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(……そのつもり、だったんだけど、なあ……)


 髪を撫でる潮風を感じながら、キリは遠い目できらきらと光にけぶる水平線を眺めていた。

 小舟を揺らす波は穏やかで、頭上の空も昨日と同様に晴れ渡っている。

 乗るのが一人増えたとはいえ、多少の距離を舟で移動するには全く問題のない状況、の筈だったのだが。


「何なの、これは……」


 げんなりと呟くキリの横で、同感とでも言いたげな困惑した声が聞こえた。


「あー、……そうだったな、忘れてた」


 相変わらずその表情が分からないので断言はできないが、黒髪をくしゃくしゃにかきまわしながら言うその様子からして、彼の方もこれは想定外だったらしい。


「ロウェンはこれを知ってるの?」


 これ、と言いながらキリは海面を指さした。

 その先にあるのは、今までキリが目にしたこともないような摩訶不思議な物体だった。

 大きさは人の頭くらいあるだろうか。淡いピンク色のそれはふわふわとしていて、毛糸で作ったポンポンにも似ている。例えるならば、ウサギの丸い尻尾をそのまま大きくしたもの、というのが近いかもしれない。

 だが、見た目だけはクッションのようなそれが、青い水面一面に散らばっている光景は、なんというか非常にシュールなものだった。

 おまけに更に微妙なことに、じっくりとその毛玉を観察すると青いビー玉のような小さな目が二つあるのである。


「よく見たら可愛い、ような気も……。でも、岸まで行くにはすっごく邪魔なんだけど!」


 これが単にばらけて浮いているのなら、何だか妙なモノがあるなー、といった程度の感想で済んだ。

 だが、生憎それらは海上のあちこちで寄り集まって一塊となっているのだ。

 しかも傍迷惑極まりないことに、この謎団子の集団は岸に近ければ近いほど密集しているのである。


「ほんとに何、この不思議生物……。ていうか、どうでもいいからどいてくれないかな!?」


 じとりと視線を落とすキリには見向きもせず、ピンクの毛玉もどきはころころと海上を転がっていく。


「まずかったな。紅水(コウスイ)に当たったか」

「? コウスイって?」


 聞いたことのない単語にキリが首を傾ると、ロウェンが顎の先でそれを示した。


(三年前に測ったときは、視力は一・五だったっけ?)


 そんなことを思いつつロウェンの視線を追いかけたキリは、何となくその意味を理解した。

 青い海の上を横切る、幅広の大きな赤い筋。


「……成程、つまり紅い水ってことか。赤潮ね」

「アカシオ?」

「あ、ううんこっちの話。それで、紅水とあの毛玉が何の関係があるの?」


 故郷の言葉を口にしてしまったことに気づき、キリは急いで話の方向を修正した。


「ああ。紅水は、海中の生物――藻類とかだな――が異常に増殖したときに起きる現象でな。これが発生すると、魚が死んだり貝類が有毒化したりして、漁が大変な被害を受けることになる」

「うん。私のいた国でも、同じような話は聞いたことがある。でも……」


 そこまでの話はキリの知識でも分かる内容だ。ただ、今問題としているのはそれではなく。


「私、こんなけったいなの見たことも聞いたこともないんだけど」


 そう言いながら、キリは改めて海上をてんでばらばらに――というより、正確には波に運ばれるがままに動き回ってる球体を見た。


「そりゃそうだろうな。こいつらが発生するのってだいたいここらよりも北の方に限られてるから。というか、むしろこの周辺が南限っていうか」

「はあ、北方産てわけ……」

「地元の名産品みたいに言うな。それでだ、話を戻すが、この綿毛みたいなやつらは紅水の原因になる藻類とか夜光虫を好んで食うんだよ」

「あー……、だから」


 ロウェンの言わんとするところが、何となく理解できてきた。


「ここまで説明したら後は分かるだろうが、つまり紅水が起きるとほぼ同時にこいつらも現れるんだ。ひととおり食べつくして海水の状態が改善したら勝手に種に戻るんだが――」

「って、ちょっと待った!」


 さりげなく聞き捨てならない発言をされ、キリは声を跳ね上げた。


「なんか変な単語が聞こえたんですけど!? 種って何、種って!」

「いや、だってそもそもあいつら植物だし」

「はあっ? だってあれ、明らかに目があるよね!? しかも、動いてるし!」


 普通は動いている物イコール動物なのではないだろうか。なのに、植物とはどういうことだ。


「そう言われたら痛いんだが、あれでも元は植物なんだよ。大昔の魔術師が、植物を魔術で変化させてあんなのにしたんだ。普段は種の状態で休眠してる」


 実にあっさりとした言い方でそう告げられ、キリは力なく肩を落とした。

 魔術も何もないところで生まれ育った自分にとって、非常識極まりない解説である。

 だが、ここでそれを訴えても何も変わらないわけで。


「だからって、めちゃくちゃ過ぎるでしょうが……」


 つくづく自分は一体どんな遠くまで来てしまったのかと、心ひそかに嘆いた。


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