いた革の匂いが染みついている。


 ローゼンベルク家の地下区画とは違う。


 ここには牢も、罰を執行する石室もない。


 それでも、人の行く先を決める記録が、棚いっぱいに積まれていた。


 一度受理された命令や処分は、何十年後までも残る。


 反対に、残されなかった名前は、責任を問う時になって初めて大きな意味を持つ。


 クラウスの後ろには、上席政務官から付けられた監督役の書記官がいた。


 閲覧した文書名。


 時刻。


 写しを申請した箇所。


 それらを別の帳面へ記録する役目だ。


 記録室を預かる老書記官が、机の上へ三つの束を置いた。


「王室薬務院の旧照会簿と監視薬剤照合簿。第七隔離塔の受入記録。ヤシャラ辺境関連の軍務覚書です」


「移送関係の起案簿は」


「別に用意しております」


「すべて原本ですね」


 老人はクラウスを見た。


「そのように命じられております」


「ローゼンベルク家関連報告の閲覧者一覧と、黒百合関連古文書の閲覧記録原本は」


「前者は集計中です。後者は、軍務院保管分との照合が終わっておりません」


「ヴィクトル・フォン・エルンストの配置命令は」


「人事機密に当たるため、別途許可が必要とのことです」


「請求が却下されたわけではないのですね」


「現在は保留となっております」


 許可されたものだけが、先に出された。


 クラウスは、その事実も監督役の帳面へ記録させた。



 最初に開いたのは、王室薬務院の監視薬剤照合簿だった。


 表紙には、東方由来薬剤・監視分類第七種と記されている。


 東国からローダンへ持ち込まれた薬のうち、王国薬務院が監視対象としていたものだった。


 薬効欄には、痣に伴う疼きと発熱の緩和。


 興奮状態への鎮静補助。


 その下には、監視対象となった理由が並んでいる。


 強い眠気。


 意識の混濁。


 長期使用または体質によっては、記憶障害を引き起こす可能性あり。


 昨夜の密書に記されていた薬と一致する。


 クラウスは、馬場事件については知っていた。


 リリアが黒い霧を発現させ、落馬したアンが意識を失ったこと。


 ハインリヒの命令で、リリアが鞭打ち十二回の罰を受けたこと。


 その処罰を、アンとマリアンネには知らせなかったこと。


 それから約三か月後、リリアが過去の記憶を失ったことも知っていた。


 当時、クラウスへ伝えられたのは、馬場事件後の衰弱と高熱が原因だという説明だった。


 クラウスは、それを疑わなかった。


 王都にいた。


 屋敷のことは、父と母が判断するものだと思っていた。


 記憶を失う前に薬を飲まされていたこと。


 薬を用意したのがイザベラだったこと。


 入手には、生家であるヴェルディア伯爵家の伝手が使われたこと。


 投薬にはジューンが立ち会っていたこと。


 ハインリヒへの報告は、リリアに記憶障害が現れた後だったこと。


 それらをクラウスが知ったのは、昨夜届いた密書によってだった。


 監視薬剤照合簿の頁を進める。


 綴じ込まれた古い照会票の一枚に、別の記載があった。


 黒百合反応に対する抑制効果の照会。


 管理番号を確認する。


 昨日、閲覧実施簿の抄録で確認した三件のうち、軍務院命令局の記録官が六日前に閲覧した文書と同じ番号だった。


 クラウスは日付へ目を移した。


「この照会は、薬がローゼンベルク家へ渡るより前ですね」


 老人も手元の索引を見る。


「二か月ほど前ですな」


「照会元は」


 該当欄には何もない。


 部署名も、照会責任者の署名も。


 本来なら記されているはずの場所が空白だった。


「記入漏れでしょうか」


 監督役が尋ねた。


「この頁だけでは判断できません」


 クラウスは、同じ管理番号に綴じられた別紙を開いた。


 薬剤そのものを王室薬務院から出庫した記録ではない。


 半年前、王室騎士団が東国由来の薬品を調査した際に提出した、流通経路の追跡票だった。


 薬商の取引控え。


 運送業者の受渡記録。


 ヴェルディア伯爵家に仕える医師が発行した紹介状の写し。


 薬は、その紹介状によって王都の薬商から引き渡されている。


 最終届け先は、ローゼンベルク侯爵家東棟。


 届け先の家名はある。


 だが、侯爵家の正式な発注印はない。


 ハインリヒの署名も、執事オットーの受領印もなかった。


 受取人の欄には、奥方付きの者へ手渡したとだけ記されている。


 個人名はない。


「第二隊長が半年前に発見した記録は、これですね」


 クラウスが言った。


 追跡票には、王室騎士団第二隊からの照会番号が付されている。


 レオナールが語った、ローゼンベルク家へ薬が渡った記録。


 その原本の一つだった。


 イザベラは、侯爵家の正式な手続きを通していない。


 生家の医師からの紹介状を得て、個人的に薬を手配した。


 ジューンは、その投薬に立ち会った。


 ハインリヒが知らされたのは、リリアが記憶を失った後だった。


 イザベラの名を出せば、ヴェルディア伯爵家まで調査が及ぶ。


 父は、妻とその生家を守るために沈黙したのか。


 だが、その沈黙によって、リリアへ薬を飲ませた事実まで覆い隠されてきた。


 さらに頁を進める。


 流通記録より古い薄紙が、薬効照会票の後ろへ綴じ込まれていた。


 使用後、記憶混濁が継続しているとの報告あり。


 報告の日付は、薬がローゼンベルク家へ渡った約三か月後。


 本体とは紙質が違う。


 記録者欄には、王室薬務院の下級官一名の署名がある。


 だが、誰から情報を得たのかを記す報告元の欄は空白だった。


「これは、半年前の騎士団調査より前の記録ですね」


「三年近く前ですな」


 老書記官が答える。


「誰からの報告ですか」


 老人が索引帳を調べる。


「ローゼンベルク侯爵家からの正式文書ではありません」


「ヴェルディア伯爵家からは」


「そちらの受信記録もございません」


「では、どこから」


「口頭聴取記録、とだけ記されております」


「聴取相手は?」


 老人は首を横へ振った。


「残っておりません」


 クラウスは別紙から手を離した。


 王室騎士団が薬の流れを正式に追い始めたのは半年前。


 だが、王室薬務院の誰かは、それより二年以上前に、薬を使用した者の記憶混濁が続いていると把握していた。


 にもかかわらず、正式な調査へ引き継がれた記録はない。


 報告者の名もない。


 誰が情報を受け、どこまで共有したのかも分からない。


「なぜ、騎士団へ報告されなかったのでしょう」


 監督役が言った。


「当時は、対象者の名が分からなかった可能性があります」


「ですが、薬の流通先は調べられたはずです」


「その通りです」


 クラウスは、記録者である下級官の署名を見た。


「だから、この記録がどこで止められたのかを確認する必要があります」


「写しを申請しますか」


「はい」


 クラウスは該当する頁を順に示した。


「薬効照会票。監視薬剤照合簿。半年前に追加された流通経路の追跡票。三年前の口頭聴取記録」


「すべてですか」


「空白欄を含めて、頁全体をお願いします」


 監督役が帳面へ書き込む。


「上席の確認へ回します」



 次に開いたのは、ヤシャラ辺境関連の軍務覚書だった。


 黒髪の乙女。


 黒百合の痣。


 馬が暴れたという証言。


 放たれた矢が逸れたという報告。


 兵が近づけなくなったという記録。


 どれを読んでも、現象と被害が先に書かれている。


 なぜ力を使ったのか。


 誰を守ろうとしていたのか。


 そこまで記したものは、ほとんどなかった。


 ローダン側から見れば、敵方に現れた異能でしかない。


 何冊目かで、クラウスは一件の捕虜記録に行き当たった。


 黒百合の痣を持つ少女。


 捕縛後、顕著な異能発現なし。


 身体衰弱。


 尋問継続困難。


 クラウスは、その部分を読み返した。


「記録にあるほど、常に危険というわけではなかったのでしょうか」


 監督役が言った。


「そこまでは言えません」


 クラウスは帳面を閉じなかった。


「衰弱していた可能性もある。発現に何らかの条件があるのかもしれない。この報告そのものが十分でない可能性もあります」


「では、何も分からない」


「いいえ」


 クラウスは一行を示した。


「少なくとも、痣があるというだけで、常に異能が発現していたわけではない」


 監督役が黙る。


「現在の王室も、発現条件や制御の可否が分からないからこそ、リリアを管理対象としているのでしょう」


 クラウスは続けた。


「なら、この古い記録も検討すべきです。危険性を否定するためではありません。何が危険なのかを判断する材料が、まだ足りていないと確認するためです」


 三年前。


 十三歳のリリア。


 馬場。


 落ちたアン。


 その場で、右腕の痣と黒い霧が初めて人前へ現れた。


 屋敷は、リリアの力がアンを傷つけたと判断した。


 十分に確かめないまま、罰を与えた。


 リリアへ鞭打ち十二回を命じたことを、クラウスも知っていた。


 アンとマリアンネへは知らせない。


 その判断を聞いても、異議を唱えなかった。


「この捕虜記録も写しを申請します」


 クラウスは言った。


「前後の頁を含めてお願いします」



 最後に運ばれてきたのは、第七隔離塔の受入記録と王室移送関係の起案簿だった。


 古文書とは違う。


 紙も新しく、墨もまだ濃い。


 クラウスは受入準備簿から開いた。


 第三収容室。


 東方系少女一名。


 右腕重点監視。


 所持品は事前検分。


 危険物持込不可。


 面会制限。


 必要時、医官判断により鎮静処置準備。


「対象名が記されていません」


 監督役が言った。


「正式な移送対象として登録される前の文書なのでしょう」


 クラウスは日付を見た。


 指が止まった。


 もう一度確かめる。


 間違っていない。


「……前日だ」


「何がです?」


「アンが失踪した前日です」


 監督役が帳簿を引き寄せた。


 クラウスは、隣へ置かれた起案簿を開く。


 対応する番号がある。


 黒百合反応を示す東方系少女に関する、第七隔離塔受入準備命令。


 最終移送命令ではない。


 移送そのものを決定した文書でもない。


 だが、部屋も、監視方法も、所持品の検分も、鎮静処置も、実際の収容に必要なところまで準備を進めるよう命じている。


 起案部署は、王室騎士団第二隊本部。


 起案担当者欄は空白。


 本来必要となる第二隊長決裁欄にも、レオナール・グレイヴスの署名も印もない。


 押されているのは、第二隊本部文書官の役職印だけだった。


「第二隊長の決裁がない」


 クラウスが言った。


「緊急準備であれば、事後決裁とする場合もあります」


 監督役が答える。


「事後決裁の欄も空白です」


 さらに、薄い封緘付属票が挟まれている。


 制御不能状態が生じた場合、第二処置の適用可否を現地責任者および医官が判断すること。


「第二処置とは何です」


 クラウスが尋ねた。


 老書記官が索引帳を確かめる。


「この付属票には説明がございません。該当する処置規定は、軍務院の医療機密に分類されております」


「その規定の閲覧を申請します」


「現在の許可範囲では、お出しできません」


「申請した事実だけは残してください」


 監督役が帳面へ書き込む。


 クラウスは、付属票へ視線を戻した。


「今回の事件を受けて、初めて準備されたものではない」


 監督役も日付を確認した。


「以前から移送の可能性を考えていた、ということでしょうか」


「それだけで、不自然とは言い切れません」


 監督役がクラウスを見る。


「そうなのですか」


「リリアが以前から王室の監視対象だったのなら、非常時に備えて収容先を準備していた可能性はあります」


 クラウスは受入簿へ視線を戻した。


「問題は、なぜこの日なのかです」


 アンが失踪する前日。


 偶然なのか。


 何らかの兆候を王室機関が把握していたのか。


 あるいは今回の事件とは、まったく別の理由なのか。


 別の報告受付簿を引き寄せる。


 ヴィクトルからの緊急報告が受理された時刻。


 ローゼンベルク家からアン失踪の正式報告が到着した時刻。


 事件後、王室騎士団がリリアの移送を正式決定した時刻。


 三つを紙へ書き出す。


 第七隔離塔の受入準備命令は、そのすべてに先行している。


「事件が起きたから、初めて隔離塔への収容を考えたわけではない」


 クラウスは言った。


「少なくとも王室機関の一部では、必要になればリリアを屋敷外へ移せるよう、事件の前から具体的な準備を始めていた」


「ですが、それが今回の事件と関係している証拠はありません」


「その通りです」


 クラウスは監督役を見る。


「だから、発令経路を確認する」


 理由はいくらでも考えられる。


 今、必要なのは推測ではなく、この日付で準備を進めるよう指示した者の名だった。


「第二隊本部の当日勤務記録はありますか」


 老人が困ったように帳簿を見る。


「保管されております」


「文書取扱記録も」


「あるはずです」


「閲覧を申請します」


 クラウスの言葉に、監督役が割り込んだ。


「そこから先は軍務院の管轄です。現在の許可範囲を越えています」


「なら、正式に請求する」


「却下される可能性が高いかと」


「構いません」


 クラウスは受入準備簿を閉じた。


「誰が、何の閲覧を拒否したか。それも記録になります」



 地上へ戻ると、自席の側で、宰相府の上席監査官が待っていた。


 手にしているのは、縁へ細い黒線を引いた封筒だった。


 宰相府上席監査官親展。


 通常の軍務院受付印も、回覧印も押されていない。


「レオナール・グレイヴスから、私宛てに届いた照会だ」


 上席監査官が言った。


「通常の軍務経路を通していないのですか」


「第二隊の騎士が直接届けた。閲覧者は宰相と、宰相が指定した監査担当者に限るよう記されている」


 封筒の内側には、レオナール本人の封印が残っていた。


「君の請求内容と重なる。ここで読め。ただし、持ち出すな」


「承知しました」


 クラウスは、上席監査官の前で添付された照会を開いた。


 逃走経路上に、追跡隊の展開を見越して設置された可能性のある誘導痕跡を複数確認。


 現時点では、追跡情報を得た者によるものとは断定できず。


 ただし、ヤシャラ側単独による支援と決めつけず、王宮および軍務院から情報が流出した可能性も排除しないこと。


 追跡報告、封緘別紙、進路変更指示について、閲覧者、写しの作成者、伝達者および受領者を確認されたし。


 確認結果は封緘し、国王陛下および宰相以外へ写しを回さないこと。


「第二隊長は、王宮内部の者も疑っているのですね」


 クラウスが言った。


「内部だけではない」


 上席監査官が答えた。


「外部の協力者、王宮内部、軍務院の伝達経路。そのすべてを調べろということだ。疑う先を一つに決める段階ではないと判断している」


 クラウスは照会を返した。


 それで十分だった。


 自席へ座り、新しい資料請求書を取り出す。


 王室騎士団第二隊本部、該当日の勤務記録。


 同日付の文書取扱記録。


 第七隔離塔受入準備命令の発令経路。


 第二隊長決裁を経ずに文書官印が使用された理由。


 移送準備資料の閲覧者一覧。


 第二処置に関する医療規定。


 王室薬務院が三年前の記憶混濁報告を受領した後の回覧記録。


 そこまで記し、レオナールの親展照会が宰相府上席監査官へ届いていることを請求理由へ添えようとした時だった。


「ローゼンベルク書記官」


 上席政務官の使いが立っていた。


「何でしょう」


「黒百合管理案件に関する追加閲覧を、いったん停止するよう命じられました」


 クラウスは筆を置いた。


「誰の命令です」


「上席政務官会議の決定として伝えるよう命じられました」


「決議番号は」


「存じません」


「決裁書は」


「受け取っておりません」


「発令責任者は」


 使いが口を閉じた。


「聞いておりません」


「停止理由は」


「軍務機密へ照会が及ぶため、と」


「分かりました」


 クラウスは新しい紙を一枚取り出した。


 使いは安堵の息を漏らしかけたが、クラウスが日付を書き始めるのを見て動きを止めた。


 時刻。


 伝達者。


 伝達された内容。


 黒百合管理案件に関する追加資料閲覧について、上席政務官会議の決定と称する口頭停止命令を受領。


 決議番号なし。


 発令責任者名なし。


 書面による命令なし。


 理由、軍務機密への抵触。


「……何をしているのですか」


 使いが尋ねた。


「命令を記録しています」


「閲覧を停止せよという命令です」


「停止します」


 クラウスは顔を上げた。


「その命令が、誰から、どの形式で届いたかも残します」


「そこまで記録する必要が?」


「正式な決定なら、記録に残って困ることはないでしょう」


 使いは黙った。


 クラウスは紙の下へ自分の署名を入れる。


「伝達者として、あなたの名もお願いします」


「私が?」


「この口頭命令を運んだのは、あなたです。命令者としてではなく、伝達者として署名してください」


 使いはしばらく迷った。


 やがて筆を取り、名を書く。


「ありがとうございます」


 クラウスは紙を受け取った。


「写しを一部お渡しします」


 使いは何も答えず、その場を離れた。


 追加閲覧は止められた。


 上席政務官会議の決定だと伝えられた。


 だが、誰が提案し、誰が承認したのかは分からない。


 三年前の薬も同じだった。


 薬を手に入れた者も、届け先も分かった。


 だが、黒百合への効果を照会した者の名がない。


 記憶混濁の報告を、止めた者の名もない。


 第七隔離塔の受入準備も、部屋も、条件も、命令の日付も残っている。


 だが、起案担当者も、第二隊長の決裁もない。


 そして今、調べるなという命令にも、責任者の名がない。


 同じ人物の仕業だとも、意図的に消されたとも、断定できない。


 それでも、責任を負うべき者の名前が欠けた記録が続いている。



 クラウスはその日のうちに、オットー宛ての書簡を書いた。


 父ではない。


 屋敷の記録を長く預かってきた老執事へ。


 オットー殿。


 三年前の馬場事件ならびに、その後のリリアへの処置に関する記録を、可能な限り整理してください。


 処罰命令。


 執行回数。


 立会人。


 痣と黒い霧の確認記録。


 母が生家へ送った書簡。


 ヴェルディア伯爵家から届いた返書。


 薬を届けた者。


 東棟で受け取った者。


 投薬を判断した者。


 投薬に立ち会った者。


 投薬日時。


 投薬直後に確認された変化。


 記憶障害が、いつ、誰によって確認されたのか。


 父上へ報告された日時と、その場にいた者。


 当時、アンとマリアンネへ何と説明したのか。


 私へ送られた報告の控え。


 併せて、馬場事件の前後に屋敷を訪れた王室騎士団、王室薬務院、軍務院関係者の記録を確認してください。


 記録が存在しない項目については、存在しないと明記してください。


 父上にも、母上にも、私自身にも不利な内容であっても除かないでください。


 事実を選ばず送ってください。


 最後まで書き、筆を置いた。


 書簡を折り、封蝋を落とす。


 ローゼンベルク家嫡男として使う小印を押したあと、さらに外封へ入れた。


 外側には通常の家印。


 内側には、オットーだけが確認できる印を使う。


 王宮の調査ではなかった。


 自分の家で行われたことを、家の者として確かめるための手紙だ。


 クラウスは、王都に残っていたローゼンベルク家の騎士を呼んだ。


「この書状は、オットーへ直接渡せ」


「承知しました」


「途中の継馬所へ預けるな。屋敷へ着くまで、ほかの者へ渡してはならない」


 騎士は二重の封を確かめ、懐へ収めた。


「必ず、お届けします」


 騎士が出ていったあと、クラウスは口頭停止命令の記録を机へ戻した。


 追加閲覧は止められた。


 それでも、問いまで消えるわけではない。


 名前がないなら、なぜ残さなかったのかを調べる。


 王宮で見つからないものは、屋敷側の記録から探す。


 両方に同じ空白があるなら、その時こそ偶然では済まない。


 事件の報告より先に、第七隔離塔では、まだ名も書かれていない少女を受け入れる準備が命じられていた。


 第二隊本部の名はある。


 文書官の役職印もある。


 けれど、起案した者も、承認した者も、そこには残されていなかった。



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