第四十五話 宰相府の書記官
◆
ローゼンベルク家で逃亡の鐘が鳴ってから、一夜が明けていた。
リリアたちが霧の森を進んでいた頃、王宮政務院の中枢にある宰相府では、朝の鐘が三つ鳴る前から、書記官たちが机に向かっていた。
封蝋を割る。
報告書を開く。
日付と署名を確かめる。
事件は、王宮へ届けば紙になる。
誰が泣いたのか。
誰が血を流したのか。
誰がまだ帰っていないのか。
そのすべてが、分類名と番号へ置き換えられる。
王国の法令と機密記録を扱う宰相府書記官として、クラウス・ローゼンベルクは、そのことをよく知っていた。
だが、その日、クラウスが最初に読んだのは、公文書ではなかった。
夜半を回った頃、ローゼンベルク家の騎士が二重に封じられた書状を届けた。
外側の封にはローゼンベルク家の紋章。
内側の紙には、家の者だけが読める暗号が使われていた。
文面は、老執事オットーの筆だった。
だが、そこに並ぶ簡潔な命令は、父ハインリヒの言葉だった。
アンが屋敷から姿を消したこと。
リリアの筆跡をまねた手紙が、アンの部屋に残されていたこと。
イザベラとヨーゼフの名を使った偽の札によって、屋敷の者たちが動かされていたこと。
クララが北棟へ移され、エリーズの周囲を調べていること。
そしてリリアの記憶喪失の原因が、痣を抑えるための投薬によるものだったこと。
リリアが三年前より前の記憶を失ったことは知っていた。
だが、それが薬によるものだったとは、今まで知らされていなかった。
末尾には、当主命令が記されていた。
屋敷へ戻るな。
王都に留まり、黒百合に関する古い記録へ最近触れた者がいないか調べろ。
ローゼンベルク家の娘が消えたという噂が、王都ですでに流れているなら、その出所を追え。
クラウスは密書を読み終えたあとも、しばらく最後の一行から目を離せなかった。
帰ってくるな、ではない。
王都に残れ。
父は、家族のもとへ戻ろうとする長男を、あえて王宮の内側へ留めた。
クラウスは密書を懐へ収め、その足で政務院へ向かった。
夜直の記録係を通じて請求したのは、黒百合に関する古文書そのものではない。
関連古文書の目録。
過去五年間の閲覧申請簿。
そして、実際に誰が記録室へ入り、どの文書を手に取ったかを記した閲覧実施簿。
父から命じられたのは、まず、記録へ触れた者を調べることだった。
そして早朝、早馬により到着したのが、机の上に並ぶ正式な第一報だった。
密書にはなかった事実が、そこには記されている。
事態は、父が密書を発した時よりも、さらに大きく揺れ動いていた。
ローゼンベルク侯爵家末娘未帰還事案。
黒百合対象管理案件併発。
対象リリア、王室移送前に逃亡。
王室騎士ヴィクトル・フォン・エルンスト、逃亡幇助および命令違反の疑い。
ローゼンベルク家長女マリアンネ、移送妨害の疑いにより自室謹慎。
女中頭ジューン、職務停止。
護衛隊長ヨーゼフ、帯剣停止。
さらに、末尾には臨時措置が記されていた。
黒百合対象の逃亡ならびに屋敷内命令系統の不正使用を受け、ローゼンベルク侯爵邸を王室騎士団の暫定管理下へ置く。
門、厩舎、武器庫、事件関係記録および書状の出入りは、王室側の管理責任者が監督する。
発令時刻は、父の密書を携えた騎士が屋敷を出た後だった。
王室騎士団の報告らしく、文面には感情がない。
起きたことだけが、整った文字で並んでいる。
アンが、一つの事案名へ変えられている。
目の前の報告書を三度読み返しても、クラウスは顔には出さなかった。
出してはならなかった。
宰相府書記官。
ローゼンベルク侯爵家嫡男。
次期当主。
そのどれを取っても、ここで兄の顔を見せるわけにはいかない。
クラウスは報告書の端へ指を置いた。
紙へ皺をつける前に、手を離す。
「ローゼンベルク書記官」
机の向こうから声がした。
下級書記官が二通の封筒を抱えて立っている。
「夜直を通じてご請求のあった、黒百合関連古文書の目録と、閲覧申請・実施記録の抄録が届きました。それから、軍務院より追跡報告の写しです」
「原本の閲覧許可は」
「まだ下りておりません。今回確認できるのは、文書名、管理番号、申請者、実際の閲覧者、閲覧日時までです」
「分かった。置いてくれ」
「はい」
封筒が机の端へ置かれた。
それでも書記官は立ち去らない。
何かを言おうとして、一度口を閉じる。
「妹君のことは……」
クラウスは顔を上げた。
「ここでは正式な分類名で扱え」
書記官の背筋が伸びた。
「申し訳ありません」
「ローゼンベルク侯爵家末娘未帰還事案。そう登録されている」
「……はい」
「戻っていい」
書記官は頭を下げ、自席へ戻った。
クラウスは、自分が口にした言葉を胸の内で繰り返した。
末娘。
未帰還。
その文字の向こうに、アンがいる。
金色の髪。
笑うと片方の頬にだけ浮かぶ、小さなえくぼ。
書類の文字になるために生まれてきたわけではない。
けれど今のクラウスは、妹を妹として呼ぶことさえ、私情として扱われかねない場所にいる。
机の引き出しを開けた。
奥に、小さな栞が入っている。
数年前、アンが王都を訪れた時に作ったものだった。
歪んだ刺繍。
不揃いな花。
端には、鳥のつもりらしい小さな模様が縫われている。
クラウスは一度だけそれを見た。
すぐに引き出しを閉じる。
今は、兄より先に書記官でいなければならない。
◆
クラウスが最初に開いたのは、古文書目録ではなかった。
閲覧申請簿と閲覧実施簿の抄録。
父から命じられた通り、誰が記録へ触れたのかを確かめる。
申請者。
所属。
閲覧目的。
対象文書の管理番号。
許可者。
立会書記官。
写しを作成した場合は、その枚数と返却確認。
すべてが揃っていれば、閲覧記録は一つの経路として成立する。
最初に目へ入った名は、王室軍総司令官ハルトムート公爵の名だった。
申請日は三年前。
日付は、ローゼンベルク家の馬場事件から、まだ一週間も経っていない。
目的欄には、軍務資料再編のため、とだけ記されている。
閲覧を申請した文書は七件。
実際に記録室へ入ったのは公爵本人ではない。
閲覧実施簿には、代理人として軍務院命令局長の署名があった。
代理閲覧の許可票も付いている。
形式上の不備はない。
だが、軍務資料再編という理由だけでは、なぜ黒百合に関する記録を七件も選んだのか分からない。
クラウスは日付と管理番号を書き留めた。
次に現れたのは、レオナール・グレイヴスの名だった。
王室騎士団第二隊長。
閲覧日半年前。
申請理由は、黒百合反応を示した対象の監視任務に関する事前調査。
閲覧文書の管理番号も、許可者も、立会人も記されている。
複写記録を開く。
レオナールは、黒百合反応に関する一部の文書と黒百合反応を鎮める薬剤に関する記録について、正式に写しを請求していた。
写しの交付先は、王室騎士団第二隊本部。
継続調査のため、案件終了まで第二隊本部で保管することが認められていた。
さらに頁を進める。
六日前、軍務院命令局に属する記録官の名があった。
閲覧実施簿には署名がある。
だが、対応する閲覧申請番号が抄録にはない。
立会書記官の欄も空白。
閲覧した文書の管理番号だけが三件並んでいる。
「申請簿側の転記漏れか」
クラウスは独り言のように呟いた。
上位権限による閲覧で、通常の申請番号が付されなかったのかもしれない。
クラウスは三件の管理番号を古文書目録と照らし合わせた。
一件目。
ヤシャラ辺境における黒百合関連軍務覚書。
二件目。
黒百合の痣を持つ捕虜に関する尋問記録。
三件目。
王室薬務院旧照会。
黒百合反応を鎮める薬剤に関する記録。
リリアに使われた薬剤と、目録にある旧照会が同一だとは限らない。
だが、王室薬務院が、黒百合と薬剤を結びつけて調べていたことが、この目録だけでも分かる。
しかも、その記録に触れている者達がいる。
クラウスは三つの管理番号を別紙へ書き写した。
レオナール。
ハルトムート公爵。
軍務院命令局長。
同局の記録官。
並んだ名を見ても、まだ何も分からない。
◆
軍務院から届いた封筒には、王室騎士団第二隊の追跡報告が収められていた。
署名は、レオナール・グレイヴス。
癖が少なく、無駄のない筆跡だった。
北方へ向かった荷馬に、王室騎士の外套が積まれていた。
逃亡者側の囮と判断。
第二隊は追跡方向を再編。
そこまで記されている。
だが、再編後の進路は本文にはない。
代わりに、進路詳細は封緘別紙。
閲覧は軍務卿指定者に限る。
そう記されていた。
クラウスは封筒の裏を確認した。
別紙閲覧者欄には、軍務院上席者三名の名しかない。
通常の追跡報告ではなかった。
レオナールは、追っている三人だけを警戒している訳ではないらしい。
古文書の閲覧記録にあったレオナールの名を思い出す。
その男が、自ら情報の行き先を絞っている。
クラウスが追跡報告と閲覧記録を重ねて机へ置いたところで、会議への出席を告げる使いが来た。
◆
宰相府の奥会議室には、上席政務官三名と、軍務院の連絡役が一人集まっていた。
壁一面に地図と文書棚。
古い革と墨の匂いがこもっている。
クラウスが入ると、一人の政務官が追跡報告を持ち上げた。
「第二隊は北方の囮を見破ったそうだ」
「はい」
「本隊はどこへ向かったと思う」
「報告書だけでは断定できません」
「ローゼンベルク家の者なら、逃げた者たちの考えも分かるのではないか」
試されている。
クラウスは地図へは近づかなかった。
「分からない部分を、推測だけで申し上げるつもりはありません」
政務官が片眉を上げた。
「慎重だな」
「書記官ですので」
軍務院の連絡役が口を開いた。
「第二隊長は北方以外にも兵を回しています。詳細は封緘別紙です」
「閲覧者が限定されている」
クラウスは答えた。
「第二隊長は、追跡先が逃亡者側へ漏れる可能性を捨てていないのでしょう」
「王宮から情報が漏れていると言いたいのか」
「その可能性も調査対象から外していない、と申し上げています」
室内が静かになった。
別の政務官が、机を指先で一度叩く。
「本来なら、君はこの案件から外すべきだ」
「承知しております」
「未帰還の令嬢は妹。黒百合対象は君の家の使用人。マリアンネ・ローゼンベルク嬢も妹だ」
「はい」
「当事者に近すぎる」
クラウスは否定しなかった。
「昨夜、ローゼンベルク家当主から私書が届いたことも報告いたします」
政務官の目が細くなる。
「内容は」
「屋敷へ戻らず、王都に留まれとの命令です。併せて、黒百合に関する古い記録へ最近触れた者と、王都における妹の失踪に関する噂の出所を調べるよう命じられました」
「すでに調べたのか」
「閲覧申請簿と閲覧実施簿の抄録を請求し、記載された氏名と管理番号を確認しました。古文書の原本は確認しておりません」
「何か見つかったのか」
「王室騎士団第二隊長、王室軍総司令官、軍務院命令局長を含む複数名が、過去五年の間に黒百合関連記録へ触れています」
軍務院の連絡役がクラウスを見る。
「何を疑っている」
「まだ何も疑ってはおりません」
クラウスは抄録を机へ置いた。
「正規の申請と実施記録が揃っているものもあります。対応する申請番号や立会人が、抄録上では確認できないものもあります。転記漏れか、別区分での許可か、手続き上の欠落かを、原本で確かめる必要があります」
「家の命令で、宰相府の記録を調べるつもりか」
「いいえ」
クラウスは静かに答えた。
「家から調査を命じられた事実を明らかにした上で、宰相府の許可と監視のもとで確認を続けます」
最年長の政務官が、しばらくクラウスを見ていた。
「ローゼンベルク家内部の記録と人物関係を読むには、君以上に適した者もいない」
一枚の書類が差し出された。
「監視付きで、関連資料への照会を認める」
「ありがとうございます」
「勘違いするな。家を守らせるためではない」
「承知しています」
「ローゼンベルク家の責任を調べるためだ」
「ローゼンベルク家には、負うべき責任があります」
クラウスは即座に答えた。
「リリアの管理。三年前の処罰。薬の使用。そして今回、王室移送を妨げる結果となった屋敷内の動き。家として説明すべきことがあります」
「分かっているなら話は早い」
「ただし、確認したい記録があります」
クラウスは古文書目録を開いた。
「王室薬務院が行った、黒百合の反応を鎮める薬剤に関する旧照会です」
「何年前だ」
「原本をまだ確認していません。正確な時期も、照会理由も分かりません」
「なら、今ここで何が言える」
「三年前にリリアへ使われた薬と同一だとも言えません」
クラウスは目録の一行を指した。
「王室機関にも、黒百合と薬剤を結びつけて調べた記録が存在する。その事実だけです」
「家を守りたいのか」
「はい」
クラウスは否定しなかった。
「同時に、王宮の責任も正しく記録したい」
「きれいな言い方だ」
「では、言い換えます」
目録を閉じた。
「家の罪は家が負います」
クラウスは政務官たちを見た。
「ですが、王室機関が知っていたことまでローゼンベルク家だけの罪として閉じる書類には、署名できません」
上席政務官の声が低くなる。
「その態度は、反抗とも取れる」
「反抗ではありません」
「では何だ」
「記録の確認です」
最年長の政務官が椅子へ背を預ける。
「よい。調べろ」
「はい」
「君が照会した資料は、すべて上席の確認を通す。写しを勝手に持ち出すな」
「承知しました」
「家に不利な記録を見つけても隠すな」
「隠しません」
クラウスは一礼した。
「同様に、王室機関に不利な記録も残してください」
◆
会議を終えたクラウスは、政務院の回廊を歩いた。
窓の外には整えられた庭園。
刈り込まれた芝。
白い石像。
決まった間隔で水を落とす噴水。
王宮は美しい。
その美しさを保つために、誰の暮らしが見えない場所へ押し込まれてきたのか。
クラウスはこれまで、深く考えたことがなかった。
ローゼンベルク家も同じだった。
家門。
格式。
侯爵家としての責任。
屋敷のことは父に任せていた。
母の不安には、マリアンネが寄り添っていた。
アンの日々は、ジューンや侍女たちが支えていると思っていた。
黒髪の少女についても、遠くから知っているだけだった。
リリア。
三年前の馬場事件より前、アンが王都へ送ってきた手紙には、その名が何度も記されていた。
リリアが香草を摘んでくれた。
リリアが髪を結ってくれた。
リリアが怒った顔をした。
子供らしい、途切れた文章。
クラウスは微笑ましいものとして読み、それ以上は考えなかった。
今、その少女の名を中心に、いくつもの案件が交差している。
王室騎士が命令へ背いた。
マリアンネは王室移送を止める側へ踏み込んだ。
アンの命が、リリアを動かすための道具にされた。
いや、リリア自身が事件を動かしているのではない。
彼女を事件の中心へ置いた者たちがいる。
ローゼンベルク家。
王室機関。
ヤシャラ側の何者か。
そして、まだ見えていない者。
書類を追っていけば、何度も同じ分類名へ戻ってくる。
黒百合対象リリア。
少女の名より先に、その力を示す言葉が置かれている。
そうして記録を重ねれば、いつか誰も、そこに一人の人間がいることを見なくなる。
「クラウス様」
呼び止められた。
王宮使いの少年が、一通の封書を持っている。
「エルンスト家より、政務院宛ての正式な上申です」
封蝋には、古く質素な家紋が押されていた。
クラウスは受け取り、差出人と日付を確認した。
封を開く。
内容は簡潔だった。
ヴィクトル・フォン・エルンスト本人の願いに基づき、その名をエルンスト家の家譜から除くこと。
家門に連なる者として有する一切の権利を剥奪すること。
以後のヴィクトル個人の行為について、家臣、領民および親族へ不要な責を及ぼさぬよう願い出ること。
エルンスト家当主から王宮へ提出された、正式な勘当の上申だった。
認めるかどうかを決めるのは、エルンスト家だけではない。
王室側の確認も必要になる。
クラウスは上申書の差出記録を確かめた。
前日の、夕刻の鐘より前。
ローゼンベルク家から正式な逃亡報告が発せられた時刻より、半日近く早い。
逃げたあとで、家から切り離そうとしたのではない。
王室の命令へ背く前から、ヴィクトルは、その結果が家族へ及ぶことを考えていた。
そして、自ら帰る場所を閉ざす事を決めた。
クラウスは文面を読み返した。
父親が息子を切り捨てた書面には見えなかった。
本人の願いに基づき。
その一文がある。
ヴィクトル自身が望んだのだ。
家譜から、自分の名を消すことを。
自分の行いから家臣や領民、親族を遠ざけることを。
「受理記録へ回してくれ」
「はい」
「写しを一部、私の机へ」
「承知しました」
少年が去っていく。
クラウスは封書を持ったまま、その場に残った。
ヴィクトル・フォン・エルンスト。
王室騎士。
従僕見習いとしてローゼンベルク家へ入り、リリアを監視していた男。
そして今、王令へ背いた男。
一体、何を見た。
何を知った。
何を選んだ。
命令に不満を持っただけで、ここまではしない。
衝動で逃げた男が、逃亡前に家族への責任まで整理するとも思えない。
アンを救うためか。
リリアを守るためか。
それとも、その両方か。
命令に従うことと、正しい判断をすることは、いつも同じではない。
クラウスは封書を閉じた。
◆
自席へ戻ると、クラウスは新しい紙を取り出した。
宰相府内部資料請求。
一、黒百合対象に関する第七隔離塔移送命令および起案記録。
二、王室薬務院における黒百合反応鎮静薬に関する旧照会記録。
三、ヤシャラ辺境事案における黒百合関連記録。
四、ローゼンベルク家関連報告の閲覧者一覧。
五、ヴィクトル・フォン・エルンストのローゼンベルク家配置命令および起案者記録。
六、黒百合関連古文書の閲覧申請簿、閲覧実施簿、写し作成記録の原本。
最後の一項を書き終える。
筆を置いた。
誰が、ヴィクトルをローゼンベルク家へ送ったのか。
王室は、三年前からリリアを見ていたのか。
三年前に使われた薬と、王室薬務院に残る旧照会は、無関係なのか。
そして、なぜレオナールは今、追跡経路の閲覧者まで絞っているのか。
これまでは、父に尋ねれば済む問題だと思っていた。
ローゼンベルク家で起きたことなら、父が知っている。
だが、父の知っていることが、事実のすべてとは限らない。
王室機関が知っていることも、王室騎士団が知っていることも、同じとは限らない。
クラウスは請求書を折った。
封蝋を落とす。
押したのは、宰相府の印。
クラウスは封書を下級書記官へ渡した。
「許可が下りたものから、原本を確認する」
「はい」
「抄録だけで済ませるな」
「承知しました」
書記官が封書を抱え、記録室へ向かう。
クラウスはもう一度、第一報へ目を落とした。
整った文字の中に、アンがいる。
その向こうには、黒百合という分類名で扱われている、一人の少女がいる。
妹を取り戻すために、まず知らなければならない。
誰が何を知り、どの記録へ触れ、何を決めたのか。
そして、その判断へ署名したのは誰なのかを。




