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(ちょっと、迂闊だったかな?)


 さっきの自分の発言に不自然なところはなかったかと、キリは少し不安になった。

 外見からしてもキリが異邦人だということは明らかだし、ここが初めて訪れる土地だということを伝えた上であれば多少おかしなことを口にしても大丈夫だろうとは踏んでいたのだが。

 それでも、根本的にこちらの世界の常識がないキリには、ささいなことでも何が普通で普通でないかの判断が非常に難しかった。

 そもそもキリという名は、ロウェンにも伝えた通り正式な名ではない。

 正確には桐生(キリュウ)というのだが、その響きはこの辺りの人たちには違和感がありそうだったので、あえて省略したのだ。

 この国に来てからずっと呼ばれていた『ミヅキ』を名乗るにはあまりにも色々な問題があったので、苦肉の策である。

 いや、『ミヅキ』の方もかなり異国風だと言われてはいたのだが――、それは当たり前だろうと正直キリはキレ気味に思ってる。


 異国どころか異世界なのだから当然だろう、と一体何度口に出しそうになったことか。


 キリが生まれ育ったのはこのウィステリア国ではなく地球という惑星にある日本という島国だ。そこでキリは、ごく普通の女子中学生として暮らしていた。

 キリの運命が一変したのは、ある冬の日のことだ。

 その夜、キリは家への帰路を急いでいた。いつもの学習塾からの帰り道だったが、その日は空模様が不安定で、降られないか心配だったからだ。

 冬の天気は変わりやすい。更に、いつもは鞄の中に入れている折り畳み傘を忘れて来てしまっていたから少し焦っていた。

 思い返せば、だからだろうか。家まですぐに辿りつける細い路地に駆け込んだときも、常より薄暗い道にキリは気がつかなかった。

 そのときのことを、どう説明すればいいのだろう。

 強いて言えば、それはまるで、部屋中の照明が一斉に落ちたかのような感覚だった。

 キリの視界は一瞬で闇に沈み、ふつっと物音が絶えた。

 何も見えず、何も聞こえない。

 そうして、刹那の果てにキリが目にしたのは、色の洪水だった。

 金色に赤色に黒色。青色と緑色、灰色もある。

 見上げる程に高い天井や、屋内だと言うのにやたらと遠くに見える壁、現在キリが座り込んでいる床までも、全て真っ白な石で出来ているせいか、それらの色彩が際立って見えた。

 暗闇から一変したカラフルな取り合わせに、キリは最初自分が幻覚を見ているとしか思わなかった。


(うわ、格好いい。金髪碧眼……俳優かモデルかな。隣の黒髪の人は、すごい、背高っ。細身に見えるけど筋肉しっかりついてるから、何かのスポーツ選手? その横は……、あれ地毛かなあ、あんなに赤い髪、初めて見る……って)


「あれ?」


 キリの開口一番がその言葉だったことを、責められる人間はいないと思う。

 あのときのキリは間違いなく、わけがわからない、と言った表情を浮かべていただろう。


「大丈夫かい?」


 そんな自分に真っ先に声をかけてきたのは、異様に品の良さそうな金色の髪の男性だった。


「君の名前は何と言うんだ?」


 そう尋ねられ、キリはふらつく頭を押さえながら「ミヅキ、です」と返したのだ。


 それから後に続いた展開は、正直悪い冗談のような現実だった。

 目の前の状況が夢でも何でもないと理解するなり、大混乱に陥ったキリに説明されたのは次のような話だった。

 どうやら、キリが呼び込まれたこちらの世界は、数十年に一度の頻度で不可解な『何か』に汚染されるのだという。

 理由は分からないが、世界のあちこちから滲み出て来るその『何か』は増殖を繰り返し、空や大地、海を染めて行くのだそうだ。

 そしてその『何か』――今では『瘴気』と呼ばれている――に汚染された場所では、大抵の生き物は長く生きることができない。

 蝕まれていく世界を食い止めようと人々が知恵を絞り試行錯誤した結果、一つの奇跡が起きた。

 古のとある魔術師が、異なる世界から一人の人間を呼び出したのだ。

 異世界から招かれたその娘は、その場に存在するだけで瘴気を浄化することができたという。

 彼女の力によって世界中に溢れかけていた瘴気は消え、滅びかけていた空も大地も海も甦ったそうだ。

 その奇跡がどういう経緯から生じたのかは、遥か昔の出来事であるがゆえに分からない。

 だが、彼女の存在によって、当時の世界の崩壊が食い止められたということは揺るぎようのない事実だった。

 問題となるのは、ここからである。

 瘴気への確実な対処法を知った人々は、自分たちで消すことが不可能であるのならば、それが可能である人間を呼び寄せればいいと考えたようなのだ。

 こうして数十年に一度、異世界から乙女を招く儀式が成立した。それが、召喚である。

 そして、呼び出される娘はいつしか『聖女』と呼び称されることになった。


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